新型コロナウイルスの感染拡大によって、閉ざされていた日米の学生交流も復活しつつある。一方で、学費や滞在費の高騰が学生たちの留学の障害となっている。さらには留学をすることはおろか、日本での生活にも苦労する学生が多くいることも大きな問題だろう。

政府は異次元の少子化対策として「子ども未来戦略方針」を発表し、「高等教育費の負担軽減」もうたってはいるものの、学費を奨学金で貸与(借金)できる世帯年収を広げた程度で、根本的な解決には至っていない。裕福な学生とそうではない学生の機会格差は広がっている。

政府も海外留学を促進するならば、国内の学生の支援を充実とともに、留学を希望しその能力も備わっている学生たちに対しての留学時の学費・滞在費の支援にも本腰を入れるべきではないか。現状を分析する。

政府は「子ども未来戦略方針」を発表したが、教育費の拡充は不十分なままだ
政府は「子ども未来戦略方針」を発表したが、教育費の拡充は不十分なままだ
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アメリカの学生は「ローン地獄」

アメリカの大学は学費がとにかく高い。「U.S. News」が行った、2022-23年度のアメリカの大学の学費の平均は、私立大学で約560万、公立大学(州外の居住者)で約320万円だ。これは、歴史的なインフレに陥っているアメリカでの生活費は含まれておらず、さらに数百万円が必要になる。ワシントンDCにあるアメリカン大学の試算でも、2023-24年度の学費と生活費を合わせた金額は、日本円で約1100万円にもなる。たった1年間でもこれだけの費用がかかるとなると、日本の平均的な収入の家庭では到底支払えない金額ではないだろうか。

学生ローン免除を求めるため全米から首都ワシントンに集まった学生たち
学生ローン免除を求めるため全米から首都ワシントンに集まった学生たち

日本政府は日米交流として、学生に留学を促進しているが、日本の大学に通わせることすら大変な状況の中で、滞在費も含めた負担は学生の二の足を踏む要因だ。結局、留学に行ける学生は、家庭が裕福な人ばかりといったことになり、教育格差、機会格差は広がる一方ではないだろうか。アメリカ国内でも学費の高騰は大きな問題になっていて、4000万人の学生が抱える学生ローンの総額は、200兆円を超えると言われている。1人あたり約500万と思うと、とんでもない額だ。

バイデン大統領は学生ローンの一部免除を打ち出すも反発も起きている
バイデン大統領は学生ローンの一部免除を打ち出すも反発も起きている

少子化対策で「教育費の負担減」が重要な意味

一方で、日本の状況を見てみると、日本財団が行った「1万人女性意識調査」で興味深い結果も出ている。

少子化対策として求められているのは、「賃金の上昇(33.4%)」に続いて、「教育費の無料化・支援の拡大(30%)」だ。特に、既婚で子どもがいる女性の数字は平均よりも高くなっている。また、「子育てにおいて大変だと思うこと」を聞いた結果では、経済的負担の増加(42.1%)が1位となっている。

政府は少子化対策を「ラストチャンス」と訴える
政府は少子化対策を「ラストチャンス」と訴える

こうした現状にも関わらず、なぜ教育費の予算が拡充されないのかは疑問だ。政府が異次元の少子化対策が「ラストチャンス」というならば、今こそ教育にもこれまでにないレベルで、重点的に予算をかけるべきではないのだろうか。試験で合否が決まり競争の結果が生まれることは否定しないが、生まれた家庭が裕福か、そうではないかで、少なくとも能力がある学生が望んだ教育機会に差が生まれている現状は是正すべきではないだろうか。

女性の賃金上昇とともに、教育費の負担権限に強い期待も集まる
女性の賃金上昇とともに、教育費の負担権限に強い期待も集まる

教育関係者が日本大使館に集結

6月1日には日本大使館が主催して、日米の教育関係者約200人が集まり、米側からも国務省幹部が出席するなど今後の日米交流の促進についての強い決意が示されていた。

日本大使館に日米の教育関係者が集まった(撮影:The Study Abroad Foundation)
日本大使館に日米の教育関係者が集まった(撮影:The Study Abroad Foundation)

パンデミック後にこのような会が開催されるのは初めてでもあり、出席者からは、途絶えていた日米の学生交流の機会の復活と、さらなる増加に向けた熱い思いが語られていた。

出席者からは日米交流の促進に強い決意も示された(撮影:The Study Abroad Foundation)
出席者からは日米交流の促進に強い決意も示された(撮影:The Study Abroad Foundation)

出席者の一人で、異文化間教育や、高等教育における国際教育を専門としている東北大学の末松和子教授・総長特別補佐に話を聞いた。

東北大学の末松和子教授・総長特別補佐
東北大学の末松和子教授・総長特別補佐

――新型コロナでも断絶されていた日米の学生交流の今後の展開は?

やはりコロナで大変なことはありましたが、コロナ禍で培われたオンラインでの交流などデジタル教育を用いることで、これまでの教育に付加価値をつけた教育が行えるようになり、今までにないような新たな教育の展開が待っているのではないかと非常に楽しみにしています。

――アメリカ側の先生から日本に期待されていることは?

私たちの大学で言えば、理系分野で何らかの貢献がしたいと考えています。すでに私たちの方でアメリカの主要大学と様々なプロジェクトを立ち上げ始めていますし、今まで出来そうでできなかった分野で、お互いの強みを活かしながら発展して行けたらと思います。

――日本の学生に対してのメッセージは?

やはり留学はお金もかかりますし、踏み出す一歩の勇気も必要だと思います。最初はオンラインからでもいいですが、やはり現地に足を運び、実際に人々と交流をして、それぞれの文化がどういうものなのかということを体感して、自分のキャリアや将来の学習、研究に活かしてもらえたらと思います。
 

末松教授からは今後に向けた強い熱意ととともに、新型コロナの期間に培われたことを活かした、新たな教育の形についての期待も示された。

一方で出席者からは、学生に重くのしかかる留学費用に心配の声もあがっていた。協定大学同士の留学では、学費の負担がないケースもあるが、問題は滞在費だ。歴史的なインフレとなっているアメリカでの生活に、多くの日本人学生は困窮し、また希望する学生も二の足を踏んでいるという。

日米教育関係者の会合では日本酒なども振る舞われた
日米教育関係者の会合では日本酒なども振る舞われた

「学費と生活費の高騰は深刻な問題」

在米日本大使館で日米学生交流の促進を推進している、金城太一参事官にも話を聞いた。

日米交流促進を担当する在米日本大使館の金城太一参事官
日米交流促進を担当する在米日本大使館の金城太一参事官

――国内でも同様ですが、アメリカでの滞在費、学費が高騰している状況をどうみている?

アメリカにおける学費や生活費の高騰は深刻な問題であり、日本人の若者にとってアメリカへの留学に躊躇する最大の要因の一つといえます。一般的な家庭からアメリカに留学した経験のある若者に聞くと、事前に情報を集め、4年制大学と比較して学費が安く設定されている地方のコミュニティカレッジで2年間学び、その後4年制大学に編入し、奨学金を活用しながら全体の費用負担を抑えたと語ってくれました。

――日本人学生のアメリカへの留学の傾向は?

追加の学費負担がない協定校間での交換留学が主流です。アメリカへの学位取得目的の留学では、例えばインドは大学院留学が全体の5割超(学部は1割超)なのに対し、日本は2割超(学部は5割超)と大学院留学が非常に少ないです。
アメリカでは学部の授業料負担は重い一方、大学院段階、特に博士課程になると各大学からの奨学金が格段に充実します。アメリカで博士課程に通う日本人学生に聞いたところ、授業料が全額免除され毎月、奨学金も支給されるため、日本の博士課程に通う方が負担が重いと言っていました。
全ての大学が潤沢な奨学金を支給しているわけではありませんが、アメリカの総合大学では、学部段階の授業料収入を、大学院での教育・研究に充当する構図となっている、とみることもできます。

学生をどう支援する?政府の取り組みは…

また、日本政府が策定した留学生増加の目標や、そのために、日米の間でどのような支援の枠組みがあるのかも金城氏に聞いた。

高騰するアメリカ学費と生活費に不安の声も挙がる(撮影:The Study Abroad Foundation)
高騰するアメリカ学費と生活費に不安の声も挙がる(撮影:The Study Abroad Foundation)

――4月に政府が留学生増加の数値目標を掲げたが?

これまでは外国人留学生の「受入れ」目標でしたが、今回は日本人の「派遣」に力点を置いており、日本人学生の海外派遣数についての野心的な目標(2033年までに50万人)が打ち出されています。一方で、経済的支援や情報格差などが課題となっているため、協定派遣(授業料の相互免除)増加や、給付型奨学金の拡充、民間寄附による支援など官民をあげて、留学生の経済的負担の軽減に向けて取り組む方向です。
特に注目すべきは、高校から大学院まで連続性をもった人材の派遣が明記されていることです。この歯車がうまく回ると、大学院段階で授業料の免除を受け、奨学金を得て、高度な研究を行う日本人学生も増えるのではと期待しています。
政府は今後、予算確保に取り組むことになると思いますが、大使館としても日米の学生交流、大学間交流が一層、促進されるよう後押ししたいと思います。
 

「少子化対策」や「教育改革」と声高に、政府も訴えて来た一方で、実際に家庭や子どもたちのために、本格的な予算が組まれてきたとは言えない状況もある。

パンデミックからの復活も果たし、日米の教育関係者などからも大きな期待の声も挙がる今だからこそ、より効果的で、学びたい意欲と能力を持った学生や、家庭に対して大胆な支援策を打つことも重要になってくるのではないかと感じる。

(FNNワシントン支局 中西孝介)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。