キャッシュレス加速に向け相次ぐ参入の動き

「給与デジタル払い」のしくみが4月1日からスタートした。

この給与デジタル払いは、企業が「〇〇ペイ」といったスマホアプリのアカウントに直接給料を振り込んで、従業員がそのままキャッシュレスで買い物をしたり送金したり出来るようにしようというものだ。 

そもそも、給料は現金で直接支払うことが法律で決まっている。日々の暮らしを支える賃金は、確実に手元に渡るようにしなければいけないという考え方が法律上、今も続いているのだ。このため、多くの人が選択している銀行口座への振り込みというやり方も、実は例外扱いで、労働者が同意した場合に限り、認められている方法だ。

今回のしくみは、受け取り方にさらに、例外を足して、「〇〇ペイ」などのデジタルマネーでも給料をもらえるようにしようというものだ。

決済アプリの事業者がこの給与のデジタル払いに参入するには、 厚生労働省の認可が必要で、4月1日以降、申請ができるようになる。

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審査結果が出るまでには数か月かかるので本格始動は夏以降になるが、これまでのところ、 PayPay、auPAY、楽天ペイで既に申請が行われているほか、申請に前向きな意向を示している業者が相次いでいる。

このしくみを導入することになった大きな背景に、キャッシュレス決済の推進がある。

政府は、キャッシュレスでの決済比率を2025年までに40%に高める目標を掲げ、将来的には80%を目指しているが、2021年段階では32.5%にとどまっている。8割を超えている中国・韓国をはじめ、アメリカやイギリスに水をあけられていて、政府は、今回の導入をきっかけに、キャッシュレス決済の広がりに弾みをつけたい考えだ。

アカウントの残高上限は100万円までに

この給与のデジタル払いには、 働く人を保護するために、いくつかの決まりが設けられている。

まず、その人の同意が前提になる。希望しない人はこれまでどおり銀行口座での受け取りを続けられるほか、給料の一部を「〇〇ペイ」で、残りを銀行でという受け取り方も選択できる。

また、現金が必要になった時は、銀行口座に移したり ATMで引き出したりすることで、いつでも1円単位で現金に換えられるようにし、少なくとも月1回は、手数料負担なしで現金化できるようにする。

気になるのは、給料を受け取っているアプリの事業者が経営破綻した時にどうなるかだ。利用者に過失がない場合、原則、最終的には全額補償されるしくみになっているが、6日以内に払い戻される額は最大100万円に設定される。 

このため、給料を受け取るアカウントにお金を入れられる上限は100万円までにされ、残高が積み上がり過ぎないようにする。この上限額は、それぞれの業者が決められる。

実際に、どの程度の企業が給与のデジタル払いに乗り出そうとしているのだろうか。

比較サービス・情報提供を手がけるエイチームライフデザインが、情報メディア「イーデス」で2月に実施した調査で、4000社を対象に給与デジタル払いを検討しているかを聞いたところ、「はい」と答えたのは14.9%で、検討している企業では、46.3%が実施する方向で考えているという結果になった。

すでに経費精算で「デジタル払い」の企業も

今回、導入する方向だという会社の一つを訪ねた。

都内に本社のある総合エネルギー企業「日本瓦斯」(通称「ニチガス」)だ。こちらでは、すでに、デジタル払いが社員の経費精算などに活用されている。

レシートをスマホで撮影して申請すると、立て替えた交通費などがアプリを通じて支払われ、社員は普段の買い物などに利用している。

社員からは「立て替え費用が頻繁に振り込まれるようになり助かっている」という声も
社員からは「立て替え費用が頻繁に振り込まれるようになり助かっている」という声も

社員からは「立て替えた費用の振り込みが以前より頻繁にされるようになり、額が大きい場合など助かっている」「そのまま買い物や送金に使え便利さを感じている」との声が上がっていた。

担当の尾作恵一常務執行役員は、「デジタル化を進めてきたことで、効率化を実感できている背景があり、給与のデジタル払いについても前向きに考えている」と話し、「社員の福利厚生の向上のきっかけになる」と捉えていた。

給料の受け取り方がより柔軟に?

デジタル払いの進展で、給料の支払われ方は変わっていくのだろうか。

最近、副業やフリーランスなどの働き方が広がる中、若い人を中心に働いた分の給料を自由に受け取りたいというニーズが高まっている。

 一方、企業にとっては、給与のデジタル払いの普及で、給料を振り込む際の手数料が安くなることが期待されている。

企業がコスト負担を減らせるようになれば、 給料を月1回に決めて払うだけでなく、週払いや即時払いなど支払い方が、より柔軟に出来るようになり、 選択肢がさらに広がっていく可能性がある。

「3割は銀行、7割は〇〇ペイで」

3日は全国各地で入社式が行われたが、

新入社員がどう考えているのか、大手商社の一つで聞いてみた。

一人は「直接『○○ペイ』に入れてもらった方が、一手間省けて、すごく便利になるというふうに思っている」と話していたほか、別の一人も、「ほかの人に送金できたり、携帯ですぐに払えるようになるので、銀行振り込みを7割、ペイ払いを3割くらいにして利用したい」と期待感を示していた。

一方、街で聞いてみると、期待する声の傍ら、「ポイントがつくなどメリットがあれば検討するが、まだ様子を見たい」(20代会社員)、「通信状況が悪くなったときに使えなくなったりすると心配だ」(60代会社員)との感想もあった。

デジタルマネーでの給与支払いを通じて企業も従業員も利便性が向上したと感じられる環境づくりをどこまで進められるかが、キャッシュレス化進展のカギを握ることになりそうだ。

【執筆:フジテレビ解説副委員長 サーティファイド ファイナンシャル プランナー(CFP)智田裕一】

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員