ロシアによるウクライナ侵攻は、2022年2月24日の開始からまもなく丸1年。近くロシアが大規模攻勢を仕掛ける見方もある中、ロシアはどのように主導権を握ろうとし、ウクライナはどう迎え撃つのか。BSフジLIVE「プライムニュース」では、高橋杉雄氏と小泉悠氏を迎え徹底分析した。

近くロシアが大規模攻勢の見通しも、戦力不足の可能性

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新美有加キャスター:
ブルームバーグの報道で、ロシア大統領府関係者の話として「プーチン政権は新たな大規模攻勢を準備し、2〜3月にも踏み切る可能性がある」。一方、ウクライナメディアのキーウ・インディペンデントは、ウクライナ国家安全保障国防会議ダニロフ書記の話として「ロシアは2月24日に新たな対ウクライナ攻撃を準備」と報じた。可能性は高いか。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
空爆はすると思う。去年の同時期にも特に障害なく作戦を進めており、南部・東部での地上攻勢はあり得る。アメリカのシンクタンクからも警戒されている。

反町理キャスター:
2正面、またはリビウ・キーウ・ドネツクへの3正面作戦が可能なレベルの戦力はロシア軍にあるか。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師
小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
難しいと思う。兵力を集めてはいるが複雑な作戦ができる状態ではなく、練度も高くないだろう。兵器もかなり消耗している可能性が高い。見てみなければわからないのが正直なところ。

反町理キャスター:
ワグネル(ロシアの民間軍事会社)について。アメリカ戦争研究所の分析では、ワグネル戦闘員はバフムト近郊で1000人以上が、合計4100人以上が死亡し1、万人以上が負傷。ワグネル自体が疲弊しているのではという分析。またバイデン政権は、ワグネルを国際犯罪組織に指定。アメリカの企業とワグネルの取引を禁止し、人工衛星データなどを提供している中国の企業なども制裁対象にする動きがある。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
ワグネルの疲弊については、膨大な死傷者を出して正規軍と交代しつつあるという話もある。軍閥としてのワグネルの政治力が弱まるなら、ゲラシモフ総司令官が全てを指揮する本来の形になっていくかも。だが、ワグネルが民間軍事会社というのはややミスリーディングで、事実上はロシアの軍事力のバックドア。その意味では、西側とビジネスができなくてもあまり影響はないのでは。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ワグネルは、プリゴジンというオーナーのビジネス複合体の一部。プリゴジンが目障りである軍から見れば悪い話ではない。ワグネルのここ数カ月の勢いはなくなっていく可能性もある。

迎え撃つウクライナ 西側からの供与も増える武器の効果は

新美有加キャスター:
ロシアの大規模攻勢に対するウクライナの構え。戦車や砲弾などが西側諸国から供与されているが、戦車はイギリス、ドイツ、アメリカやポーランドなどから供与。この新たな武器供与は、2月〜3月と言われるロシアの大規模攻勢に間に合うか。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
アメリカの供与は遅くなる。一方、隣国ポーランドの供与はすぐにでき、ウクライナ兵がすぐ扱える戦車。その先で西側の戦車が戦力化するのは、どう考えても2023年の半ば以降。今後、ウクライナ軍が行う大攻勢の戦力として期待されているのでは。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
2月下旬〜3月のロシアの攻勢はもともと予想されており、間に合わないことはわかっている。基本的に手持ちの戦車で対応、迎撃は対戦車砲や対戦車ミサイルで。早くて5〜6月になる反撃作戦まで我慢できるかどうか。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長
高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長

反町理キャスター:
戦車の供与に従って、4月ごろに攻守が入れ替わるタイミングがあると。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
ウクライナや欧米が描く絵はそう。ロシア側が描くのは、最初の圧力でウクライナ側に消耗させ、1個旅団の編成をさせずに1個中隊単位で逐次投入させ撃破していくことでは。

新美有加キャスター:
一方、フランスは自走式りゅう弾砲「カエサル」12門を、さらにフランス・オーストラリアが155ミリ砲弾の共同製造に合意し、3月末までにウクライナに供与。離れた国同士だが。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
オーストラリアは原子力潜水艦を造ろうとした際にフランスと契約したが、予算増からそれを破棄してAUKUSというイギリス・アメリカとの枠組みに乗り換え、対仏関係が悪化。その修復が表れている。有事の際にオーストラリアから台湾に供与される可能性があり、日本としても大歓迎。

新美有加キャスター:
戦車よりさらにハードルが高いとされるミサイル戦闘機の供与も取り沙汰されている。ウクライナ国防省の顧問は「F-16だけでなく、第4世代戦闘機を」と要望。ただ、これについて聞かれた米バイデン大統領は「ノー」。一方でフランスのマクロン大統領は「原則として排除されるものではない」。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
戦闘機となれば次元が変わるが、フランスは出せて10〜20機。まとまった数を出すならアメリカのF-16に一本化すると思う。それでも100機ほどか。現在の戦局で出す必要はないというのがバイデン大統領の考えだろうが、戦局が変化すれば変わる可能性も。

新美有加キャスター:
長距離ミサイル供与をめぐる動き。ロイター通信によれば、アメリカの準備する20億ドル強の追加軍事支援の中に初めて盛り込まれるのが、射程150キロの地上発射型小直径爆弾(GLSDB)。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
CLSDBは、F-35などに積むための航空機搭載型の爆弾を地上から撃つもの。精度は非常に高い。アメリカの高機動ロケット砲ミサイル「ハイマース」の攻撃を受け、ロシアは弾薬庫の場所を下げたが、これも狙われることになる。

米露中の「三すくみ」となれば核軍縮は不可能、非常に危険

新美有加キャスター:
核をめぐるアメリカとロシアの本音について。米露間の核軍縮の枠組み「新戦略兵器削減条約(新START)」は2026年が期限。ロシアのリャプコフ外務次官は、期限後に後継条約が存在しなくなる事態を示唆。アメリカは、核関連施設の査察再開を拒むロシアは条約違反と非難。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
INF条約(中距離核戦力全廃条約)にロシアが違反して以来、アメリカの核戦略コミュニティはロシアを全く信用していない。アメリカの核戦略専門家は、2026年を待たず先に破棄すべきと言う。両国の国力差を考えれば、ロシアではなくアメリカを縛る条約。中国の弾頭数も増えていく。早く離脱して本来必要な核戦力を装備すべきという議論。アメリカの核戦力の近代化が本格的に軌道に乗る2035〜2040年までの10年間、質的にはロシアが優位。アメリカはそれまで既存のものでつなごうとしているが、見通しが甘いというのが我々核戦略の専門家の批判。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
リャプコフ外務次官は核戦略のプロ。経済的にロシアがものすごくアメリカを上回る核戦力を持てないことも、今のアメリカの核戦力が古くなっており、脆弱な期間ができることも承知している。アメリカが2030年代に新しい核戦力を配備すれば、ついていけなくなることも。今は脅しをかけやすい時期だからそう言うが、本来核軍縮条約が必要なのはロシア側。

反町理キャスター:
米ソの核軍拡競争・核軍縮の時代から、今は米露中の状態になった。三すくみの状況で、新しい核軍縮のスキームは。この3カ国が握ることで、核の秩序を保つことはできるか。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
できないと思う。3カ国では、お互いに相手の2カ国が連携した時を考えなければならず、均衡せずに無限に軍拡のスパイラルが作動してしまう。そうなってしまった瞬間、世界の核軍縮は絶対できなくなる。核軍拡を続けている中国がそれを理解しているのかどうかわからないが、非常に危険。終わるとすれば、冷戦終結時のように政治体制が変わるときだろう。

プーチンがイギリスに“核の脅し”か 日本が持つべき備えと覚悟は

新美有加キャスター:
2022年2月の電話会談で、プーチン大統領が「あなたを傷つけたくはないが、ミサイルならたった1分で済む」と発言したと、英ジョンソン元首相がBBCのインタビューで述べた。証拠はないが、これをプーチン大統領が言う可能性は。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ロシア軍が攻撃準備態勢に入っている時期で、プーチンはリラックスして喋っていたとのことなので、脅しというより事実上の開戦通告だったと見える。開戦当日、ウクライナの大統領府長官と国防大臣はロシア側から「降伏しろ」と電話を受けており、ロシアが相手に直接言うことも確認されている。これに近いやりとりがあってもおかしくなかった気はする。

反町理キャスター:
このような核の脅しをかけられたときのための覚悟や構え、日本はできているか。

高橋杉雄 防衛研究所防衛政策研究室長:
明確な核恫喝かは別に、北朝鮮の核の脅威にずっとさらされている。それに対し、アメリカの核の傘の信頼性を高める努力をずっとしてきている。それで国民が安心し続けることができるかどうかは、これから国民自身で考えること。

小泉悠 東京大学先端科学技術研究センター専任講師:
ロシアの核ミサイルで日本に一番近いのは、カムチャツカにある原子力潜水艦の数百発。我々が常に核兵器と隣り合わせであることは間違いない。自分たちで核兵器を持つことを望ましいと私は思わないので、有事にアメリカの拡大抑止が効く方法を平時から考えておくのは当然。

(BSフジLIVE「プライムニュース」2月1日放送)