かつてのテレビドラマではないが、中国は「絶対に失敗しない国」(外交筋)である。国の決定に異論や反論は存在せず、あったとしても表に出ることはない。中国メディアは日本と違い、事実上国の宣伝機関なので批判はもちろん、問題を指摘することもない。海外との摩擦が生じれば、中国の正しさが声高に叫ばれる。間違いがない、あっても表に出ないのは当然と言えば当然である。

人がやることに間違いがないことなどあり得ないのだが、とにかくそれが中国である。

共産党政権の“正当性”とは?

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そのような姿勢を続ける理由のひとつに、政権の正当性を完全には証明出来ない現実がある。国民が直接参加する選挙がないので「国民に選ばれた党、政府」と言うことが出来ないからだ。そもそも国民が政府を作るのではなく、国があってその下に国民(人民)がいるという発想なので、国と国民の関係が日本とは根本的に違う。

「中国共産党の幹部を『指導部』というのは愚民政治の表れで、愚かな国民を指導してあげているという意味だ」(外交筋)という見方は、なるほどうなずける。

その正当性を担保するためには「党や政府は常に正しい」「国民を幸せにしている」と言い続けなければならない。それが「失敗しない国」の実態だろう。

休日の北京の公園は家族連れで賑わっている
休日の北京の公園は家族連れで賑わっている

確かに経済発展によって国民生活は豊かになり、技術も進歩した。一方で貧富の格差や学歴偏重、一人っ子政策の弊害など「社会の歪み」はいまだに解決されていない。政治に100点満点がないのは日本も中国も同じである。

隠蔽と責任の“押しつけ”

こうした国内の負の部分は中国では徹底的に隠される。民主主義や自由を求め、政権を批判する人たちは身柄を拘束され、活動そのものがなかったことにされる。個人の権利より、国の安定が優先されるからだ。「人知れず行方が分からなくなった中国人が、どれほどいるのかもわからない」(外交筋)という。

天安門事件 戦車の前に立ちはだかった男性(1989年6月)
天安門事件 戦車の前に立ちはだかった男性(1989年6月)

天安門事件はもちろん、最近ではゼロコロナ政策に反対する人たちの「白紙運動」など、中国共産党にとって都合の悪い出来事が国内で報じられることは一切ない。ネットの規制も徹底的に行われ、政権批判の書き込みは削除される。中国で起きた世界的な「事件」を、当の中国の国民が知らないという皮肉な現実がそこにはある。

天安門事件は中国ではいまだに”タブー”である
天安門事件は中国ではいまだに”タブー”である

今ではVPN(仮想プライベートネットワーク)と呼ばれるアクセス手段が中国人の間にも広がり、中国に都合の悪い現実にも国民が触れられるようになった。ただ、実施した政策がうまくいかず、仮に不満が盛り上がっても責任を取らされるのは地方レベルの人たちで、トップを追及する声があがることはない。

処理水放出で相反する中国と中国人

そんな「失敗しない中国」が頑なに主張しているのが福島第一原発の処理水放出への反対だ。中国外務省は処理水を「核汚染水」と呼び、「放出計画を即座に停止し、科学的で透明性のある方法で処理せよ」と主張している。

王毅氏は林外相に「明確な反対」は伝えなかった
王毅氏は林外相に「明確な反対」は伝えなかった

ただ、インドネシアで開かれたASEAN(東南アジア諸国連合)の関連会議で王毅政治局委員は林外相に「慎重に処理すべき」と述べるにとどめ、明確な反対は表明しなかった。王毅氏が外相よりレベルが上であるが故の鷹揚さか、交渉する余地があるということか、何とも難しいところだ。

処理水放出に対する中国の強硬姿勢については「外交カードとして使えると思ったから」「国内の反発を恐れたため」など見方はいろいろあるが、日本との会談に応じたところを見ても、落としどころを探りたいのが本音だろう。中国が主張を変えることは考えにくいが、そこは日本の外交力が問われることになる。

一方の中国にとっても国内経済の回復が最優先で、日本との関係を無視できない事情がある。原発事故をきっかけにした、新潟県産の米を除く10都県産の食品の輸入停止措置は日本だけでなく、中国にとっても重荷なはずだ。

日本に行く中国人は増えているという(写真は北京空港)
日本に行く中国人は増えているという(写真は北京空港)

実際、中国人の行動は政府の立場とは矛盾しているようだ。日本への団体旅行は解禁されていないが「個人旅行のビザ申請を行う中国人は増えている」(外交筋)。私が春に日本に帰国した際も、都内で中国語を話す人たちの姿は至る所に見られた。刺身や寿司は中国でも根強い人気があり、日本の回転寿司が中国に進出するほどである。中国政府が海産物をはじめとする日本の食品に厳しい輸入規制をかけるそばから、当の中国人はこぞって日本に来て食事や観光を楽しんでいるのだ。

中国でも刺身や寿司は定番の人気メニューだ
中国でも刺身や寿司は定番の人気メニューだ

輸入停止措置やビザの規制といった、人やモノの移動を制限し続ける中国は、自らが望む経済回復や国民の本音とは逆行する措置をとっていることになる。

失敗しない中国の“教え”

「失敗しないこと」とは、政治が全てに優先される中国のメンツゆえ、ということだろう。失敗を認めることを恐れる不安の裏返しだという指摘もある。メディアも一体となった一枚岩の体制は、物事が順調に進んでいるときには強さになるが、矛盾や齟齬が生じれば弱みとなり、考えを改めるチャンスを潰すことになる。そして、結果的に失敗はしなくても、手痛い損失を被ることになる。

中国での勤務が長い日本の外交官からは「メディアが我々をチェックしてくれることはありがたい。それがなければ我々は腐敗する」という話を何度も聞いた。

「失敗しない中国」は、日本の政治・行政を戒める“反面教師”としては十分に意味のあることのようだ。

(FNN北京支局長 山崎文博)

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。