ウクライナ東部では激戦が続く。ウクライナ軍は西側諸国から供与された主力戦車をまもなく投入するとみられる。ロシアは外交政策指針を7年ぶりに改定。BSフジLIVE「プライムニュース」では森本敏元防衛相と小泉悠氏を迎え、「ロシアの変化」を徹底検証した。

爆破テロ、政権批判記事…ロシア国内は不安定化せずも国民の不満は蓄積

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新美有加キャスター:
ロシア第2の都市サンクトペテルブルクで爆発テロ事件が起き、56万人のフォロワーを持つ軍事侵攻支持の軍事ブロガーが死亡した。翌日、ロシア当局は実行犯と見られる容疑者を拘束。ロシアのペスコフ大統領報道官はウクライナが関わった可能性に言及し、ウクライナのポドリャク大統領顧問が否定する中、反プーチン政権派の組織「国民共和軍」が犯行声明を出した。外国の支援はないと主張。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ロシア国内で大きく報じられてはいるが、国内世論の不安定化は感じない。ロシア国民の大多数は、政権の言うとおりウクライナの特殊機関がやったと思っている。だが不明点が多く、私もあまり見立てが持てない。

反町理キャスター:
ロシア国内で厭戦ムードが広がっているという見方もあれば、反ウクライナの感情を煽るために当局側が仕込んだ可能性を言う人も。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
全ての可能性が排除できない。犯行声明を出した国民共和軍が誰かもわからない。またこの軍事ブロガーは私たちが想像する軍事ブロガーとは違い、どちらかというと右翼活動家に近い。ロシア軍がふがいないとも言っており、右からの突き上げを制するために情報機関がやった可能性を唱える人も。本当にウクライナの特殊機関がやった可能性もある。戦争が終わるまでわからないのでは。

新美有加キャスター:
ロシアの国営通信・RIAノーボスチの記事では、戦闘で受けた外傷や後遺症に苦しむ兵士の事例を紹介し、兵士が補償を受けられていないことを報道。国営通信の政府批判は珍しいのでは。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
RIAノーボスチ通信は、最近は完全に政府広報のようなメディアだった。だが、今回は本当に辛辣に書いてある。記事を書いた記者の他の署名記事はプロパガンダっぽく、この記事だけが政府に辛辣。本当に同じ人物が書いているのか、意図は何なのか、読み難い。

森本敏 元防衛相:
報道はかなり厳しく統制していると思うが、コントロールが効かなくなっているのが実態と思う。兵員として海外に出され、亡くなった遺体が戻ってきて、嘆き悲しむ母の会がある。その影響も大きいのでは。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
国民の不満は間違いなく、プーチンが2024年にまた大統領選に出るのなら無視できない。ガス抜き的に報じさせる部分はあるかも。戦争が始まった頃、国営テレビの記者がプラカードを掲げて番組に乱入することがあった。反旗を翻す者は現れるが社会全体に広がらない。それをこの1年1カ月見てきた。

ロシアの新外交方針は「アメリカは敵」「ヨーロッパとは対話」

新美有加キャスター:
ロシアは外交の政策指針を7年ぶりに改定。主な内容は、ロシアを脅威と考えたアメリカがハイブリッド戦争を仕掛け、それはロシアの選択ではなかったこと。ロシアは西側諸国の敵ではなく、対話と協力の用意があること。中国・インド両国との協調は、戦略目標を達成するために特に重要であることなど。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
この文書では初めて、ロシアは一つの文明なのだと言い出した。アジアとヨーロッパの間でロシアは特別な存在だという「ユーラシア主義」の考えが昔からあったが、それを全面的に打ち出した。世界をイスラム世界やアングロサクソン世界などと分けており、イデオロギー色が非常に強い。強硬姿勢と見えるが、その実すごく不安を抱えている印象も。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師

森本敏 元防衛相:
ロシアの外交姿勢は、とにかくアメリカだけが一方的にロシアに脅威を与えており、それに対応しているのだというもの。ロシアは欧州の秩序の中で生きていくので、ヨーロッパの国はロシアの敵ではない、対話と協力の用意があると呼びかけている。

反町理キャスター:
一方でフィンランドがNATO(北大西洋条約機構)に正式加盟。ロシアのペスコフ大統領報道官は「新たな脅威。安全保障のため全てのことをする」。矛盾していないか。

森本敏 元防衛相:
1300キロ国境を接しているフィンランドがNATOに入り、もしアメリカが国境まで近づくなら軍事的に対抗するぞと。結局、アメリカを念頭に置いている。ロシアにはそんな余力はないが、口先だけでも言わざるを得ない。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
矛盾しないと思う。従来、フィンランド国境にいた2個旅団もウクライナに行っており、現状1300キロが空っぽ。再武装化は非常に大変。どこかで西側と和解したい。ロシアはアメリカとヨーロッパを別に考えている。アメリカがロシアの敵で、ヨーロッパは従わされているという思想が非常に強い。

反町理キャスター:
ゼレンスキー大統領は中国の習近平国家主席と会う準備があるとして、ウクライナ訪問を求めている。また米バイデン大統領と仏マクロン大統領の会談で、中国に和平への関与を図る共通の意思を確認している。中国を軸に動きが起きているのか。

森本敏 元防衛相:
このアプローチは間違っていると思う。先日の中露の首脳会談が行われる前、中国の外務報道官が「和平交渉を実現させる目的」と言ったが何もできなかった。だが世界に、やはりロシアと話せるのは中国だと思わせている。結局中国は、何も努力をせず仲介役という重要な立場になりステータスを上げている。ロシアに利のある活動をして、結果ロシアはまったく妥協せず、中国が得点を稼いだだけという結果になるのでは。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ロシアは中国の言うことを聞かないだろうが、ゼレンスキーが習近平と会って騙され、ロシア有利の停戦を飲まされるようなフェーズでもない。中国は仲介者みたいな顔をしているが、実質的にやる気がないなら大きな存在感を持つこともない。ただ、バラバラに中国に期待をかけると結果的に利用されてしまう。みんなで話をある程度まとめて、中国に対して持っていくほうがいい。

反町理キャスター:
だが、例えば広島サミットで、G7が政治宣言として中国に対し積極関与を促すことはないのでは。

森本敏 元防衛相
森本敏 元防衛相

森本敏 元防衛相:
ないが、お互いに協議しながら一致した行動をとろうということは、内々の議論の中で議長国として日本が言うべき。どちらかといえばフランス、ドイツ、イタリアは融和的、アメリカ、イギリス、カナダは強硬。これを中間で調停するのは日本の役割。サミットは良いタイミング。

反町理キャスター:
マクロン大統領が中国に行き習主席に会うなら、G7の共通認識を整えて、アメリカだけでなく全員のメッセージを持って行けと。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
日本というアジア唯一のG7国が議長国。積極的に対中巻き込み戦略の話をしてよい。中国はやる気がないのだから変に接触するなという話をしてもよい。

ロシアの攻勢は失敗の公算大だが、ウクライナの反攻準備も不足

新美有加キャスター:
プーチン大統領は3月末までのドンバス地方の完全制圧を指示したが、まだ激戦が続いている。バフムトが落ちると言われながら耐えているように見える。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
相当耐えている。いずれウクライナ軍がいくつかの都市を放棄しなければならなくなる可能性はある。だがロシア軍は、2022年9月に30万人を動員し1月末から大規模な攻勢を始めたのに、進めたのはわずか。ロシア軍の攻勢は失敗したと結論付けざるを得なくなる確率が高い。まだ完全には判断できないが。

反町理キャスター:
アメリカのカービー戦略広報調整官が、ロシアが北朝鮮の兵器と交換に食糧の提供を行っている旨を発言。かなり兵站に支障が出ており、北朝鮮にまで手を伸ばしているか。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
この話が出たのは2022年9月で、その頃からロシアは外国から弾を買わざるを得ない状況。だがそれ以降もロシアは月に30万発を撃っている。ウクライナ軍は11万発。どちらも苦しいが、苦しさを比べればロシアの方が強い状況が続いている。

森本敏 元防衛相:
経済的にまったく閉鎖された北朝鮮にとっては、見返りの食料が重要。北朝鮮の食糧事情はどんどん悪くなっていき、この状況は続くのでは。

新美有加キャスター:
一方、この春からウクライナにはドイツ製の主力戦車レオパルト2が続々と到着。ドイツは18両を引き渡し済みで、今後ポーランド、カナダ、スペインなどから約70両が供与の見通し。反転攻勢は。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ウクライナは、反撃する戦力を守りながらロシア軍を押しとどめており、苦しい。反撃の準備はまだ不十分だと思う。レズニコフ国防相が4〜5月に反転攻勢と言うが、奇襲効果を狙うためには普通言わない。諸条件を見て決めるだろう。この通りにはならないと思う。

森本敏 元防衛相:
ロシアは5月9日の対独戦勝記念日に一応の勝利と言える状態をつくることを目標にしていると思う。ウクライナに今ある戦車では、ロシア軍の本格的な攻勢に対応できない。まず守勢に出て、一挙に反転攻勢に出るのがおそらく5月の初めごろ。失敗したら、秋にアメリカの戦車M1エイブラムスが来るまで待つほかない状態だと思う。

(BSフジLIVE「プライムニュース」4月5日放送)