北京の中心部、故宮にほど近い街角に、新婚夫婦が記念撮影を行う名所がある。週末はもちろん、平日でもウェディングドレスやタキシードに身を包んだ2人がカメラマンを連れ、幸せそうに写真を撮っている。

多くの新婚夫婦が撮影に興じている
多くの新婚夫婦が撮影に興じている
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日本ではなかなか見られない光景だが、彼らから遠慮や恥ずかしさは感じられない。自らの幸せを全面に押し出す奔放さには羨ましさすら覚える。

就職と結婚の“ダブル難”

ただ、一発勝負の大学入試「高考」に代表される厳しい学歴社会と競争は、若者の将来に向けた希望を奪っているようだ。

「高考」の会場前にはたくさんの学生や保護者
「高考」の会場前にはたくさんの学生や保護者

今や大学を卒業しても就職はままならず、大学院に進むのは、専門の研究ではなく、就職のための手段ととらえる学生の方が多いという。試験の点数は小数点以下にまで及び、付けられた順位の中で厳しい就職戦線に臨む。仮に優秀であっても、人間関係やコネ、その他の要因で思い通りに行くとは限らない。

失業率の実態は、公表されている20%よりもはるかに悪いという評価はあちこちから聞かれる。

就職説明会には多くの学生らが参加
就職説明会には多くの学生らが参加

適正に評価されない、また努力が報われないと感じる若者は、「自分を正当化する理由、率直に言えば言い訳を探している」(北京の学術関係者)という。

就職活動に限らず、影響は結婚にまで及んでいるようだ。

結婚相手を見つけられない、結婚する必要を感じない、という人たちに加えて、今ではこんな言葉がネットに散見される。

「不婚不育保平安」

「結婚せず、子育てもしない方が平安を保てる」という意味だ。

そもそも「結婚しない」あるいは「結婚しない方がいい」という考え方だ。「結婚して子供を産むことは、老後の自分たちを支えてもらう最大の保障」(前述の学術関係者)という中国の伝統的な家族観は、すでに崩れ始めているようだ。

父親は「楽しむのも人生。苦しむのも人生」と語った(微博より)
父親は「楽しむのも人生。苦しむのも人生」と語った(微博より)

これに呼応するかのように、親の考え方も徐々に変化している。中国のネットでは我が子に結婚や孫の出産、自らの介護を求めず、自由に生きるよう語った親の動画がヒットし、11万の“いいね”を獲得した。

子育てや介護は日本でも難しい問題だが、急速な成長の後に訪れる停滞と少子高齢化の波は、日本と同様、中国も深刻である。一人っ子政策による社会の歪みなども加わり、今後の不確実性、不透明性は増す一方だ。

さらに進むあきらめと内向き

情報化による価値観の多様化、経済発展で得られた一定の生活水準、その一方で埋まらない貧富の格差などから、社会参加をあきらめる「寝そべり族」(躺平・タンピン)が、数年前から若者を中心に広がった。これにコロナ禍で強まった閉塞感と経済成長の鈍化が追い打ちをかけ、その「生きにくさ」に拍車がかかった。

中国のネットでよく使われる「内巻(ネイジュエン)」が意味する「内向きの競争」は、競争そのものの厳しさだけでなく、中国社会がより内向きになっていることの表れでもあるだろう。

就職難や結婚観の変化は、国内の現状に喘ぐ学生の海外留学を後押しする一方、「あきらめ」や「悟り」の意識をいっそう強めているようにも見える。

政府レベルで見れば、改正反スパイ法の施行は、海外からの投資やビジネスのマインドを委縮させている。また、日本の処理水に対する執拗な批判やビザをはじめとする往来の規制は、貿易や文化交流の妨げになっている。

政治が全てに優先し、指導部を忖度する内向きの競争に明け暮れるこの国の体制が、経済や外交など全ての方面に悪影響を及ぼしているのが実態だ。

人間関係も“濃密”から“冷淡”へ?

その内向きの競争「内巻」は人間関係をも変えたのではないか。

思えば10数年前の中国は、人間同士の距離が近い「温かい社会」でもあり、時にその近い距離が煩わしくなる「暑苦しい社会」でもあったように思える。善意とおせっかいが同居し、時に感謝し、時にありがた迷惑の苦笑いをすることも少なくなかった。

そんな中国社会にスマホやSNSが浸透し、特に都市部では便利な暮らしが定着した。「暑苦しい対面」から「スマートなSNS対話」になったことは社会の成熟でもあり、人と人の距離感の変化でもあり、ごく個人的に言えば庶民の間にある大らかさや寛容さといった「中国らしさの喪失」にも繋がっていると感じる。

役所は責任を回避し、上司の顔色をうかがう「ヒラメ状態」が横行し、「口は悪いが優しい」から「礼儀正しいが冷たい」に変容した。

中国生活が長く、いまだ濃密な人間関係の中にいるという日本人から「あなたはメディアで、利害関係者だから仕方ない」と諭された。利害関係者だからこそ、交流と理解が必要ではないだろうか。

この北京に来てからは健康のため、毎日徒歩で出勤している。ある時、出勤途中に知り合いのドライバーが偶然車で通りかかり、会社まで乗せてもらったことがあった。

「健康のために歩いているから、今後は乗せてもらわなくていいですよ」と言ったのだが、彼は私を見つけるたびに車を止めて「乗っていけ」と笑顔で語りかけてくる。その屈託のない表情にいつも負けてしまい、どうしても断れない。

「中国らしさ」を感じられる数少ない機会でもある。

(FNN北京支局長 山崎文博)

山崎文博
山崎文博

FNN北京支局長 1993年フジテレビジョン入社。95年から報道局社会部司法クラブ・運輸省クラブ、97年から政治部官邸クラブ・平河クラブを経て、2008年から北京支局。2013年帰国して政治部外務省クラブ、政治部デスクを担当。2021年1月より二度目の北京支局。入社から28年、記者一筋。小学3年時からラグビーを始め、今もラグビーをこよなく愛し、ラグビー談義になるとしばしば我を忘れることも。