2018年、広島県内にも大きな被害をもたらした「西日本豪雨」から5年。土石流に立ちはだかり、土砂災害から私たちを守る「砂防ダム」の建設が進んでいる。広島でダムを作り続ける人々を矢野寛樹記者が取材した。

土石流の“最前線”に立つダム

安芸郡坂町小屋浦の山の中。川の上流へ向かって奥へ入っていくと、目の前に突然、白くて大きな建造物が現れた。

鴻治組・久保寛幸さん:
だんだん近づいていくと大きいですね。圧迫感がありますね

矢野記者:
圧迫感というより、安心感がありますよ

砂防ダムを間近で見る矢野記者(右)と久保さん(左)
砂防ダムを間近で見る矢野記者(右)と久保さん(左)
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その建造物の正体は…「砂防堰堤」。命を守るダムだ。
久保さんは今、2基のダムを同時に作っている。

鴻治組・久保寛幸さん:
左が大判川、右手の方が総頭川。同じような場所にあるダムですが、川が違います

左が大判川、右が総頭川に建設中の2基の砂防ダム
左が大判川、右が総頭川に建設中の2基の砂防ダム

これらは最も上流に作られた砂防ダム。土石流との戦いの最前線だ。

被災した作業員自らダム建設

2018年7月の西日本豪雨災害では、広島県内の複数の渓流で土石流が発生。住宅地を激流が襲い、県内で115人の方が亡くなった。

2018年7月「西日本豪雨災害」
2018年7月「西日本豪雨災害」

鴻治組で砂防ダムを作る河本一信さんも、5年前、自宅が災害に見舞われた被災者の1人だ。

鴻治組・河本一信さん:
ぼくが帰った時は、激流で自宅に近づけなくて、女房も2階にいたまま。近所の人もみんな2階に避難していた。塀のブロックの高さまで土砂で埋まりました

自宅の塀の高さまで土砂が来た写真を見せる河本さん(左)と矢野記者(右)
自宅の塀の高さまで土砂が来た写真を見せる河本さん(左)と矢野記者(右)

その土石流が発生した山で、河本さんは砂防ダムを作っている。

鴻治組・河本一信さん:
本堤はほぼ完成です。あと前堤部の埋め戻し舗装をすれば工事は完了です。今回の災害で小屋浦はある程度整備されるが、それ以外の所でも災害は十分に起こりうる。ダムは無駄じゃない。大事です

せき止める土砂の量「約4万トン」

広島市に本社を置く鴻治組は2023年、創業140年を迎える。これまで50基以上の砂防ダムを作ってきた。

上流のダム2基の近くに、鴻治組が手掛けるダムがもう1基ある。ダム建設を監督した田邉裕之さん。これが監督第1号の砂防ダムだという。

鴻治組・田邉裕之さん:
横が約110メートルで、高さが1番上と下の高低差でいくと25メートルあります。紙の図面上で見ても、建てるまではその大きさが想像もできない

外壁を覆うパネルは1000枚以上。多くの協力業者と共同し、1年半かけて完成した。その裏側、ダムの内壁は土砂が直接ぶつかる場所。傾斜に合わせて鉄製の軽量パネルが取り付けられている。

鴻治組・田邉裕之さん:
内壁はほとんど手作業でボルトをはめて、締め付けていきます

そして、外壁と内壁の間には“土とセメントを混ぜ合わせたもの”が流し込まれている。工事で出た土を処分せず再利用する環境にやさしい工法だ。この砂防ダムがせき止める土砂の量は10トントラック約4000台分。まさに「命を守るダム」である。

(Q:自身が手掛けた第1号は?)
鴻治組・田邉裕之さん:
改めて本当に大きいなと思います。きれいにできたなと

田邉さんが初めて監督した砂防ダムは“納得の出来”になったようだ。

道なき所に道を作り、地域の理解得る

ダム建設は山に道を作ることから始まる。

鴻治組・小西久雄 土木部長:
被災地や、そうではない場所でもまず建設現場に行くための道がない。道のない所に道を付けていって、その道を機械が通らなければならない。機械を通そうとするとかなり大きな道を付けなければならない。そして、残土を運ぶためには民家の前を通らなければならない。地域の協力を得るために住民と話をさせてもらいながらの施工になります

住宅の近くを走る工事車両。防災のためとは言え、住民にとっては騒音や負担になることも。説明会を開き、VRでダムの完成イメージを見せるなど、できる限りていねいに説明していく。砂防ダムを作るためには地域の協力が不可欠だ。

地域住民へVRでダムの完成イメージを見せる説明会
地域住民へVRでダムの完成イメージを見せる説明会

小屋浦地区 住民福祉協議会・出下一教 町会長:
ダムの完成予想図などでイメージはあったけど、現地での説明会はわかりやすかった

鴻治組・小西久雄 土木部長:
話していけばお互い打ち解けますのでいろいろな話ができます。ともかく、みんなで1つのものを作っていく

災害を防ぐダム建設は、地域・企業・行政が一丸となって進める大きなプロジェクトだ。

小屋浦地区 住民福祉協議会・出下一教 町会長:
再び被害に遭いたくないので、ダムができることで安心がずいぶん違う。協力できることは協力していこうという気持ちです

大学との連携で“現場”を伝える

2月8日、鴻治組は広島工業大学と包括連携を結んだ。知恵の拠点と防災の最前線を支える企業がタッグを組んだのだ。

鴻治組・檜山典英 社長:
包括連携を通じて学生たちに現場の知識や経験を伝えていく。そうした学生たちが将来、地域社会まさに砂防ダムを含めた社会資本整備を担っていくことになるので

広島工業大学・長坂康史 学長:
現場に出て行ってもらいたい。そこで交流してほしいと思っています。大学で勉強することがどのように活用できるのか。交流することによって得てほしい

「すべてに気持ちが入っている」

5年前の「西日本豪雨災害」で機能を失い、山の中に残された石積みのダムがある。

鴻治組・久保寛幸さん:
流れてきた巨石の力に負けて、完全に崩れてしまった

久保さんが新たに建設中の砂防ダムには、巨石に負けない“仕掛け”がある。

鴻治組・久保寛幸さん:
「鋼製スリット」といって、流木や巨石などを止めて、水と細かい砂などの細粒分だけを下に流す構造です

土砂災害の防止・減災に活躍する「鋼製スリット」
土砂災害の防止・減災に活躍する「鋼製スリット」

山を切り開き、道路を作り、崖を削って「ダム」は作られていく。命を守るダムには、熱い思いが込められていた。

(Q:自分の作ったダムを思い出す?)
鴻治組・久保寛幸さん:
当然、気になりますね。たまに見に行くこともあります。苦労すればするほど、できた時はうれしいです

鴻治組・小西久雄 土木部長:
作るものすべてに気持ちが入っていますので。それが積み上がって10メートルの高さになり、100メートルの長さになり…
(Q:1センチ1センチに気持ちが詰まっている?)
そうです。工事が完成した時に地域の方からお礼を言ってもらったりすると、ほんと感無量になりますね

山奥で静かにたたずむ砂防ダム。建設に携わる人々の思いが1センチずつ積み上がり、長さ100メートルもの巨大な壁となった。その“物言わぬ巨体”が地域住民の安心な暮らしと命を守っている。

(テレビ新広島)

テレビ新広島
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