新型コロナウイルスは感染確認が続いているものの、県境をまたぐ移動自粛が解除され、社会・経済活動再開の動きが加速している。しかし、世界的には新たな感染者数が過去最多となるなど、収束の兆しは全く見えていない。予想される第2波の到来に向けて、いま日本がしなければならないことは何か?

連載企画「withコロナで変わる国のかたちと新しい日常」の第28回は、第4回で「データ医療」の最前線を語って頂いた慶應義塾大学医学部の宮田裕章教授に、再びロングインタビューをした。(連載第4回記事:コロナと闘う「データ医療」の最前線 神奈川医療プロジェクト顧問・宮田裕章教授に聞く

続く感染確認…全面再開して大丈夫?

――感染リスクが高いといわれている夜の接客業やライブハウスも全面再開となり、いよいよ「コロナと共生する新たな日常」が始まりました。しかし、秋にも予想される第2波の到来に備えて、これまでの政府・自治体の感染対策を評価し、問題があれば見直す作業が必要です。

宮田氏:
評価する際には、世界中がコロナに対してどのような対策が有効なのかわからない中での対応だったことを配慮すべきかと思います。つまり、第2波にどう対策するかを建設的に考えるべきだということです。

もちろん情報の隠蔽や恣意的な対応など、政治的にねじれたことがあれば大いに反省すべきです。一方で、現状と判断の基準が異なる過去の判断を、単純な結果から一方的に責任追及することは避けるべきです。

――全面再開後も感染確認は続いていて、「本当に大丈夫か」と疑問の声も上がっていますが、これについてはどうお考えですか?

宮田氏:
大事なことが2つあります。この1カ月でわかったのは、中国や韓国のように国の単位でかなり抑え込んだとしても、無症状感染者、あるいは症状があってもPCR検査を受けられていないか、PCRで検知が十分にできていない感染者がいて、完全にガードを下げると陽性者が補足できなくなり、感染が広がるということです。

もう1つは、西ヨーロッパの結果です。ロックダウン解除から6週間が経過しましたが、日常生活の様々な局面において、感染症に対応した防御行動を適切に取っていれば、ある程度活動レベルを上げても感染拡大には至らないという結果が示されました。防御行動とは、マスク着用や社会的距離を取るということですが、ここで重要なのは、すべての人が同じようにやるというよりは、働き方や過ごし方に応じて防御行動を適切に取るということです。

この2つが明らかになったことで、第2波に向けては「皆がとにかく気をつけましょう」という精神論ではなく、ガイドラインに基づいて社会的な活動をしていくことが必要になると思います。

「データ医療」の最前線にいる慶應大学医学部の宮田裕章教授
「データ医療」の最前線にいる慶應大学医学部の宮田裕章教授
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全国一斉の外出自粛は必要だったのか

――日本はロックダウンこそしませんでしたが、外出自粛で「7~8割接触減」が目標となりました。これは第2波でも行うべきだと思いますか?

宮田氏:
3月末と現在では、日本と世界が積み上げた科学的根拠は異なります。現在、同じような状況に至ったとしても取るべき対策は異なるでしょう。

一方で世界がロックダウンに入った数カ月前の状況は、圧倒的に情報が不足していました。思い返せば、WHOはまだ「マスクが有効ではない」と言っていたぐらいです。不確実な条件下で、stay homeという方法で状況を一旦収めることは必要であったと思います。

現在であれば、働き方や過ごし方に応じたリスク管理という方法を選択することが有効だと思います。一方で今後、ウイルスの遺伝子変異や気温の低下などによる環境条件の変化により、これまでの対策が有効でなくなる可能性もあります。その時に感染急拡大に至った時には、行動制限を行うことが必要になります。

――これまで以上の行動制限も場合によっては必要になると。

宮田氏:
ただ、強い行動制限が必要となった場合においても、全国一斉で行うシナリオは避けることが可能だと思います。今回の緊急事態宣言においても、接触減の達成度合いは地域によって大きく異なることが、「google mobility report」などからも把握できます。大都市部に比べると、地方は元々人の接触が少なく、基準となる値も異なります。

また、世界が積み上げたデータから見えつつあるのは、「接触そのものよりもリスクを伴った接触をどれくらい減らすことができるかが重要である」ということです。つまり、マスクを着用しないで人と接触する時間をどれくらい減らせるのか、ということです。社会的距離やマスク着用、3密という条件が管理できていれば、社会的な活動をある程度取り戻すことができるのではないかということです。

自粛要請が有効だったかというと、感染拡大を防ぐ意味では確かに有効だったと思います。海外に比べてあらゆる経済活動を止めることなく、満員電車も稼働させながら感染拡大を収めたという意味では壮絶な社会実験でしたね。

当時、欧米から見れば、満員電車を止めない日本はクレイジーだという捉え方もありましたが、日本のこの社会実験によって、リスクの防御行動をある程度取っておけば、今後ロックダウンまでは必要ないかもしれないということが分かってきたのです。感染拡大を招きそうなところを効果的に抑えればいいのではないか、ということですね。

緊急事態宣言で人が消えた銀座の街
緊急事態宣言で人が消えた銀座の街

学校の「持ち込まない・うつさない・拡げない」

――学校休校と再開についてはどう考えますか?

宮田氏:
学校は一斉休校されていたのでデータ的には未知数でした。緊急事態宣言が解除され、学校でもクラスター感染が発生していますが、こうしたケースから考えることは非常に重要です。対策としては「持ち込まない」「うつさない」こと。体調が悪い時は休む、検温を行う、手洗い消毒を行う。マスクをできる限り着用し、社会的距離をとり、3密が避けられないカリキュラムはしばらく避ける。こうした対応は重要です。

一方で無症状感染が確認された今、それだけでは十分ではなく、「拡げない」という対策が必要です。どれだけ対策を行っても感染が発生することを理解し、経路を迅速に追跡して隔離を行う。できる限り、活動の単位を大規模にならないように管理するということですね。

学校であれば、クラス単位である程度集団となるのは仕方がないですが、経路が追えなくなるような全校レベルでの活動を控えることは、しばらく重要かと思います。感染経路が追えなくなれば、一斉休校せざるを得なくなるからです。

こうした対策を効果的に行えば、今後学校でクラスターが発生しても地域全体、学校全体を休校にして、子どもたちの学習を止めるような状況を避けることができるかもしれません。

「夜の街が悪い」よりリスク対策の有無が重要

――東京都では、解除の際に業種別に緩和ステップを設けましたが、これは有効だったと考えますか?

宮田氏:
この2カ月で世界中の取り組みが示したのは、感染者数を相当少なくしたとしても、リスク対策を行わなければ、大都市部ではいつでも大規模感染が発生するということでした。そういった点においては、リスク対策を行うことがより重要だと思います。

たとえば「夜の街は悪い」といいますが、夜の街の存在そのものが悪いのではなくて、リスク対策をして営業しているかどうかなわけですね。予防行動をとり、ウイルスを持ち込ませない。検温をしっかりやり、体調管理に気を付けて場を作っていく。その上で社会的距離を取って、マスクを着用して、換気を含めた対策をする。

ただ、それを徹底したとしても、いろいろな形ですり抜ける可能性はあるので、万が一、持ち込まれて感染した時に、経路を把握できるように名簿を作って管理することも必要です。これから検査の方法が進化したり、経路を追えるテクノロジーが出たり、パラダイムが変わると考え方も変わるかもしれませんが、有効な治療薬が限られる現時点では、こうしたアプローチが必要だと思います。

「ゴールデンスタンダード」は見つかったか

――日本はPCR検査の数が少ないことで、陽性者数を故意に隠したのではないかとの指摘を海外から受けました。これについてはどう思われましたか?

宮田氏:
実際、真の感染者の実態を把握しきれている国は、中国を含めて現状ありません。抗体検査をやっているヨーロッパでも想定の数倍〜数十倍の感染者がいたわけで、日本でも、実態はまだ断片が確認されている状況でしかありません。

PCR検査は常に偽陽性と偽陰性があり、検査コストとタイムラグがありました。また初期では、鼻腔から粘液や細胞を採る必要があったため、採取する医療者に感染リスクもありました。その後、唾液採取ができてコストや検査リスクも下がりましたが、体制整備には時間がかかります。

一方で抗原検査や抗体検査が出てきているので、こうしたデータを迅速に集めて、多角的に把握していくことも重要です。また、現在は東京大学のチームと連携して「超過死亡」の検討を行っています。こうした分析を組み合わせることによって、日本の実態を把握し、次の流行に向けた対策を行うことができると考えています。

――前回のインタビューでは「ゴールデンスタンダードはない」とおっしゃいましたが、第2波に向けてデータ量は十分にあるのでしょうか?

宮田氏:
足りない部分も相当ありますね。ただそれを嘆いても仕方ないので、海外のデータなどで補ってみていく必要があるのだろうと思います。いずれにしても、このデータだけを見ていれば大丈夫というようなゴールデンスタンダードはありません。ある特定の見方で全てを捉えることができるような状況には、現在はないということです。

入国規制の緩和に備えるべきものは

――日本は海外からの入国規制を緩和する方針です。海外での感染拡大が続く中、果たして今の日本の検疫システムは大丈夫なのか、不安があります。

宮田氏:
検疫体制については、法制化の提案が2つあります。現在、PCRや抗原・抗体検査において陽性者は登録できますが、擬陰性や擬陽性については登録できず、リアルタイムで把握できません。こうした義務づけを検疫法でやるべきではないかというのが1つです。

もう1つは、現状、空港では人海戦術でPCR検査をしていますが、法的に「1週間自主隔離してください」とお願いすることしかできません。検疫法には一定の権限はありますが、悪意のある人が振り切った時、GPSなどで追跡することはできません。入国規制を緩和するのであれば、検査体制強化、あるいは悪意のある人が検疫を突破した時の対策の選択肢を検疫チームに持たせなければいけないのではないかと思います。

――追跡調査となると、必ずプライバシーの問題が出てきますね。

宮田氏:
GPSはプライバシー侵害だから使えないと議論を止めるのではなく、あらゆる場合に使う必要はないけれど、活用するべきだと思います。その1つとして、アプリで各自がGPSデータを保存してもらい、何かあった場合には本人の同意をもとに共有する。このようなことは、現行法の下でも実施可能性がある対策です。

特措法に緊急対応の手段の追加を

――特措法については「強制力がないことが問題だ」との指摘もありますが、新たな法整備は必要だと思いますか?

宮田氏:
私自身は、特措法に緊急対応の手段をいくつか入れたほうがよいのではと思っています。できない前提であるよりは、選択肢としてどう持つかの議論をやった方がよいですね。

今回、韓国はSARSやMERSの経験を活かして、時には人権に踏み込みながら公益を守る法律を準備していました。また、台湾は透明性を徹底的に高め、人々に説明して理解を得ながら踏み込んだ対策ができました。

日本の制度は、人々が善で、緩やかなスピードで物事が進む前提であれば、いいシステムだと思います。しかし今後、入国規制を緩和した時に「お願いベース」で突破され続けたら、それによって感染拡大が発生します。これが一定以上になれば強い行動制限をかけざるを得なくなり、発動した時の経済的ダメージは十数兆円単位になります。

そもそも今後、自粛要請では社会活動を止めることができない可能性もあります。そういう時に、迅速で強い対応をどのように行うのかという議論は、今やらなければいけないと思います。緊急時になし崩し的に行うのではなく、今、熟議を尽くすべきだと思います。

テクノロジーで後手に回った「成功モデル」日本

――欧米に比べてこれまでに死者数が少ないことから、日本こそが「成功モデル」という人もいます。

宮田氏:
新型コロナウイルス対策においてどの国が勝者なのかということは、現時点では判断はできませんね。日本よりも圧倒的に感染者数や死者数が少ない、他のアジアの国々も慎重に考えています。

一方で、日本がテクノロジー活用では後手に回ったのは否めませんね。たとえば、保健所との連絡は紙とファックスだったため、3月末ごろから保健所の業務がひっ迫したという報道が少なからずありました。

例として、東京では感染者数は4月10日がピークで、実効再生産数はそれに基づいて計算されましたが、陽性率や発熱率をみると、ピークは4月17日~18日だったのではないかと考えています。つまり、保健所の業務がひっ迫したことによって十分に対応できなかった可能性もあるということです。

それが事実だったとしても、本件においては保健所のスタッフの責任ではありません。彼らは与えられた環境で全力を尽くしたのです。テクノロジーの活用で、負荷の低い方法でデータを収集し、迅速に活用することが必要なのです。

また、日本はマイナンバーが思うように使えず、マスクをスピーディに配布できず、給付金も経済的影響の格差に応じて配布することが困難でした。一方で台湾は、あらゆるテクノロジーを使ってマスクを配り、GPSも駆使している。こうした点も踏まえて、デジタルトランスフォーメーションに真摯に取り組んでいく必要があるでしょう。

慶應大学医学部の宮田裕章教授(左)と筆者(右)
慶應大学医学部の宮田裕章教授(左)と筆者(右)

マイナンバーに銀行口座を紐付ける

――マイナンバーについては、活用方法を再検討する必要がありますね。

宮田氏:
最大の課題は、マイナンバーカードを配る話ばかりで、マイナンバーで何をするかという話が国民にはあまり伝わっていなかったということです。何でもしようとすると、セキュリティを高めなければいけなくなり、結局、使いづらいものになります。

私がアドバイザリーボードとして関与している厚生労働省のデータヘルス計画では、マイナンバーに被保険者番号を紐づけようとしています。これにより、自分の医療データをいつでも見られるようになります。アメリカは2021年に実現するといっていますが、スマホなどで自分の医療情報をいつでも見られるようになれば、自分の命を自分で守るということになりますね。

――給付金はマイナンバーが銀行口座に紐づいていないことで、振込手続きに時間がかかっています。

宮田氏:
銀行口座の紐づけは、やるべきだと思います。給与から自動的に天引きされるサラリーマンや税金を真面目に払っている人々は、まともな政策を行えば紐づけられても損をしないだろうと思います。紐付けられて困る人は、税金を適切に払っていない人々ですよね。

政府は、正しく納税を管理することが、大多数を占める真面目な国民にとって、いかに有益となるのかということを示すべきです。紐づけるというプロセスについてのみ示すのではなく、その結果実現される社会的成果の還元を示す必要があるでしょう。これは、苦しんでいる人たちをいかに的確かつ迅速にサポートできるかということにもつながりますね。

マイナンバーカード
マイナンバーカード

――第1波では、厚労省の緊急対応のスピード感が十分ではなかったと指摘されています。第2波に向けて、政府はCDCなど新たな体制構築をするべきだと思いますか?

宮田氏:
新型コロナへの対応は、局面や常識がどんどん変わるので、朝令暮改が時に必要になります。その瞬間から作戦を変えたり、現地の経験の中で現場が作戦を変更するような柔軟性も必要です。

常にデータに基づいて、その時々の最善を目指す意思決定やガバナンスを発揮できる組織が必要だと思います。あるべき姿は何パターンかあるので、議論するのがいいと思います。

――ありがとうございました。後編ではwithコロナ、アフターコロナの国家データ戦略について伺います。

【聞き手:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。