ロシアによるウクライナ侵攻開始から2月24日で1年になるのを前に、20日、バイデン大統領が首都キーウを電撃訪問した。軍事侵攻が始まって以降、初めてだ。

キーウを電撃訪問したバイデン大統領
キーウを電撃訪問したバイデン大統領
この記事の画像(14枚)

アメリカ政府高官は「この訪問はバイデン大統領の大胆で力強い行動」と称賛し、イラクやアフガニスタンなどの紛争地を大統領が訪問した前例はあっても、アメリカ軍が駐留していない紛争地域への訪問はなかったとして、「前例のない歴史的な訪問」と強調した。政府高官は、侵攻1年を前にしたこの訪問が、バイデン大統領による「西側諸国と国際社会が結束し、ウクライナとともに立ち、ロシアの侵略に立ち向かうという明確で紛れもないメッセージである」と付け加えた。

ただ、議会下院の多数派を占める共和党の一部からは、早くもこの訪問を批判する声も挙がっている。こうした中で、極秘裏に進められた訪問の詳細も明らかになってきた。

極秘訪問のメールは「ゴルフトーナメントの到着案内」

極秘に進められたバイデン氏の訪問計画だが、ホワイトハウスの代表取材の記者が行程を公表し、今回の訪問がいかに厳重に進められてきたのかの詳細が分かってきた。

代表取材の記者がホワイトハウスに呼び出されたのは、17日の金曜日。政府高官からキーウ訪問と、代表取材の記者は2人となり、この事は絶対に秘密にするよう誓わされたとしている。そして、その誓約の後に「ゴルフトーナメント到着案内」とのメールに注意するよう伝えられたとする。

メールは18日の午後3時過ぎ(日本時間19日午前5時)に届き、「日曜日(19日)の午前2時から午前2時15分の間(日本時間19日午後4時~午後4時15分)にアンドリュース空軍基地に来るように」と記載されていたとしている。記者は携帯電話も没収され、基地ではC-32輸送機に乗せられて、大統領の移動のために駐機している駐機場から離れて暗闇の中で待機していたという。

「エアフォースワン」は極秘にワシントンを出発
「エアフォースワン」は極秘にワシントンを出発

記者はバイデン大統領が飛行機に乗る姿を見ていないが、午前3時40分(日本時間午後5時40分)に機内アナウンスで「大統領は移動中で出発までおよそ20分かかる」と告げられ、午前4時(日本時間午後6時)に「バイデン大統領が到着した」と再度機内アナウンスがあった。そして、バイデン大統領を乗せたエアフォースワン(大統領専用機)は、午前4時15分(日本時間19日午後6時15分)にアンドリュース基地を出発した。

車列はサイレン鳴らさず列車は厳重警備

アンドリュース基地を出発したバイデン大統領が約7時間かけて到着したのは、ドイツのラムシュタイン空軍基地。現地時刻は19日の午後5時13分(日本時間20日午前1時13分)。現地はやや曇り空だったとあり、給油のため約1時間15分滞在し、その間、大統領機のシェードは下ろされたままだったという。

大統領専用機は午後6時29分(日本時間20日午前2時29分)に再び離陸し、ウクライナ国境に近いポーランドのジェシュフ=ヤションカ空港に現地時間の午後7時57分(日本時間20日午前3時57分)に到着する。空港の外はドイツとは一変し晴れていた。

大統領の車列は午後8時12分(日本時間午前4時12分)に出発し、車列はミニバン、SUV、など混在した20台以上とみられ、注意を引くのを避けるためサイレンは鳴らさなかったという。

大統領は午後9時15分ごろ(日本時間午前5時15分ごろ)ウクライナとの国境に近いポーランドのプシェミシル駅に到着する。駅の外には数人の人が行き交っていたが、比較的静かで、大統領の車列はシェードが降ろされている列車横に直接停車した。

警護関係者からの話として、列車はエンジン部分を含めて8両編成で大部分は厳重な警備で固められていたという。そして列車は午後9時37分(日本時間午前5時37分)にプシェミシル駅を出発し、その後、約10時間の移動を経てキーウに到着する。ポーランドとウクライナの国境を越えたのは午後10時ごろだという。

厳戒の列車で約10時間…ウクライナカラーのネクタイ

首都キーウのパサジリスキー駅にバイデン大統領が到着したのは、現地時間20日午前8時ごろ(日本時間20日午後3時)だ。

キーウの鉄道駅に到着したバイデン大統領
キーウの鉄道駅に到着したバイデン大統領

政府高官によれば同行者もサリバン大統領補佐官を含む数人の側近に、医療チームと警備などを入れた最小限の人数だった。代表取材の記者によると移動中の列車は途中で何度か短時間停車したといい、追加の警備関係者が合流したとみられている。

到着を出迎えたゼレンスキーと固い握手を交わした
到着を出迎えたゼレンスキーと固い握手を交わした

午前8時半(日本時間午後3時半)にはバイデン大統領はゼレンスキー大統領が待つ大統領府に到着。バイデン氏は青いスーツに、ウクライナカラーである青と黄色のストライプのネクタイを身に着つけていた。ゼレンスキー大統領はバイデン大統領の手を握りしめ「訪問頂きありがとうございます」と出迎え、バイデン大統領はゼレンスキー氏の子ども達のことなどを気遣いながら「お会いできて驚いています」と話した。

バイデン氏はウクライナカラーのネクタイを着用
バイデン氏はウクライナカラーのネクタイを着用

1年前の開戦日に両首脳が電話で交わした言葉

会談でゼレンスキー氏は「今日はバイデン大統領をお迎えしています。私たちはこれを誇りに思っています」と述べた上で、ロシアの軍事侵攻以来続いているアメリカの支援に感謝を示した。

首脳会談でバイデン氏は「この日にここにいることが重要だと思った」と思いを吐露
首脳会談でバイデン氏は「この日にここにいることが重要だと思った」と思いを吐露

一方で、バイデン氏は「ロシアの攻撃が始まった日に、アメリカ大統領がここにいることが重要だと思った」述べた上で「私は国家の独立、主権、領土の保全に対する揺るぎない支持を示すためにここにいます」と強調した。

共同記者会見
共同記者会見

その後、午前10時49分(日本時間午後5時49分)からは共同記者会見も行われた。

ゼレンスキー氏は「2023年が勝利の年となることを望んでいる。この歴史的な戦いで民主主義世界が勝利するよう、可能な限りのことをし続けなければならない」と強調し、「ウクライナとアメリカの関係の歴史の中で、本当に最も重要な訪問だ」と語り、2022年2月24日の開戦日の夜に、最初の通話が行われたことも明らかにした。

バイデン大統領は会見で「アメリカはウクライナとともに立つ」と支援の継続を強調
バイデン大統領は会見で「アメリカはウクライナとともに立つ」と支援の継続を強調

これに対してバイデン氏はこう続けた「私たちが電話で話したのは、1年前の今週でした。ロシアの航空機が空中を飛び交い、戦車が国境を越えていた。あなたは私に言った背後で爆発が聞こえると。それは忘れられない。そして、世界は変わろうとしていた」バイデン氏はその時の電話で「私に何かできることはありますか?」と聞き、ゼレンスキー氏が「世界の指導者たちを集め、ウクライナを支援してくれるよう頼んでほしい」と答えたことも明らかにした。

そしてバイデン氏は「1年前のあの暗い夜、世界は文字通りキーウの陥落に備えていた。 1年というよりずっと昔のことのように思えるが、その年を思い返してほしい。1年後、キーウは持ちこたえ、ウクライナは持ちこたえた。 民主主義は立ち上がっている。アメリカはあなたたちとともに立ち、世界はあなたたちとともに立ち上がっているのです」と強調した。

開戦日に両首脳が電話で交わした会談内容も明かされた
開戦日に両首脳が電話で交わした会談内容も明かされた

会談では5億ドルの追加の軍事支援を行うことをバイデン氏が表明し、ロシアを支援する企業などに対しての、新たな制裁を近く発表することも明らかにされた。

共和党からは批判の声も…世論の変化は

バイデン氏はゼレンスキー氏と、防空警報が鳴り響く中で大聖堂などを見学し、午後1時10分(日本時間午後8時10分)にキーウを後にした。滞在は約5時間ほどだった。

防空警報が鳴り響くなか、大聖堂などを視察
防空警報が鳴り響くなか、大聖堂などを視察

今回の電撃訪問は数カ月前から極秘に計画され、バイデン氏の決断は直前だったとされる。訪問はアメリカ議会の構成などが変化し野党・共和党などが力を強める中で、ウクライナへの支援の継続と結束を図る狙いもあると見られている。

「外国の戦争への資金提供のため税金は払わない」共和党・グリーン議員は批判
「外国の戦争への資金提供のため税金は払わない」共和党・グリーン議員は批判

一方でこの訪問について、共和党の一部は即座に反発した。グリーン下院議員はバイデン大統領のSNSの投稿を引用し「私たちは、NATOの同盟国でもない外国の戦争に資金を提供するために税金を払うことはない。外国の国境や外国の『民主主義』のために犠牲となる息子や娘を送り込んだりはしない」とバイデン氏のウクライナ訪問を厳しく批判した。

共和党・ゲイツ議員は「バイデンがアメリカを捨ててウクライナに行くのは驚かない」とした上で支援見直しを主張
共和党・ゲイツ議員は「バイデンがアメリカを捨ててウクライナに行くのは驚かない」とした上で支援見直しを主張

ゲイツ下院議員は「ウクライナへの援助はもういらない」と述べたほか、ビッグス下院議員も「自国に緊急課題を抱えているのだから、もう白紙委任はしない」と、改めてウクライナ支援の見直しにも言及している。

正念場を迎えるバイデン氏は世論の支持を得られるのか注目される
正念場を迎えるバイデン氏は世論の支持を得られるのか注目される

AP通信が15日に発表した世論調査によると、バイデン大統領の対露政策については、民主党支持者の69%が賛成する一方で、共和党は80%が不支持となり、全体でも過半数(54%)が反対となった。ウクライナへ武器を提供することについては、48%が賛成し、29%が反対と、賛成が上回ったものの、2022年5月には賛成が60%あった状態から12ポイントも下落した。アメリカメディアの報道でも、すでにバイデン政権が「支援の見直しに迫られる」と見通していることも伝えられている。

「支援疲れ」とも言われる状況が続く中で、バイデン氏の電撃訪問がアメリカ世論と議会も動かす乾坤一擲となるのか、今後が注目される。

(FNNワシントン支局 中西孝介)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。