いま多くのアスリートが、SNS上に競技への思いや普段の生活の様子などさまざまな内容を投稿している。

一方で、2021年に行われた東京オリンピックでは、多くのアスリートがSNSを通じて中傷を受けたと訴えた。

さらにFIFAワールドカップカタール2022でも選手らへのSNSの中傷がエスカレートするなど、アスリートをめぐるSNS上での誹謗中傷や炎上は、もはや社会問題となっている。

普段、アスリートたちはSNSとどう向き合っているのか?またどんなことに気をつける必要があるのか?

オリンピックで4大会連続、代表選手のメンタルトレーナーとして帯同した、全国SNSカウンセリング協議会常務理事の浮世満理子さんと、プロアスリートや全国の子どもたちに走り方を教えるスプリントコーチをしながらアスリートのSNS利用に関して発信を行っている元陸上選手の秋本真吾さんが「アスリートとSNS」について語った。

ファン以外の多くの人に拡散するSNS

――SNSで発信しているアスリートは増えているのでしょうか。

秋本真吾さん:
たくさんのスポーツ選手に関わる機会が多いのですが、本当にみんなやっているという印象です。

元陸上選手・スプリントコーチ 秋本真吾さん
元陸上選手・スプリントコーチ 秋本真吾さん
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――「もっと知ってほしい」というアスリートもいると思いますが、発信することで自分の状況を知らせたいということでしょうか。

秋本さん:
僕もやっていた陸上競技は、どちらかというとプロスポーツじゃない領域で、しかも種目も多くて選手もなかなかの数がいるので…。

その中で自分の色を発信するとなった時や、競技の魅力を発信するという意味では、僕は必要なのかなと思っています。

浮世満理子さん:
アスリートのSNS発信は増えているというのと、昔とはちょっと意味合いが変わってきています。

メンタルトレーナー 浮世満理子さん
メンタルトレーナー 浮世満理子さん

私が初めて日本代表の選手のメンタルトレーニングをした2004年のアテネオリンピックの頃は、まだブログぐらいしかなくて。

見ているのもその選手のファンの方、支援している方々という印象があります。

ところが最近のツイッター、インスタグラムなどはすごく拡散力が強く、自分の支援者やファン以外のたくさんの人の目に付き、一気に拡散されるのが一つ大きな特徴ですね。

SNS利用のメリット・デメリット

――メリットの1つ目は「アスリート自身の励みになる」。

浮世さん:
例えば試合に出られていない時や、ケガやスランプに陥った時、アスリートは本当に精神的にきつい。

「もうここで無理なんじゃないか」「やめてしまおうか」ということを考えている時に、コメントで「頑張ってください」「自分の娘も憧れて同じ競技やっています」という内容を見ると、「あ、そうか…」と。

そういう人のために自分はあともう少し頑張れるんじゃないかと、引退を撤回したり、ケガでも自分の気持ちを崩さず頑張ろうとなった例は本当にたくさんあります。

秋本さん:
僕は現役の時にSNSがそこまで浸透していなくて。ちょうど引退するぐらいの頃、結果がダメで「引退します」とツイートした時に、想像以上の反響があった。

「お疲れ様でした」「本当に励みになりました。次のキャリアも頑張ってください」といった内容がいっぱい来て。「こんなにたくさんの人に届いていたんだ」という“実感値”をもてたのはすごく大きいです。

――メリットの2つ目は「自分の気持ちの整理になる」。

浮世さん:
テキストにいろいろなものを自分で書いていくのは、精神的に自分の状態を整理していくという効果があります。

自分がどうしたいのか、どんな気持ちがあるのかを整理できる。“セラピー効果”があると心理学的に実証されています。

そして「次の試合こそは頑張って上位に入る」「レギュラーに復帰する」と、自分が宣言することによって、成功した将来へのイメージトレーニング的な効果もあるので、実は書くということが、非常に精神的な安定にもつながっています。

――メリットの3つ目は「選手や競技の支援になる」。

浮世さん:
選手は、試合だけでしか私たち一般の人たちに触れる機会がないわけです。

でも試合の一つのシーンやインタビューの一つの言葉にどんな思いがあって、どういう気持ちがそこに込められているのか。

例えば試合に負けたとしても、ものすごく意味のある負け方だってあるわけです。

そういったことをファンの方や、一般の方に届けることによって、選手そのものの生き方、あり方を私たちは感じることができる。

そうすると、スポンサーになろうという人も出てくるかもしれませんし、「この人の話を聞きたい」となれば、引退後は講演で話を聞きたいという方も増えます。

プロセスや生き方そのものをしっかりと伝えられるということが、いい意味ではその選手の人生の支援になり、非常にプラスになるんじゃないかなと思います。

メリットがある一方でデメリットも…

――デメリットの1つ目は「誹謗中傷を受ける可能性」。これはよく聞きますよね。

浮世さん:
家族で外で食事をしている際に、勝手に写真を撮られてさらされて「のんびり食事していた」といった批判を受けることも。

そういったケースだと自分だけじゃなくて、家族もさらされる。そういう時に「もうアスリートを辞めよう」と本気で悩んだという方もいます。

――秋本さんご自身もご経験はありますか。

秋本さん:
あります。現役時より、コーチ業としてメディアに出る機会が増え始めた時に「選手として結果が出てないのに、なんでお前が本を出せたり、メディアに出たりしてるの?」という声を、直接聞いたこともあれば、SNSに飛んできたこともたくさんありました。

結構、悪質な誹謗中傷を一定期間受けた時期もありました。

僕のケースは特殊だったのですが、ツイッターのアイコン名に「お前の指導は価値がない」や「死ね」「殺すぞ」みたいなものをアカウント名にして、毎日大量にフォローされるという…。

毎日それをブロックしていって、結局ブロックした数が360個ぐらい。その時はさすがに(精神的に)きますよね。

ノーダメージではなかったです。やっぱり「きついな…」という思いは多少ありましたね。

60%が「価値観の押しつけ」

提供:国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 山口真一准教授
提供:国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 山口真一准教授

――東京オリンピックの期間中、選手に寄せられた誹謗中傷・批判の内容の60%が「価値観の押しつけ」。例えば「練習不足だ」「何やっているんだ」などのメッセージが送られてきていたということです。

秋本さん:
こういった書き込みをしている方は、書き込む対象の理想像があって、その理想像に自分の価値観が合わないと、攻撃しにいくというのが、あると思うんです。

たまたまオリンピックを見ていて結果がそぐわなかった時に、本当に普通の感覚で送っちゃう。

浮世さん:
「価値観の押しつけ」が怖いのは、良かれと思ってやっている人が多い。特に自分より年下の選手に対しては「俺が教えてやるんだ」とか。

悪気なく「最近の若い選手はもうたるんでいるから、俺がちょっとビシッとSNSへ書き込んでやったよ」と、そういう思いがあって、悪気がない。

いいことをやっていると思っている人も、いっぱいいると思います。

オリンピックの場合、多くの選手が練習不足でダメになるケースは少ないんです。むしろオーバーワーク、「もっとやらなきゃ」と思って本番に調子を崩す。

ただそういう状態を作っているのはもしかしたら、こういった無神経なメッセージが選手を追い込んでいってしまうことがある、ということを知っておく必要があります。

秋本さん:
こういった中傷の声は1~2件が100件くらいに感じたり、10件が1万件くらいに感じたりしちゃうんですよね。

でもトータルで見ると応援している人の方が多かったりする。

中傷の声は多少あるんですけど、アスリート側としてはそこまで深く気にしすぎる必要はないのかなと個人的には思います。

――デメリットの2つ目は「パフォーマンスの低下」。

浮世さん:
アスリートたちは毎日、自分でモチベーションをコントロールしていかなければいけませんが、夜遅くまでデジタルデバイスを触り過ぎてしまっていると、いわゆる脳が一種の興奮状態になって、睡眠の質が悪くなる。

実際に私たちが担当していた選手でも、動体視力の低下や、筋肉の反応がちょっとよくないと。トップアスリートは0.1秒の世界を競いますし、知らず知らずのうちにパフォーマンスが低下してくる状態を何度も見かけました。

――デジタルデトックス(一定期間スマートフォンやパソコンなどのデジタルデバイスとの距離を置き、ストレスを軽減し、現実世界でのコミュニケーションなどに集中する取り組み)期間は特に設けない?

浮世さん:
私は、担当している選手には試合前はなるべくデジタルデトックスをさせています。

動体視力や筋肉の反応の観点から伝えています。

ただみなさんに想像していただきたいんですけど、試合前だから選手は不安になる。大きな試合になればなるほど「大丈夫かな」と。不安になると手持ち無沙汰になったり、どうしていいか分からなくなって、つい(SNSを)見てしまったりします。

――デメリットの3つ目は「炎上のきっかけを作ることも」。これはどういったケースなのでしょうか。

浮世さん:
例えば、ある選手が学生時代の仲間と久しぶりに会った時に、選手は未成年だったけど中には20歳以上の人がいて、お酒を飲んでいるようなシチュエーションがあった。

選手本人は別にお酒を飲んでいないけど投稿を見た人が勝手に「なんだ!未成年のくせにお酒を飲んでいるじゃないか!」「何をやっているんだ!」と、炎上になるようなことはありますよね。

秋本さん:
僕も写真や動画を発信する時は、一通り周囲を見て確認したりするんです。

例えばサッカーや野球も何気なく「今日どこのチームとかクラブにスプリントの指導をしました」と写真を撮って送った中に、「スタメンこの人間だな」と知られてしまう。

相手がそういったことまで見ているんじゃないかと、気にしすぎなぐらい気にしすぎないといけない。今の時代は、誰がどういう視点や角度で見ているか分からないので。

そこはリテラシーを発信する側も高めなきゃいけない。

一呼吸置くっていうのは結構大事だと思います。

浮世さん:
プロはチームが選手たちにSNS対策をしっかり伝えている印象があります。難しいのがやはりアマチュア競技の選手、オリンピックに出る方などです。

例えば個人競技の選手だとチームとして守るきっかけもないので、やはり自分で学んでいかなきゃいけないと思います。

最初に「何について伝えていくのか」、SNSをやる目的についてきちっと決める。例えば「子どもたちに競技の楽しさをわかって欲しい(からSNSをやる)」など。

目的があれば多少間違ったことを言う人たちがいても、あまりぶれないです。自分の承認欲求だけにしちゃうと駄目なんですね。ちゃんと自分の中で一本筋を通せるということが大事だと思います。

――テレビメディアがSNSを取り上げるということについては今後どういうことを願いますか。

浮世さん:
SNSスタート時に、メッセージをテレビなどで紹介してくれることも今、多いと思うんです。

だけど、ちょっとした不用意な、思いもよらないところで炎上してしまうリスクもありますから、一つの面しか切り取っていないということをしっかりと自覚しながら、情報を受け取る側もリテラシーを上げていかなきゃいけないかなと思います。

(「週刊フジテレビ批評」6月24日放送より 聞き手:渡辺和洋アナウンサー、新美有加アナウンサー)