コロナウイルスが5類に移行してから1年半。イギリスなど海外では当時の感染予防対策についての検証が進められているが、国内での検証は十分に進んでいるとはいえないだろう。

「ネクストパンデミックを想定した備えが必要だ」と警鐘をならす政府のアドバイザリーボートの一員だった、大東文化大学中島一敏教授に伺った。

中島一敏教授は2007年、WHO本部に出向し、世界的な感染症危機事例の検出、リスク評価と対応を担当。コロナウイルスが全世界でアウトブレイクした2020年8月から厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードのボードメンバー。

20年10月から東京iCDC専門家ボード チームメンバー専門分野は、疫学、感染症学、感染症危機管理、アウトブレイク対策など。

中島教授は、パンデミックはいつ起きてもおかしくない。だからこそ社会全体で、ネクストパンデミックを意識していなければいけないといいます。

大東文化大学 中島一敏教授​:
新型インフルエンザによる世界的流行は、1900年以降の記録から 9~数十年間隔で発生している。新型インフルエンザでのパンデミックの直近は、2009年、メキシコで発生しているので、それから15年くらい経過している。パンデミックはいつくるわからない状況です」

2019年、新型コロナウイルス感染症が発生、2020年には世界中で感染が拡大し、世界的流行、パンデミックをもたらした。

日本では、政府や自治体が緊急事態宣言を発令したり、不要不急の外出禁止、マスク着用、などの対策が実施されたが、どの対策がどの程度有効であったのか、どの程度合理的であったのかなどコロナウイルスが23年に5類に移行されてから1年半が経過した現在でもその検証は十分に行われていない。

アメリカでは、新型コロナへの対応で中心的な役割を果たし、ワクチン接種やマスク着用を推奨してきた、アンソニー・ファウチ元大統領首席医療顧問に対して、2024年から共和党議員から「マスク着用は科学的根拠がなかった」と厳しい追及が行われている。

イギリスでは2024年、新型コロナウイルスへの政府の対応を独立した調査委員会が検証し、「誤ったパンデミック対策で、多くの死者を出した」との結果を公表した。そのうえで3年ごとにパンデミック訓練を実施することなどが提言されていて、スターマー首相は、「調査から教訓を学び、対策を講じることを約束する」と述べているが、日本政府はといえば、検証をしているという話は聞いたことがない。

大東文化大学 中島一敏教授​:
新型コロナウイルス感染症は、緊急の対策が必要な疾患の深刻さと、一方で対策が困難な特徴を数多く備えていました。高齢者を中心に重症の肺炎を起こす病原性、放置しておくと一気に拡大する感染力、多数の無症状感染者や軽症者がいることによる感染状況の全体像が捉えにくいこと、有効な予防方法や治療方法がなかったことなど、社会全体での感染拡大を防止する取り組みが必要でした。比較的状況が落ち着いてきた今、当時を振り返ってみてたくさんの疑問が出てくると思います。様々な局面における対策が、流行状況、健康被害、医療に対してどのような効果があったのか、また、教育現場、スポーツ、文化活動、それぞれに対してどのような影響があったのかなどの検証をやるべきです。

感染が人と人との接点で生じるわけですから、感染拡大の抑制と社会経済活動の活性化はトレードオフの関係があります。大局的な目標と戦略のもとで、対策は、流行の異なる局面に応じてバランスを取る必要があるでしょう。
そして、検証の結果については正しい答えが1つだけあるわけではない。世界のなかでも、アメリカの答え、イギリス、日本の答えが違ってもおかしくない。いますぐにでもちゃんとした振り返りをする必要がある。

検証の方法は、感染症対策をだれがやったのか、政府であれ、自治体であれ、それぞれの政治のトップですから、国は国として振り返る現場の対策実施主体は、都道府県知事なので、それぞれが検証を実施すべき。
犯人探しではなく、現在の課題を明らかにし、改善することでネクストパンデミックに対する備えを強化するためです。時には、リスクコミュニケーションの手法を用いることも必要でしょう。話し合いをして問題を抽出して、次に備えて教訓をどういかすのかという点が重要です。

中島教授は、政府のアドバイザリーボードのメンバーとして当時を振り返り、局面、局面で何を目指しているのか、目指していることをもう少し解説するべきだったのではないかと自問している。解説することで、政府の示す対策への理解と協力がもっと得られたのではないかと考えているからだ。

中島教授によると、コロナウイルスは、なにもわからなかった時期、医療資源が乏しく体制が整っていなかった時期、ワクチンが利用できるようになり効果がみられるようになった時期、変異が大きな影響を及ぼした時期、と、大きな節目があったといい、その節目節目に、対策を変化させて、どこに向かっていくべきかをきちんと示すべきだったという。

中島教授​は「検証するにあたっては、若者たちの声も聴いてみてほしい。高校野球から吹奏楽部まで、文化、スポーツの部活動に注力してきた若者たちの目標としていた試合や大会が中止に追い込まれた。大学生は、キャンパスライフを送ることなく、卒業していった。2021年から22年のころには、若者は重症化しないというデータが明らかになり始めていた」と振り返る。

コロナウイルスが、高齢者や基礎疾患のある患者だと重症化し、若者や子どもは重症化しないとわかり始めたにも関わらず、年齢を問わず、一律に外出禁止や部活動の禁止などを継続させたことに対して若年層から不満の声が多くあがっていた。

こうした不公平感について、中島教授は「新型コロナは、高齢者や基礎疾患の患者が重症化して、若者は重症化しないという点は、注意深く評価したほうがいいと思います。若者のなかでも、新型コロナに発症して、全身疲労など、脳の血管に対するダメージや精神・神経的な疾患にかかる新型コロナ後遺症に罹患する方もいますから。あとは、自分自身の重症化リスクが低くても、感染した人が感染していない人に感染させてしまうという点が、感染症の難しいところです。検証する場合は、どれくらい流行を社会全体で抑えるのかということを考える必要があります」と話す。

そして中島教授がもっとも危惧しているのが、新型コロナが5類に移行したことによって社会全体がパンデミックに興味を失ったという状況だ。

大東文化大学 中島一敏教授​:
5類化が意味することが、オールオッケーという風にとられていてゼロか1という記号化している。何をしても大丈夫のようにとらわれている。2009年の新型インフルエンザパンデミックの場合には、社会全体に感染が広がっていくと、社会全体での流行抑制のための対策は緩和する方向に移行していきましたが、新型コロナでは、医療提供体制に影響の出る流行が繰り返し起こり、一方向での緩和が進められるものではありませんでした。
流行が大規模化すると、診断された全ての患者を報告して個別に対応することに限界が生じました。5類化により個別対応の仕組みは大きく変わりましたが、それでも大きな流行が生じると、高齢者施設や医療提供体制には影響が出ていました。感染予防を考えない、 感染抑制をやらなくていいというわけではない。

鳥インフルエンザも過去例を見ないほど、世界各地で感染が広がっていてアメリカでは乳牛など、鳥だけでなく、人、様々な動物にも感染しているという。

新型コロナの対策がどうだったのか検証することで、ネクストパンデミックへの備えがより充実することは間違いない。

大塚隆広
大塚隆広

フジテレビ報道局社会部
1995年フジテレビ入社。カメラマン、社会部記者として都庁を2年、国土交通省を計8年間担当。ベルリン支局長、国際取材部デスクなどを歴任。
ドキュメントシリーズ『環境クライシス』を企画・プロデュースも継続。第1弾の2017年「環境クライシス〜沈みゆく大陸の環境難民〜」は同年のCOP23(ドイツ・ボン)で上映。2022年には「第64次 南極地域観測隊」に同行し南極大陸に132日間滞在し取材を行う。