「東京にきて、中学受験の過熱ぶりにびっくりした。正直、日本の教育の現状はこれまで私が予想していたものと全然違っていた

そう語るのは、中国出身の李一諾(Li Yinuo)さん。

中央が李一諾さん(左から3番目、白いシャツの女性)
中央が李一諾さん(左から3番目、白いシャツの女性)
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李さんは、世界トップレベルのコンサルティング会社、「マッキンゼー・アンド・カンパニー」の元グローバルパートナー、世界最大の慈善団体「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」の元中国総代表だ。SNSで教育や女性問題について発信し、フォロワーは230万人以上、世界中の中国人キャリア女性の間で絶大な人気を持つ。同時に、13歳以下3人の母親でもある。

李一諾さんとビル・ゲイツ氏
李一諾さんとビル・ゲイツ氏

豪華な経歴を持ちながら、モットーは「気取らない、飾らない」。そのモットーの通り、早口で飾らない笑顔が印象的だった。

受験塾の多さ、塾の過酷さに驚き

李さんは中国でETUという学校法人を設立、運営している。設立のきっかけは、ゲイツ財団の中国総代表に就任したことに伴い、アメリカから中国に帰国したら子どもたちに通わせたい学校がなかったため、自分で作ってしまったという。

李さんはこの春から、子ども3人を連れて東京大学に訪問留学している。専門は教育政策だ。

李さんにぜひ、日本の教育や女性のキャリア形成について聞きたかった。李さんは都内の受験塾の多さ、塾の過酷さに驚いたという。

「日本は先進国。途上国と違い社会保障がいきわたっている。そして少子化で、すでに入学希望者数が入学定員を下回る状態だ。つまりほとんど誰でも大学に行ける、そしていけなくても衣食住に心配はない。本来なら日本の子どもは伸び伸びと暮らしているかと思ったら、東京での中学受験の過熱ぶりに驚いた

「東京の最新の中学入試の受験率が17.8%と聞いた。まだ2割以下かと思うかもしれないが、これは非常に高い数字だ。どの先進国でも小中の私立の割合は10%以下。フィンランドは2%、米英も大体10%以下。しかもその多くは受験の必要がない、宗教系の学校だ。東京の17.8%はショッキングな数字

「この数字は、公的教育が崩壊していることの表れだ。」

受験勉強は子どもの成長によくない、これは世界中の教育学者、これまでの教育研究でわかりきったことだ。受験勉強は子どもを壊す。日本は資源のない国で、最大の資源が人であることは政府も識者もわかっているはずなのに、受験という巨大マーケットを野放ししている。非常に残念だ」

では、それは東洋の親によくみられることではないか、と聞いたら、「これは“焦る親”の問題ではない。親を責めてはいけない。これはシステムの問題。政府の監督の問題である。もっと公立教育に力をいれるべき」と強く訴えた。

自分に制限をかけずに、やりたいことを見つける

李さんがモデルとなっているバービー人形がある。2023年3月8日の国際女性デーにあわせて、世界の理系分野で活躍する女性7人に贈られた特別なバービー人形である。彼女の他にも、YouTubeの元CEOや女性宇宙飛行士らも選ばれている。

李一諾さんがモデルのバービー人形
李一諾さんがモデルのバービー人形

李さんの学生時代の専門は生物学。中国理系トップクラスの清華大学を卒業し、アメリカの名門大学UCLAで生物博士号を取得している。理系出身でありながら、彼女は専門とは関係ない世界トップレベルの企業・組織のリーダーに上り詰めた。

マッキンゼー時代の李さん
マッキンゼー時代の李さん

「出身の専門分野は関係ない。私は生物学が専門だったから実験室で一生すごした方がいいということはない。私は今までの経験の中で社会貢献活動に自分が興味を持っていると気づき、ゲイツさんの要請を受けてゲイツ財団に入った。そして子育てして教育をやりたいと思ったから学校を設立した。自分に制限をかけずに、本当にやりたいことをみつけてやればよい」

女性リーダーになるには

政府は女性活躍を推進しようと、2030年までに大企業の女性役員比率を30%に引きあげる方針を掲げている。

女性リーダーを増やすには、どうすればいいのか、アドバイスを聞いた。

「まずは家事育児の分担。山登りをしていて、女性だけが重い荷物を背負って登っているようなもの。これまでの社会では、この家事育児という”荷物”が見えない、わざと見ないようにしているようにすら思う。まずこの”荷物”があることを認め、そしてみんなで分けるべき

女性は自分の本心に正直になること。“野心”を隠さないこと。自分は本当に何をやりたいのか、常に自分を見つめ、そして見つかったら隠さず、支持者を求めるのだ。評価を求めるのではなく、サポートを求めるのだ。特にアジアの女性は評価を求めがち。自分の案はどうですか、と聞くのではなく、この案をサポートしてください、と支持を求めるのだ。そのマインドチェンジが必要」と語ってくれた。

世界経済フォーラムが6月に発表した最新の「男女格差指数」では日本が過去最低の146カ国中125位だった。常にトップレベルの北欧に比べ、アジアは低い順位が目立つ。同じアジア出身の女性で、子育てしながらも企業や組織のリーダーを務め、多方面で活躍をする李さん、彼女に日本女性へのメッセージを聞いた。

「もっと行動して訴えよう。行動しても最悪の結果が変わらないなら、行動した方がいいでしょう」

李一諾(Li Yinuo)さん:
1977年生まれ、中国清華大学卒、米UCLA生物学博士、「マッキンゼー・アンド・カンパニー」の元グローバルパートナー、「ビル&メリンダ・ゲイツ財団」の元中国総代表、「ETU教育」共同創立者。3児の母親。

崔 雋
崔 雋

フジテレビ 報道局国際取材部所属 中国杭州市出身。一橋大学卒業後、フジテレビで新卒採用された最初の外国人留学生に。報道局経済部記者(民間企業・農水・財務・経産…)を経て、国際局やCSR推進室など報道局外の部署も経験。東日本大震災発生時、経産省と原子力安全保安院担当であれだけ福島の原稿を書いた自分が最初に現地に行ったのは被災地支援のCSR活動だった。