超攻撃的な「エンターテインメントサッカー」を掲げて、J2昇格を果たした藤枝MYFC。新たな舞台に挑むチームのエース・横山暁之は、挫折を乗り越えてきた“苦労人”だ。「どういう状況でも自分のベストパフォーマンスを出す」ということを意識し、J2での活躍を誓った。

超攻撃的サッカーをJ2で

J2に挑む藤枝MYFC
J2に挑む藤枝MYFC
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2023シーズン、クラブ初のJ2に挑む藤枝MYFC。J3で2位の得点数を誇った「超攻撃的サッカー」の進化を掲げている。

横山暁之選手
横山暁之選手

得点源として期待されるのが、横山暁之(25)。

正確なボールコントロールと相手のマークをはがす一瞬のスピードを武器に、2022シーズンのチーム得点王で昇格の立役者だ。

藤枝MYFC・横山 暁之 選手:
実際にそこまで結果を出せるとは思っていなかったです。1年を通して成長した結果、13点を決められたと思います

“挫折の連続”だったエース

プロ2年間は公式戦ゴール0
プロ2年間は公式戦ゴール0

今やエースとなった横山だが、プロになってからの2年間で公式戦のゴールは“0”。その数字が表すように、横山のサッカー人生はまさに挫折の連続だった。

藤枝MYFC・横山 暁之 選手:
サッカー辞めなきゃいけないのかなとか。たまに意味のわからない所で泣いていましたね

東京Vユース時代(本人提供)
東京Vユース時代(本人提供)

幼いころからサッカーセンスを発揮し、高校時代は東京ヴェルディユースでプレー。しかし、名門のし烈なポジション争いに敗れ、トップチームへの昇格は叶わなかった。

その悔しさを胸に、大学では北信越リーグのベストイレブンに選出されるなど頭角を現すが、4年の夏 大きな試練が彼を襲う。左ひざ半月板の断裂だ。

藤枝MYFC・横山 暁之 選手:
Jクラブの練習に参加してもオファーをもらえない状況で、突然ケガをしてしまいました。「治るまで半年」って言われて、3月くらいになったら「大学卒業じゃん、チームないじゃん」みたいな…

進路が中々決まらない中での大けがに戸惑い、涙を流したこともあったという。それでも夢を諦めなかった。

信じてくれる人のために

横山選手「周りの人が僕の力を信じてくれた」
横山選手「周りの人が僕の力を信じてくれた」

藤枝MYFC・横山 暁之 選手:
僕の周りにいてくれた人が僕の力を信じてくれていたんですね。「サッカーを辞めたらもったいない」「絶対お前ならできるから」と

「信じてくれる人の為にもプロ選手に」。半年にも及ぶリハビリから復帰した後もケガが再発するなど、苦難が続く中でも決して諦めず、サッカースクールのコーチのアルバイトをして生活費を稼ぎながら母校の大学で練習を重ねる日々を送った。

2020年にプロ契約
2020年にプロ契約

その努力が実ったのは、大学卒業から1年が過ぎた2020年だ。

志願して参加した藤枝MYFCの練習で、どん底から這い上がってきたメンタルと確かな技術が評価され、ついにプロ契約を勝ち取った。

常にベストパフォーマンスを

苦労人・横山が次に挑むのが、クラブ初となるJ2の舞台。これまでよりさらに高い壁が待ち構えていても、常に挫折を乗り越えてきた経験が必ずチームの力になるはずだ。

藤枝MYFC・横山 暁之 選手:
上手くいかない時期、どういう状況になっても自分のベストパフォーマンスを出すのを常に意識してやっていきたい。20ゴール10アシストを目標に頑張りたい

(テレビ静岡)

テレビ静岡
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