ウクライナ情勢や台湾情勢など、企業を取り巻く世界情勢はいっそう厳しさを増している。それによって、企業が持つ国際的なサプライチェーンは混乱し、サプライチェーンの変革、国内回帰など企業は大きな変化を余儀なくされている。

大手自動車メーカーのホンダは昨年8月、国際的な部品のサプライチェーンを再編し、中国とその他地域のデカップリング(切り離し)を進める方針を示した。マツダも同月、部品の対中依存度を下げると発表した。また、トヨタも昨年5月、上海からの部品調達が滞ったとして、国内の一部の工場の稼働を停止した。

日本企業の部分的な脱中国化がいっそう進むのか…
日本企業の部分的な脱中国化がいっそう進むのか…
この記事の画像(6枚)

こういった決断を押し進めた直接的な原因はゼロコロナ政策にあろうが、今後、国際政治や安全保障に由来する地政学リスクの動向により、完全な中国撤退は現実論あり得ないものの、日本企業の部分的な脱中国化がいっそう進む可能性がある。ここでは、正に今、日本企業が把握しておくべき地政学的ポイントを2つほど提示したい。

紛争領域としての経済・貿易

 国家と国家の対立、紛争というと、どうしても軍事や防衛、安全保障のイメージが先行するが、今日、その認識は正しくない。冷戦後、経済のグローバル化が進み、対立国同士でも経済では密接に相互依存の関係である場合が多い。そして、経済の相互依存によって戦争発生のリスクが抑えられているという認識も決して間違いではなく、そういう意味でロシアによるウクライナ侵攻は今日の世界に衝撃を与えた。言い換えれば、今日、国家間の紛争において当事国は軍事オプションをなるべく避け、その分、経済や貿易という手段で攻撃を加えようと考える。経済の相互依存が進めば進むほど、経済攻撃の有効性は高まる。

米中の“主戦場”は経済や貿易の領域
米中の“主戦場”は経済や貿易の領域

 周知のとおり、米中という2大国は経済や貿易の領域を主戦場とし、トランプ政権以降の米中貿易摩擦のように、両国間では輸出入の禁止や制限、関税の引き上げなど様々な摩擦が生じている。この背景にも、米中双方に、「軍事的衝突となれば自国の経済が大打撃を受ける、その分、経済や貿易という手段で攻撃を続けるしかない」という思惑がある。今後も、経済や貿易という領域は国家間の主戦場となり続けることは間違いない。

米中関係の行方と日本

 今日、多くの企業関係者が米中関係の行方を懸念している。しかし、安全保障上、今後米中関係が良い方向に向かう可能性は限りなくゼロに近く、対立の長期化は避けられない。最近も米国のブリンケン国務長官が訪中すると報じられるなど、米中は今後も対話を重ねるだろうが、その対話は関係を改善させるためというより、高まるリスクを如何に抑えていくかというものだ。

バイデン政権は2022年10月、対中半導体輸出規制を発表
バイデン政権は2022年10月、対中半導体輸出規制を発表

 バイデン政権は昨年10月、先端半導体の製造装置や技術などが中国によって軍事転用される恐れを警戒し、対中半導体輸出規制を発表した。そして、バイデン政権は製造装置で世界シェアを持つ日本やオランダに対して今年1月、同規制に加わる要請し、両国はYesの回答を示した。先端半導体はハイテク兵器の開発・生産に必要不可欠で、軍の近代化を目指す中国にとってどうしても獲得しなければならないものだが、軍事バランスが中国優勢になることを避けたい米国は輸出規制を徹底し、友好国や同盟国にさらに厳しい要請をする可能性もある。

 ここで日本企業が懸念しなければならないのは、長期化する米中対立の標的になるのは何も半導体だけではなく、他の品目にも影響が及ぶということだ。上述のとおり、今日の米中対立が直接軍事衝突に発展する可能性は低いものの、対立の激化はそのまま経済や貿易の領域で繰り広げられる。今後どの分野で貿易摩擦が激しくなるかは分からないが、農産物や海産物などより、工業製品や工業部品などの分野で発生する可能性が高いだろう。

米中対立で心配される日中経済関係は…
米中対立で心配される日中経済関係は…

 そして、米中対立との関係で心配されるのが、日中経済関係の冷え込みだ。バイデン政権による対中半導体輸出規制のように、日本は米国の軍事同盟国上、国際政治や安全保障など高度な政治性を有するケースについては米国と歩調を合わせることになるが、そうなれば自然に日中関係は冷え込むことになろう。日米を政治的、経済的に切り離したい中国は、米国と足並みを揃える日本に対しては強い不満を抱いており、対中国で日本が米国と協調すればするほど、中国が日本に対して輸出入規制や関税引き上げなど経済的な制裁措置をとる可能性は高まる。

中国は2021年6月、反外国制裁法を施行
中国は2021年6月、反外国制裁法を施行

 中国は2021年6月、外国が中国に経済制裁などを発動した際に報復することを可能にする反外国制裁法を施行した。反外国制裁法はその外国による制裁に第三国も加担すればその第三国も制裁対象になると定めている。米中対立が激しくなり、日本が米国と協調姿勢をとれば、日本が反外国制裁法の定める第三国になる可能性がある。

 日本企業にとって、中国からの撤退や第三国へのシフト、国内回帰という決断は決して簡単ではない。しかし、国際政治や安全保障を考え、中国を取り巻く世界情勢の不透明や不確実は今後も長期的に続く。安全保障と経営の狭間で難しい問題ではあるが、今日できる範囲内で脱中国を図ることは日本企業にとって重要な選択肢と言えるだろう。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415