去年7月にプロへ転向したフィギュアスケート界のレジェンド羽生結弦さん(28)。

彼がスケート界の皇帝ことエフゲニー・プルシェンコ氏を憧れていたのは有名だが、もう一人いたことを知っているだろうか。

その人物はジョニー・ウィア氏。彼と羽生さんはどんな関係だったのだろうか。

“憧れの存在”がプロ引退を決断

ジョニー氏と羽生さんの関係は2010年から続く「ファンタジー・オン・アイス」で築き上げられてきた。

羽生さんの現役時代のプログラムにも大きく影響したというジョニー氏。

そんな彼がプロ引退を決断。「もう人前で滑らない」と決めたジョニー氏が、日本開催のアイスショーで最後のスケーティングを披露した。

それは、国内外のトップスケーターが集い全国4都市を回るアイスショー「ファンタジー・オン・アイス2023」。

「ファンタジー・オン・アイス2023」が開催されたワールド記念ホール
「ファンタジー・オン・アイス2023」が開催されたワールド記念ホール
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6月23〜25日にかけて最終公演が神戸で開催された。

会場のワールド記念ホールには、連日5000人以上のファンが集うほど、大盛況だった。

平昌五輪メダリストのハビエル・フェルナンデス、世界選手権2連覇を果たした坂本花織らに加え、リンクに隣接したステージを中島美嘉・DEAN FUJIOKA・小林柊矢(とうや)が彩り、圧巻のパフォーマンスで観客を魅了した。

その中でもとりわけ特別な思いで千秋楽を迎えたスケーターたちがいた。

この神戸公演をもってプロスケーターを引退するジョニー氏と、彼に小さい頃から憧れ続けてきた羽生さんだ。

アイスショーを通じて親交を深めた2人

2人の出会いは2010年の「ファンタジー・オン・アイス」が始まった年だ。

現役時代のジョニー・ウィア氏(2006年)
現役時代のジョニー・ウィア氏(2006年)

アメリカの小さな村で育ったジョニー氏は、トリノ五輪5位、バンクーバー五輪6位の実績を持ち、ユニークで独特な世界観を持つスケーターとして知られる。

現役引退後、プロスケーターになって間もなかったジョニー氏は、スケートに対しての覚悟を決めて一生懸命に練習をしていた羽生さんにインスパイアされたという。

当時の羽生さんは15歳、幼い頃からジョニー氏に憧れていた(ファンタジー・オン・アイス2023」公式パンフレットより)。

憧れの選手は「ジョニー・ウィア」と話していた羽生さん
憧れの選手は「ジョニー・ウィア」と話していた羽生さん

そんな羽生さんはかつて、フジテレビのインタビューでも「憧れている選手はジョニー・ウィアさん」と答えるほどだった。

ジョニー氏の最大の魅力は芸術性の高い演技だ。

独創的なコスチュームとメイクで多くのファンを魅了している。

2012年に現役引退してからはプロスケーターとして活躍する傍ら衣装のデザインや振り付けなども行っている。

羽生さんは2010年のシニアデビュー後、この「ファンタジー・オン・アイス」を通してジョニー氏と親交を深めていく。

2010年のフリーの衣装もジョニー氏が手掛けた
2010年のフリーの衣装もジョニー氏が手掛けた

そして出会った年、2010年に羽生さんのフリープログラム『ツィゴイネルワイゼン』の衣装をジョニー氏が担当した。

2013-14年シーズンのフリーの衣装もジョニー氏が担当
2013-14年シーズンのフリーの衣装もジョニー氏が担当

さらに2013年のフリープログラム『ロミオとジュリエット』の衣装も手掛けた。

その翌年、2014年に羽生さんはソチ五輪でアジア人初となる金メダルを獲得。さらに4年後の2018年、平昌五輪で連覇を達成し、1952年以来66年ぶりの快挙を成し遂げた。

史上最高のスケーターと称されるまで登りつめた羽生さんにとって、間違いなくジョニー氏の存在は大きかった。

五輪で重ね合わせたジョニーとの姿

平昌五輪で連覇の偉業達成後、羽生さんは“スケート人生第二章”をスタートさせた。

2018-19年のシーズン、羽生さんは「本当に心の底から滑りたいなと思った曲、プログラムにしたい」という思いで自ら選曲。楽曲『Otonal~秋によせて~』をショートプログラムに選んだ。

この曲は2004年からジョニー氏がフリープログラムとして使用していたものであり、2006年のトリノ五輪で5位に入賞した際にも使っていた。

2006年の世界選手権で『Otonal』を披露するジョニー氏
2006年の世界選手権で『Otonal』を披露するジョニー氏

当時羽生さんはそのジョニー氏の演技に目を惹かれ、「こういう風に演技がしたい」と思ったと振り返る。

ケガによりシーズン途中で試合の欠場などもあった2018-19年のシーズンは、羽生さんにとっては不完全燃焼だった。

「この気持ちのこもったプログラムをしっかりやりたいなと思った」と、羽生さんはそのショートプログラム『Otonal~秋によせて~』を2シーズンの途中まで滑った。

2018-19年から2シーズン『Otonal~秋によせて~』を滑った羽生結弦さん(2019年)
2018-19年から2シーズン『Otonal~秋によせて~』を滑った羽生結弦さん(2019年)

その後、羽生さんはジュニア・シニアの主要国際大会を完全制覇するスーパースラムを達成。

さらに2022年の北京五輪では前人未到の4回転アクセルに挑戦した。成功はならなかったものの公認大会で史上初の認定となったが、4位で表彰台を逃した。

その時のことを、羽生さんはトリノ五輪でメダルに一歩届かなかったジョニー氏の演技と重ね合わせたという。

「(ジョニーのトリノ五輪の)ショートプログラムがすごくよくて、フリーは思うようにはならずメダルが獲れなくて…。僕も3回目の北京五輪でメダルが獲れず自分の夢みたいなものがついえてしまったというか。でもこれまでジョニーの演技をたくさん見られてよかった」(「ファンタジー・オン・アイス2023」公式パンフレットより)

羽生さんにとって、幼い頃から憧れの存在だったジョニー氏。

日本のスケート界をけん引してきた彼は去年、ジョニー氏と同じプロスケーターとしての道を選択した。

プロスケーター同士としてステージに立つ最後の日

6月25日、「ファンタジー・オン・アイス2023」神戸公演前の練習で羽生さんは『glamouros sky』を本番同様に滑り切り、オープニングの登場シーンも丁寧にチェック。

プロスケーターとして、いつもと変わらぬルーティーンをこなした。

「千秋楽よろしくお願いします」とあいさつ後に右手を突き上げた羽生さん
「千秋楽よろしくお願いします」とあいさつ後に右手を突き上げた羽生さん

公演前の練習を終え、「千秋楽よろしくお願いします」と会場全体に響く声であいさつし、リンクを一周しながら去っていった。

「ファンタジー・オン・アイス2023」で『creep』を披露したジョニー氏
「ファンタジー・オン・アイス2023」で『creep』を披露したジョニー氏

公演が始まると、スケーターとアーティストのコラボレーションによるスペシャルなステージの数々で会場は熱気に包まれた。

そんな中、1曲目に登場したジョニー氏は『creep』を披露。

普段はクジャク色の鮮やかなドレスと個性的なメイクで滑るプログラムだ。

しかし、この日のジョニー氏は緑色のタンクトップにレギンスという、まるで練習着のようなシンプルな装いで登場した。

そしてジョニー氏は、ヘアセットもせずノーメイクの、素の自分のままで滑り切った。

演技後のジョニー氏に話を聞くと、「私はただ私でありたかったから。メイクもコスチュームもなく、ただ私でいたかった」と語った。プロスケーターとして最後の日に挑んだジョニー氏の思いが感じられた。

スケーターからの贈り物のネックレスを身につけるジョニー氏
スケーターからの贈り物のネックレスを身につけるジョニー氏

ジョニー氏の胸には光り輝くネックレスも身につけていた。これはスケーター全員からの贈り物で、前日の公演後にサプライズでプレゼントされたという。

「これを身につけるとみんなを感じることができる。今日(最後の日)を乗り切るのが大変なのでこのネックレスは私を助けてくれます」と語った。

羽生さんだけでなく、周りのたくさんの人からも愛されるジョニー氏ならではの演出だった。

最後のステージで見せたジョニー氏らしさ

続く2部でいつもの白いドレスを身にまとったジョニー氏が披露したのは『月の光』。

“自分らしさ”を見せた『月の光』
“自分らしさ”を見せた『月の光』

一曲はありのままの自分で登場したジョニー氏。そして、もう一曲は自分らしさを見せる。

最後までステージ上でメイクも衣装も、ジョニー氏らしい姿でパフォーマンスしたかったのだ。

プロスケーターとして最後のステージは、動き一つ一つに、彼の魂が込められているようだった。演技が終わると会場はスタンディングオベーションに包まれた。

多くのスケーターからの垂れ幕で迎えられたジョニー氏
多くのスケーターからの垂れ幕で迎えられたジョニー氏

するとリンクサイドで見ていた多くのスケーターたちが「THANK YOU JOHNNY,WE LOVE U」の垂れ幕を掲げてジョニー氏を迎えていた。

『glamouros sky』を披露する羽生さん
『glamouros sky』を披露する羽生さん

大トリの羽生さんは『glamouros sky』を全身全霊で披露。

中島美嘉さんの生歌に合わせて曲の世界観を余すところなく体現した。

『glamouros sky』では最後は倒れ込ほど全力を出し切った
『glamouros sky』では最後は倒れ込ほど全力を出し切った

7本のジャンプを成功させ会場のボルテージは最高潮になり、最後はリンクに倒れ込むほどだった。

声援と拍手が鳴りやまない中、フィナーレが始まると、中島美嘉さんの『STARS』に合わせて全スケーターたちが登場。

フィニッシュでは涙を浮かべた羽生さん
フィニッシュでは涙を浮かべた羽生さん

羽生さんのスピンに合わせてフィニッシュし、全員で手をとり観客にあいさつをした。

この時、羽生さんの目にはこみ上げるものがあった。

ジョニー氏と熱いハグをかわした羽生さん
ジョニー氏と熱いハグをかわした羽生さん

スケーターたちが恒例のジャンプを披露する中、Tシャツに着替えた羽生さんは、ジョニー氏とともにあいさつ。

そして座り込む羽生さんを抱き上げ、ハグをした2人は涙を滲ませていた。

ファンに感謝の言葉を述べたジョニー氏
ファンに感謝の言葉を述べたジョニー氏

その後のスピーチでジョニー氏は、「みなさんの健康、幸せであること、そして自分自身を信じてください。みなさんは本当に素晴らしいひとたちです。ありがとうございます。愛しています」と今まで見守ってくれたファンに感謝の言葉を口にした。

最後まで続いたサプライズ

大きな白いバラの花束を持って現れた羽生さん
大きな白いバラの花束を持って現れた羽生さん

ここからサプライズが続く。

大きな白いバラの花束を持って羽生さんが現れると音楽が鳴りだし、流れてきたのは、あの『Otonal』。

サプライズでジョニー氏が作り上げた『Otonal』を披露
サプライズでジョニー氏が作り上げた『Otonal』を披露

軽快なステップで始まったのは、羽生さんが現役時代に滑ったものではなく、ジョニー氏が作り上げたプログラムだ。

サプライズで羽生さんがジョニー氏へ贈る『Otonal』を披露した。

ジョニー氏が見守る中で『Otonal』を滑りきった羽生さん
ジョニー氏が見守る中で『Otonal』を滑りきった羽生さん

幼い頃ジョニー氏に憧れていた羽生さんがよみがえるかのように滑り切った。

会場には「Thank You Johny Weir」の文字が天井に浮かびあがり、別れを惜しむファンたちが多くの声援を送った。

「アリガトー」を叫び感謝を伝える2人
「アリガトー」を叫び感謝を伝える2人

最後の最後まで観客に手を振り、感謝を伝えたジョニー氏と羽生さん。

2人で「アリガトー」と叫び、感動の渦に包まれ、『ファンタジー・オン・アイス2023』は幕を閉じた。

最後は笑顔で幕を閉じた
最後は笑顔で幕を閉じた

公演終了後バックステージでも、「I Love You,GoodBye」と羽生さんにプロスケーターとしての別れを告げたジョニー氏。

ジョニー氏へプレゼントを渡す羽生さん
ジョニー氏へプレゼントを渡す羽生さん

さらに羽生さんからジョニー氏にプレゼントが贈られた。

プロスケーターとしてのキャリアに終止符を打ち、新たな道を進むジョニー氏。

そして挑戦し続けるプロスケーター1年目の羽生さん。2人の物語は形を変え、続いていくだろう。

羽生結弦が関西で舞う!ファンタジー・オン・アイス2023
7/2(日)深夜0時30分〜(※関西ローカル)

ファンタジー・オン・アイス2023 in KOBE
7/8(土)よる6時〜BSフジにて放送

フィギュアスケート取材班
フィギュアスケート取材班