「核兵器を使用すれば、いかなる政権も終わりを迎えることになる」

4月26日の米韓首脳による共同会見で、バイデン大統領は核兵器を使用した場合には北朝鮮の金正恩体制は崩壊すると警告した。

米韓首脳会談では核を含む抑止力の強化を盛り込んだ「ワシントン宣言」で合意した
米韓首脳会談では核を含む抑止力の強化を盛り込んだ「ワシントン宣言」で合意した
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会談で両首脳は「ワシントン宣言」で合意し、米韓両国での「核協議グループ」の創設、核搭載可能なアメリカの戦略原子力潜水艦の韓国への派遣も決定した。一方、韓国国内の一部で燻る独自の核保有は行わず、拡大抑止の強化が確認された。

強硬な対中政策の一方で、バイデン政権で北朝鮮政策は停滞
強硬な対中政策の一方で、バイデン政権で北朝鮮政策は停滞

この背景にあるのが、バイデン政権の北朝鮮問題への関与の低さだ。バイデン政権は朝鮮半島の非核化を求め、北朝鮮に対して前提条件のない交渉を呼びかけているが、何の進展も現時点ではみられていない。むしろ弾道ミサイルの頻繁な発射や、核開発の進展を止められず、アメリカ国内からも政策は「失敗」と評されている。対中国政策にみられるような明確な圧力とともに模索する、対話路線とは一線も画している。

ワシントンで会見する拉致被害者家族など3団体の訪米団
ワシントンで会見する拉致被害者家族など3団体の訪米団

こうした中で4年ぶりに訪米を果たしたのが拉致議連・家族会・救う会の3団体だ。横田めぐみさん(拉致当時13歳)の弟で拉致被害者家族連絡会(家族会)代表の横田拓也さん(54)は会見で、「家族が存命にうちに拉致被害者全ての一括帰国が実現するなら、日本政府の人道支援には反対しない」という新方針をアメリカ国内の要人に説明し、理解を得たと力強く語っていた。日本が議長国としてまもなくG7サミットを迎える中で、世界とともに拉致問題を解決するために、どのように力を発揮できるのか。また、再選を目指すバイデン大統領の政策に、日本政府がどのような変化を促せるのかも考えさせられる一幕だった。

アメリカ要人は家族会「新方針」に理解

5月4日、ワシントンDCにある旧駐米日本大使公邸で会見を開いたのは、拉致議連・家族会・救う会の3団体の訪米団だ。新型コロナウイルスの拡大により4年ぶりの訪米となった。

訪米団の団長を務めた山谷えり子参議院議員
訪米団の団長を務めた山谷えり子参議院議員

「議会、政府関係者、民間、シンクタンク、非常に深い理解を示して頂き、ともにこの拉致問題の解決のために戦おうということで大きな成果があった」

会見冒頭で、拉致議連の山谷えり子元拉致問題担当相は訪米の成果を強調し、シャーマン国務副長官との面会では、「家族が存命のうちに、被害者の一括帰国が実現すれば、日本政府が北朝鮮へ人道支援を行うことに反対しない」という家族会の新方針について「よく理解できる」とし、「時間的な制約のある人道問題」という考えに理解が示されたとした。

訪米団とシャーマン国務副長官の面会(国務省提供)
訪米団とシャーマン国務副長官の面会(国務省提供)

さらに、シャーマン氏は拉致問題を国連安保理の正式の議題として取り上げることを目指す考えも表明したという。また、山谷氏は面会したサリバン上院議員(共和党)からは「結果を出していくために、闘い続けるんだ」という気持ちが伝えられたほか、クルーズ上院議員(共和党)からは、上院での北朝鮮に関する公聴会開催に向けて「みんなで協力する」と言われたことも明らかにした。

訪米団と共和党のテッド・クルーズ上院議員の面会(在米国日本大使館撮影)
訪米団と共和党のテッド・クルーズ上院議員の面会(在米国日本大使館撮影)

3団体が面会した議員の多くがバイデン政権の北朝鮮政策に批判的な共和党ということもあり、議会側からも、政権側に対して今後、拉致問題に対する新たなアプローチの必要性などを、促していくための一歩ともなった形とも言える。

クルーズ議員は米議会上院での北朝鮮問題の公聴会開催に意欲見せた(在米国日本大使館撮影)
クルーズ議員は米議会上院での北朝鮮問題の公聴会開催に意欲見せた(在米国日本大使館撮影)

横田代表「言葉の力を信じて思いを伝えた」

「家族会代表の三代目ということで、前代表の飯塚繁雄さんから代表職を預かりました。代表になってからは初めての訪米ということで、私に何ができるだろうかということを思って、アメリカで1人1人の方に声を伝えてきたつもりです」

会見で力強く思いを語った家族会の横田拓也代表
会見で力強く思いを語った家族会の横田拓也代表

横田代表はこのように語った上で、新型コロナウイルスの感染拡大で訪米できなかった4年間に、拉致問題が「風化」してしまわないのか、常に不安を感じ、特に前述した家族会の新方針については「日本が人道問題、人権問題を切り取って、抜け駆けと言われないか」と、万が一のことも考えていた心境を明らかにした。要人との面会では「言葉の力を通じて、言葉の熱量を持って、1人1人お会いする方に、私たちの心の苦しみ、思いを伝えることによって、アメリカの皆さまにもご理解を頂いて支援を頂きたいということをお伝えしてきた」とも強調した。その上で、全ての面会者から「何ができるか」ということを温かい言葉と雰囲気で伝えられことも明かし「あなた方と一緒にいる。一緒に闘う」という言葉を投げかけられたことも語り、自身の懸念が払拭され、引き続き日米連携のもとで拉致問題の解決に向けて取り組む考えも示した。

「親世代の私たちの家族に感謝するとともに、その思いを受け次いで、引き継いで、この解決が図れるように、私たちは国際社会に対して声を挙げて、国内活動においても特に若者世代に向けて、この問題が風化しないように活動していきたい」

横田代表は、先人達が積み重ねてきた努力によって、アメリカ国内を含め世界でも拉致問題が広く知られるようになったこと、支援を受けられることに感謝を示した。また、今後の展望としては、政権交代によって関係改善が進む韓国との協力を深める必要性も指摘し、日米に韓国も加えた、日米韓3カ国での枠組みでの絆の強化も訴えた。

家族会の飯塚耕一郎事務局長も会見で、支援に対する感謝と政府の解決に向けた取り組みを訴えた
家族会の飯塚耕一郎事務局長も会見で、支援に対する感謝と政府の解決に向けた取り組みを訴えた

Jアラート直後にバイデン大統領は“笑顔の投稿”

一方で、バイデン政権の北朝鮮政策は「戦略的無視」とも揶揄され、停滞を招いている現状だ。こうした状況にはアメリカメディアや有識者からは批判の声も挙がる。

アメリカのニューズウィーク紙は「なぜバイデンは北朝鮮で間違うのか」と題した記事を掲載。専門家から「バイデン政権は北朝鮮問題を解決しようとするのではなく、管理することを諦めているように見える」との声が挙がっていることを指摘した。

北朝鮮の軍事力の増強は続くも、バイデン政権は打開策を見い出せていない
北朝鮮の軍事力の増強は続くも、バイデン政権は打開策を見い出せていない

また「米国平和研究所」の北東アジア専門家フランク・オウム氏などは寄稿文で、米韓首脳会談によって決定された「ワシントン宣言」が「表向きは安全保障上の成果が得られたが、北朝鮮の課題に対する永続的な解決策にはならない可能性が高い」として、同盟の抑止力の強化は北朝鮮の挑発的な行動など抑止するものではないとしている。さらに、今後の核実験や軍事衛星の打ち上げ、中国との連携などを深める可能性に言及し、最大の抑止として「北朝鮮との外交をいかに改善するかに注意を払うべきである」と提言もしている。外交的な交渉を果たせないまま、朝鮮半島での軍事力強化だけに注視することへの危険性を訴えた形だ。

以前、アメリカ政府関係者に対して、北朝鮮政策の停滞を指摘したところ、「今はウクライナ侵攻や対中国政策にほとんどの人的、物的資源を投入しているから…」と釈明していた事を思い出す。この発言自体、バイデン政権が北朝鮮問題に現状、何もできていない証左とも言える。

弾道ミサイル発射直後の投稿(バイデン大統領のツイッターより)
弾道ミサイル発射直後の投稿(バイデン大統領のツイッターより)

さらに2022年10月に北朝鮮が日本の領土に着弾の可能性がある弾道ミサイルを発射した際には、バイデン大統領は特段の反応も示さず、直後に笑顔でアメリカ車に乗車する様子をツイッターに投稿するなど、危機管理意識の低さも鮮明となってしまっている。

日本政府としてもアメリカの要望にも応えて「拡大抑止」など安全保障上の強化を進める一方で、北朝鮮政策などではきちんとした対応と、連携を強くアメリカ側に求めていくことも必要となるだろう。

日本政府がアメリカ側に毅然とした対応と連携をどう求めていくかも注視される
日本政府がアメリカ側に毅然とした対応と連携をどう求めていくかも注視される

岸田政権は北朝鮮、拉致問題をどう訴えるのか

横田代表は会見で、人権問題になどに対するアメリカの関心が非常に高い点に触れ、面会した人達に対して、次のように伝えたことも明かしてくれた。

「ロシアによるウクライナへの一方的な力による現状変更が許せないとともに、北朝鮮が私たちに実行している一方的な力による現状変更は同じように許せないんだ。それは世界が一丸となって解決する必要があるんだと。そうしたことを全員が価値観を共通化して、人権問題を解決するような理解を束ねていってもらいたい」

訪米団と面会したサリバン上院議員は「結果を出すため闘い続ける」と連帯を表明(在米国日本大使館撮影)
訪米団と面会したサリバン上院議員は「結果を出すため闘い続ける」と連帯を表明(在米国日本大使館撮影)

まもなく日本ではG7広島サミットも開催される。ウクライナ、対中国、岸田首相が力を入れる「核なき世界」の実現に向けた取り組みも大きなテーマと想定されるが、人権問題を含む拉致問題をどのような形で岸田政権が提起していくのか。家族会などが面会した議員からはG7での議題の1つとして取り上げるよう強い期待も示されたという。

「時間的制約」が迫る中で岸田首相はG7で拉致問題でどのような訴えをするのか
「時間的制約」が迫る中で岸田首相はG7で拉致問題でどのような訴えをするのか

全体会合だけでなく、個別の首脳との会談、日米首脳会談や日米韓首脳会談などで、北朝鮮問題と拉致問題の解決に向けたどのような一手を日本政府は打つことができるのか。家族会などが訴えた「時間的制約」が迫る中で、政治の本気度も非常に重要になる場面となる。

(FNNワシントン支局 中西孝介)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。