経済と安全保障の関係性は?

経済安全保障の重要性が世論で拡大する中、皆さんは経済と安全保障の関係性をどう考えるであろうか。

筆者はもともと外交・安全保障分野の研究者であるが、その傍ら、ここ数年は国際テロ研究に基づいた企業のテロ対策をはじめ、地政学リスクや経済安全保障などで経済領域に仕事の範囲(企業へのコンサルティング)を広げている。

そして、安全保障業界の人間として経済の領域に進入すると、頻繁に経済と安全保障の間で大きなジレンマを感じ、その関係性はどうあるべきかを自問する。

バイデン政権の対中規制

バイデン政権は昨年10月、中国に軍事転用される恐れがあるとして、先端半導体や次世代半導体に関する技術の対中規制を発表し、最近日本やオランダが同規制に加わることが明らかになった。

バイデン大統領と習近平主席
バイデン大統領と習近平主席
この記事の画像(6枚)

これまでのところ、日本やオランダは米国ほど厳しい規制は敷かないようで、規制対象はAI半導体や3D半導体など次世代半導体、また先端半導体(1桁ナノ台)に必要な製造装置や技術になるとされるが、国際半導体製造装置材料協会(SEMI)は、日本やオランダが米国と同等に厳格な規制を導入しないと効果が不十分になると懸念を示している。

経済と安全保障を考えるモデルに

一方、この問題は、経済と安全保障の関係性を考える上で1つのモデルになる。

経済合理性の観点からは、半導体製造装置で世界をリードする日本企業は中国と自由にビジネスできるはずである。しかし、米国は軍民融合政策を重視する習政権が先端・次世代半導体を駆使し、ハイテク兵器の製造強化など軍の近代化を進め、いつの日か軍事力で中国優勢になることを強く警戒している。

日本のハイテク企業は
日本のハイテク企業は

それは中国の海洋覇権に直面する日本にとっても望ましくないシナリオであり、日本政府が今回バイデン政権の要請にYesの回答を示したことは極めて妥当な結論と言えよう。そして、このケースをもとに、経済と安全保障のあるべき関係性を示してみたい。

(1)「安全保障>経済」の関係

まず、1つ目だが、今回の対中規制にように、自由な経済活動の継続が中長期的には安全保障上の脅威になる恐れがある場合、両者の関係は「安全保障>経済」となるべきだろう。

しかし、安全保障業界の人間として経済領域で活動する筆者は、まだまだ企業内で「安全保障>経済」と捉える意識は薄いと肌で感じる(近年、大企業を中心に増えてきてはいるが)。一般的に、経済の世界で安全保障はネガティブなイメージが先行しており、経営戦略の中での地政学リスクの位置付けも優先順位は低く、後回しにされる傾向がある。

日本企業の意識は
日本企業の意識は

だが、経済と安全保障を隔てる壁が薄まる今日、企業には安全保障意識の強化がこれまで以上に求められている。

(2)安全保障による介入の最小化

2つ目は、安全保障による介入の最小化である。

1つ目で示したように、自由な経済活動の継続が中長期的には安全保障上の脅威になる恐れがある場合、両者の関係は「安全保障>経済」となるべきだが、その際でも安全保障による経済領域への介入は最小限に留め、過剰な介入はあってはならない。

どこの国でも、平時から「安全保障>経済」というような保守的な意識を持った人々がいることも事実だが、国家の平和や繁栄を維持していく上で経済も国家の根幹であり、“安全保障に触れれば経済は制限を受ける”というような風潮はあってはならない。

筆者は最近、台湾有事や日中関係について企業関係者と話を交わすことが多いが、安全保障業界出身の人間として、企業関係者から専門分野についてのアドバイス(台湾有事のトリガーは? 有事になれば日中関係はどう影響するかなど)を多く求められる。

台湾の蔡英文総統
台湾の蔡英文総統

その際、どうしても起こり得るリスクを提示することが多く、潜在的脅威の段階、可能性が高いとは言えない段階で、実際に企業の経済活動を大きく制限していないかとジレンマを感じる時がある。

1つ目のような場合は、「安全保障>経済」であるべきだが、その場合でも安全保障の介入は最小限であるべきで、そうではない場合は、企業関係者も安全保障や地政学リスクを総合的なリスクの中の1つと捉えるべきだろう。安全保障による過度な介入によって、本来得られる経済的利益が侵害されてはならない。

(3)対等で相互作用する関係性

最後が、対等で相互作用する関係性である。

これは最も基本なことだが、経済なしに安全保障はなく、安全保障なくして経済もない。1つ目のような場合を除き、経済と安全保障は対等な関係にあり、そして、両者は相互に影響を及ぼすものだ。

ウクライナ戦争
ウクライナ戦争

企業は米中対立や台湾情勢、ウクライナ戦争などに翻弄されているが、今日それに悩まされているのは大企業の経営者だけではなく、地方の中小企業経営者もこの問題に直面している。中には、地政学リスクの小さい変化によって経済活動を大きく見直そうとする動きもみられるが、平時においては「安全保障>経済」という関係ではなく、両者は相互作用する対等な関係である。

経済安全保障という言葉が社会に浸透すると、「安全保障>経済」というような錯覚に陥ることが懸念されるが、我々は今一度その対等性を強調するべきだろう。

【執筆:和田大樹】

和田大樹
和田大樹

株式会社Strategic Intelligence代表取締役社長CEO/一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事/株式会社ノンマドファクトリー 社外顧問/清和大学講師(非常勤)/岐阜女子大学南アジア研究センター特別研究員。
研究分野は、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者として安全保障的な視点からの研究・教育に従事する傍ら、実務家として、海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)に従事。国際テロリズム論を専門にし、アルカイダやイスラム国などのイスラム過激派、白人至上主義者などのテロ研究を行い、テロ研究ではこれまでに内閣情報調査室や防衛省、警察庁などで助言や講演などを行う。所属学会に国際安全保障学会、日本防衛学会、防衛法学会など。
詳しい研究プロフィルはこちら https://researchmap.jp/daiju0415