2022年8月、日本は国連から「障がいのある子どもにインクルーシブ教育の権利を」と勧告された。いま日本の教育現場では何が課題になっているのか?昨年4月に「障害のない社会をつくる」をビジョンに掲げる株式会社LITALICO(リタリコ)に副社長として入社し、今年4月には社長就任予定の、元リクルート「スタディサプリ」の生みの親、山口文洋さんに話を聞いた。

特別支援教育に自分の理想の教育があった
――教育業界を驚かせたスタディサプリから福祉業界への転身。まずはその理由を教えてください。
山口氏:
リクルートでは、学校で基礎知識はICTを用いて学習し、先生にはコーチやメンターとしての役割を高めていっていただけたら、という思いからスタディサプリを開発しました。しかし先生たちを取り巻く環境にはまだまだ課題があり、大きな変革までは至っていないのが実情です。
そこで子供たちが「自分を知る」「混ざり合う」といった個別最適学習とダイバシティ&インクルージョン教育の環境実現のムーブメントを別の角度から作っていくほうに自分のパワーを使えないかと思ったのです。そんなときにLITALICOの長谷川社長と出会って障がい者福祉や特別支援教育を知る中で、そこに自分の理想の教育環境により向かっている流れを感じました。
――特別支援教育が山口さんにとって理想的な教育だと。
山口氏:
はい。通常学級に通う子どもに対してはまだ一斉授業がされている一方で、特別支援学級では、「1人ひとりの個性や特性は違う」という大前提のもと、それぞれの子どもに個別支援計画があります。そして子どもの特性や個性を保護者も先生も理解した上で、その子にとってどういった人生の歩み方がいいのだろうかと皆で考え支援に取り組んでいます。
通常学級が特別支援教育に学ぶべきことは
――障がいのあるなし関係なく、1人ひとりの個性や特性に合った教育をするべきだということですね。
山口氏:
それこそが本来教育の理想だと思っています。一般教育の分野でも、子ども1人ひとりのポートフォリオ(=カルテ)を作る動きはありました。しかしこの数年の大学入試制度改革で頓挫してしまった。
そこですでに先行して個別最適な教育に取り組んできた歴史のある特別支援教育に学び、通常学級にもその個別最適な教育環境を導入できたらよいのではないかと考えました。
障がいのあるなしにかかわらず、すべての子どもにその仕組みを広げていきたいと、新しい取り組みを始めたところです。
――LITALICOでは特別支援クラス向けの教育ソフトウェアを既に作っていますね。
山口氏:
「LITALICO教育ソフト」という特別支援クラス向けのICTソフトウェアを提供しておりまして、一人ひとりの子どもに対して特性をアセスメントしたり、どのような教材やカリキュラムで個別支援していくかといった、学校が子どもの個別支援計画の立案とその計画をPDCAサイクルで回していく仕組みを提供しております。
いまスタートして約2年ですが、約100自治体、約500校でご利用頂いていて、実際に使っている先生方からも「この仕組みを使って効率化した、質が高まった」という声を頂いています。

インクルーシブな教育を実現する学校を作る
――昨年の国連からの勧告についてどう思いましたか?
山口氏:
日本の教育にはよい面もたくさんあり、多くの熱心な先生方がよりよい教育を実現するために取り組んでくださっています。国連からの勧告を含めた外部からの指摘も踏まえながら、教育現場の実態も踏まえて、インクルーシブな教育を実現するための環境整備や意識づくりを丁寧に進めていくことが必要だと思います。
――山口さん個人として次の展開を教えてください。
山口氏:
インクルーシブ教育の理想は、「すべての人は違う」という前提のもと、学校は今後、個別最適な個人学習が半分、子どもたちが集まって行う探求学習やインクルーシブな場が残り半分になると思います。そこに向かって場の設計をするプロセスが大事なのですが、現状の学校のあり方を大きく変えていくことは簡単ではありません。ですので、モデルとなるようなインクルーシブをコンセプトに置いた学校をゆくゆくは作れたらなあと思っています。
――ありがとうございました。
【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】