島根・松江市に、昔懐かしい「大判焼き」の店がオープンした。店を営む高齢の夫婦が体力の限界を理由に2021年から営業をやめていたが、市民に長年愛されてきた「大判焼き」が約2年ぶりに復活、待ちわびた常連客らが店に詰めかけた。店を再開したのは夫婦の娘。看板を受け継ぎ、素朴な味わいを復活させた背景には、親子の強い絆があった。
オープン初日から大人気
5月31日、松江市にオープンした「きむら新月堂」。焼き上がるあつあつの大判焼きを次々とお客さんが買い求めていく。
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はみ出すほどのあんこ、ふわふわのクリーム。2種類の大判焼きは、初日から大人気だ。
来店客:
2年前、閉店すると聞いてとても残念だったが、今回開店すると聞いて本当にうれしい
来店客:
小さいころからなじみがある。またひとつ楽しみができた
この店は一度閉店したが、今の店主・木村まりさんの強い思いで再びオープンした。
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きむら新月堂店主・木村まりさん:
思いを引き継いで。感謝しかないので、それを商品に、あんこと一緒に詰めていきたい
1年以上かけて両親を説得
今から約2年前、2021年のこと。
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きむら新月堂・木村勝彦さん(当時79):
もう年だわね。もう限界だが
妻・啓子さん(当時75):
やっぱり年を取るとできない。やっぱり大変
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まりさんの両親・勝彦さんと啓子さんは「大判焼き」の店「きむら新月堂」を営んでいたが、体力の限界を理由に76年の歴史に幕を下ろした。
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当時店では、オリジナルのつぶあんや生地などの仕込みは、勝彦さんの役割。そして、焼くのは啓子さん。夫婦2人3脚で、50年以上にわたって、大判焼きを作り続けた。長年松江市民に親しまれていた逸品の「大判焼き」。閉店を聞いた常連客が殺到し、名残を惜しんだ。
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あれから約2年がたち、一度途切れた伝統の味を復活させたのが、娘のまりさんだ。
きむら新月堂店主・木村まりさん:
本格的に店を継ごうと思ったのは、閉店が決まる5年くらい前。自分の心の中では、中学、高校の時には、何とかしてあげたいなって思っていました
仕事場で、小さいころから両親の背中を見てきたまりさん。両親が閉店を決めたとき「店を継ぎたい」と思いを告げたが、父・勝彦さんからは猛反対を受けたという。
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父・勝彦さん:
やっぱり商売は難しい。当たればいいけど、当たらんかったら地獄だからね。こういう小さい店は休みがないでしょ。365日、仕事
当時、まりさんは、松江市内の保険会社で正社員として勤務していた。収入が不安定なうえに働く環境も過酷な「個人商店」。安定した収入を投げうってまで、娘に継がせたくない。そんな親心からだった。だが、まりさんもあきらめなかった。
父・勝彦さん:
一生懸命で「やりたい」と言うからね。1からやるなら、資金面も自分で1からできるなら、ということで許した。そうしたら、商工会議所、銀行、1人で駆け回った
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1年以上かけて両親を説得。保険会社を辞め、国と市の補助金や銀行からの借り入れで数百万円の資金を調達した。鉄板などの機材は閉店のときに処分してしまっていたため新たにそろえたが、1つだけ、父の店から引き継いだものがあった。
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父・勝彦さん:
自分が捨てたものだけんね。そうしたら、それが息吹かしたなあと思って
店の看板だ。以前営業していた店に掲げられていた看板を勝彦さんは処分したつもりだったが、実は…。
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きむら新月堂店主・木村まりさん:
絶対いつか使える、使おうと思っていた。店を継ぐことを決めていたので、勝手に裏口に置いておいた
まりさんが、こっそり保管していた。
父・勝彦さん:
もう何十年、何回も見た看板だけど、良いもんだね。よくぞ残してくれた
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福村翔平記者:
看板もうれしいけど、娘さんの思いもうれしいですね
父・勝彦さん:
そんなものはない。普通だわね
きむら新月堂店主・木村まりさん:
ないんかい!
思いの詰まった看板は、再び店の目印になった。
「感動のドラマ。ここからだわね」
そして、再オープンを5日後に控えたこの日…。
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父・勝彦さん:
これが一番大事な作業なんよ。豆のふくらみ具合を見極める
きむら新月堂店主・木村まりさん:
今まで、小豆のつまみ食いはいっぱいありましたけど
両親からは、技も引き継いだ。勝彦さんからはあんや生地の仕込みについて教わる。
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父・勝彦さん:
こういうのはね、見て覚えるのよ。教えるなんて面倒くさいのはできん
そして、啓子さんからは焼きのテクニックが伝授された。
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母・啓子さん:
焼き方のポイントはない。私は上手に焼くから、ない。教えてると𠮟られるもん
店を継ぐことを反対していた両親も、今では一番の応援団だ。
きむら新月堂店主・木村まりさん:
親孝行ですよね。“老体にむち”でかわいそうだけど。でも、その分、一緒にいられる時間も長くなると思う
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父・勝彦さん:
感動のドラマ。ここからだわね
きむら新月堂店主・木村まりさん:
その分、がんばらんといけん
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次の代へと引き継がれた「きむら新月堂」、オープンの日には、勝彦さん、啓子さんも手伝いに駆けつけた。一度、途切れた伝統の味が親子の絆で復活。まりさんの「大判焼き」も末永く松江市民に愛されるに違いない。
(TSKさんいん中央テレビ)