中国が半導体に使われる希少金属の輸出規制を発表

今日、米中間の対立で台湾情勢に焦点が集まる中、貿易の世界でも対立がさらに先鋭化しそうな状況だ。中国は7月はじめ、国家の安全と利益を守るためとの理由で、希少金属のガリウムとゲルマニウムの輸出規制を8月から開始すると発表した。ガリウムとゲルマニウムは半導体の材料として使われ、液晶テレビのバックライトなどの白色発光ダイオード、スマートフォンの顔認証に使っている面発光レーザーなどに欠かせない金属とされる。中国はガリウムの世界生産の約9割、ゲルマニウムの世界生産の約7割を占め、日本はガリウム輸入を中国に依存しており、今後、中国政府がどれほど厳しい輸出規制を行うかを日本企業は懸念を抱きながらその行方を注視している。

日本はガリウム輸入を中国に依存…輸出規制の行方を日本企業も注視
日本はガリウム輸入を中国に依存…輸出規制の行方を日本企業も注視
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今回の輸出規制について、中国政府は特定国を標的としたものではないと発表しているが、昨年以降ヒートアップする米国主導の対中先端半導体の輸出規制があることは間違いないだろう。

習政権が軍の近代化を押し進めようとするなか、バイデン政権は昨年秋、軍のハイテク化に欠かせない先端半導体の技術が中国によって軍事転用されるリスクを懸念し、中国に対する半導体輸出規制を導入した。そして、バイデン政権は今年に入り、先端半導体の製造装置で世界をリードするオランダと日本に同調するよう要請し、日本は3月、先端半導体に必要な製造装置など23品目で対中輸出規制を実施することを発表し、7月下旬からそれが実行に移された。オランダは6月30日にも、先端半導体の製造装置の輸出管理を9月1日からさらに強化すると発表した。

対中規制の強化に習近平政権は…

経済的に大国化した中国であるが、実は先端半導体分野を巡っては米国や台湾などに後れをとっており、今日、自分たちで先端半導体を獲得できる環境にない。しかし、軍のハイテク化を進めるにあたってはどうしても先端半導体、それらの技術を獲得する必要があり、米国が第三国を組み込む形で対中規制を強化することに習政権は不満や苛立ちを強めている。このように先端半導体を巡って大国間の争いがヒートアップするなか、日本の経済安全保障上、今後は以下のように2つのことが懸念される。

アメリカが第三国を巻き込んで対中規制を強化することに習近平政権は不満や苛立ちを強めている
アメリカが第三国を巻き込んで対中規制を強化することに習近平政権は不満や苛立ちを強めている

まず、中国による輸出規制について、中国の元商務次官は7月、習政権による半導体素材の輸出管理措置は始まりに過ぎず、さらなる制裁措置や手段があり、中国のハイテク部門を標的にした規制が続くなら対抗措置はエスカレートするだろうとの見方を示した。この中国側の認識に基づけば、中国は先端半導体分野を巡る対中規制に今後も屈することはなく、米中間の貿易摩擦はいっそう激しさを増す恐れがある。そして懸念されるのは、米中双方とも先端半導体分野以外に影響が及ぶことを否定していないことだ。トランプ政権時に始まった米中貿易摩擦において、双方の貿易規制は当然ながら先端半導体分野以外で実施されてきたが、今日最もヒートアップしているのが先端半導体分野であることから、今後はこの分野が導火線となって火が付き、今日規制対象になっていない分野に影響が突如波及するリスクがある。正直なところ、“なぜこのタイミングなのか”、“中国は経済的威圧を行うなら他にも有効な手段が考えられるなか、なぜガリウムとゲルマニウムの輸出規制なのか”という疑問は残るが、中国国内の失業率や経済成長率の鈍化、外資の脱中国化やグローバルサウスの対中認識などを考慮すると、習政権としても懲罰的な対抗措置はなかなか取りにくいという現状もある。台湾有事など一気に緊張の度合いが高まらない限り、習政権としても懲罰的な対抗措置を取る可能性は低いが、先端半導体分野が発火装置となり、今後規制対象になっていない分野に影響が突如波及するリスクを注視していく必要があろう。

中国側がアメリカの“同盟国”に言及

また、中国共産党系の機関紙「環球時報」は7月はじめ、今回の輸出規制に関連して、「米国とその同盟国は中国の主要材料輸出の制限に込められた警告に耳を傾けよ」と題した社説を掲載した。ここで問題となるのが、中国側が“同盟国”に言及したことだ。これまでの米中貿易摩擦では、米国第一主義を掲げるトランプ政権が中国に対する貿易規制に拍車を掛け、中国もそれに対抗措置を取ってきたが、そこのあるのは“キャッチボールのように2人で攻撃し合う”という二国間摩擦というイメージが強かった。しかし、バイデン政権は対中国で同盟国や友好国と結束を強化し、多国間で中国に対抗する姿勢を重視しており、先端半導体の製造装置で日本に同調を呼び掛けたのはまさにそのケースだ。

バイデン政権は対中国で同盟国や友好国と結束を強化し、多国間で中国に対抗する姿勢を重視
バイデン政権は対中国で同盟国や友好国と結束を強化し、多国間で中国に対抗する姿勢を重視

それによって中国側の認識も変わってきている。環球時報が貿易摩擦において米国とその同盟国に言及したことは、中国が欧州や日本に貿易分野で不満を強めていることを示すものだ。日本としては米中対立に巻き込まれるのはできるだけ避けたいところだが、中国側が日本を貿易摩擦のステークホルダーと認識すれば、日中間でも貿易摩擦が今後拡大するリスクがあろう。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415