岸田首相が反撃能力を含む日本の防衛力強化を表明し、日米同盟の抑止力、対処力を強化する方針で一致した日米首脳会談。沖縄の在日アメリカ軍に「海兵沿岸連隊」を創設し、宇宙空間での攻撃に日米安全保障条約が適用される可能性を確認した日米外務・防衛大臣による「2+2」など、アメリカの首都ワシントンの“日本ウィーク”ともいえる一連の外交日程が終わった。

日米同盟の強化などを確認した日米首脳会談(1月13日)
日米同盟の強化などを確認した日米首脳会談(1月13日)
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日米2+2の共同文書には、核開発や強引な海洋進出を続ける中国について、インド太平洋地域と世界への「最大の戦略的挑戦」と明記されるなど、対中国を意識した両国の戦略が目立った。

日米2+2では中国について「インド太平洋地域及び国際社会全体における最大の戦略的挑戦」との認識を共有
日米2+2では中国について「インド太平洋地域及び国際社会全体における最大の戦略的挑戦」との認識を共有

こうした中で、アメリカのシンクタンクが2026年に中国が台湾への侵攻した場合を想定した机上演習の結果をまとめた報告書を公表したことが注目を浴びている。報告書では、24通りのシナリオのほとんどで中国軍は台湾の早期制圧に失敗するものの、アメリカや日本も甚大な損失を被る結果となった。

注目のポイントは、台湾防衛の「要」として日本が挙げられていることだ。今後の日本の議論にも直結するこの報告書を読み解く。

「2026年に中国が台湾侵攻」

アメリカのシンクタンク、CSIS=戦略国際問題研究所は1月9日、「次の大戦の最初の戦い」とする、中国が台湾を侵攻した想定のシミュレーション結果をまとめた報告書を発表した。24のシナリオの下で机上演習用ウォーゲームを行うのだが、日米が共同で台湾を防衛するシナリオもあれば、台湾が単独で防衛するケースもある。

CSISが発表した中国の台湾侵攻を想定した報告書
CSISが発表した中国の台湾侵攻を想定した報告書

アメリカでは、中国の習近平国家主席の3期目の任期が終わる2027年までに台湾有事が起きる可能性を指摘する声も出ているが、今回の報告書で想定された中国の台湾侵攻の時期は、その1年前の2026年だ。

報告書では「中国は台湾に対して、外交的孤立、グレーゾーンでの圧力、経済的強制といった戦略を取るかもしれない。軍事力を行使するとしても、それは完全な侵略ではなく、封鎖という形を取るかもしれない」としつつも、「台湾侵略のリスクは十分に現実的」と指摘している。

また、今回のシミュレーションを行った理由について、米中間に紛争が起きれば、「核保有国同士としては初めての衝突」や「近代軍事兵器を双方が保有する初めてケース」とした上で、紛争の行方がどうなるかについては極めて重要であるにも関わらず、一般に公表されている資料があまりに少なかった点も強調している。

開戦直後には台湾海軍と空軍が壊滅状態

「侵攻はいつも同じように始まる。開戦直後の砲撃で台湾の海軍と空軍の大半は破壊された」

今回の報告書には、「開戦」当初に台湾軍が大きな損害を被ることが記載され、「中国海軍は強力なロケット部隊で台湾を包囲し、台湾の島への船や航空機の輸送を妨害する」としている。

机上演習で使用した地図(CSISの報告書より)
机上演習で使用した地図(CSISの報告書より)

また、最も可能性が高いとする「基本シナリオ」には、①中国の侵攻が即時に判明、②台湾軍が海岸線で防衛、③米軍の参戦、④米軍の航空機や艦船が日本の自衛隊によって強化され、中国の上陸用の艦隊を急速に麻痺させることなどが盛り込まれている。

日本を含む各国被害の様子も示されている(CSIS報告書より)
日本を含む各国被害の様子も示されている(CSIS報告書より)

大前提としては、台湾が「降伏」せずに抵抗することということも1つの条件だ。この「基本シナリオ」は3回行われ、2回は上陸した中国軍が主要都市を占領できず10日以内に物資が枯渇し、残りの1回では台湾南部に上陸し港を占領するなどするも、米軍の空爆により使用は不可能となる。開戦から3週間までに中国軍の陣地は確保できなくなり、中国の台湾占領が失敗に終わったとしている。ただ、「最も楽観的」と「最も悲観的」なシナリオを除いた結果の平均でも、台湾は空軍で500機以上、海軍では38隻の大型艦船を失い、死者は3500人にも上る。

中国も海軍が壊滅状態になる一方で、日本、アメリカ、台湾に大きな被害が出た
中国も海軍が壊滅状態になる一方で、日本、アメリカ、台湾に大きな被害が出た

日本も全域で空爆?被害の想定は

この報告書で注目を集めている記述の1つが、日本についてのもので、「韓国やオーストラリアなど他の同盟国も台湾防衛に一定の役割を果たすが、日本こそが要だ」とされていることだ。

24回行われたシナリオから分析した結果、「中国に打ち勝つための条件」として、「台湾軍が降伏せずに戦線を維持」することや、「アメリカ軍の早期の直接介入」などとともに、「日本国内の基地を戦闘行為に使用できるようにしなければならない」と記載されている。台湾を防衛するにあたって、日本にある米軍基地を使用して航空機などを効果的に運用することが勝利に近づくということである。

日本にある米軍基地は再編が進んでいる(防衛省HPより)
日本にある米軍基地は再編が進んでいる(防衛省HPより)

前述した基本シナリオでも、日本は、中国から日本の自衛隊基地や、米軍基地が直接攻撃されない限りは参戦はしないと想定されているが、アメリカが嘉手納、岩国、横田、三沢などの在日米軍基地から戦闘行為を行うことを認めると仮定している。

一方、中国が台湾侵攻を有利に進める要素として挙げられているのが、「台湾単独での防衛」と「日本が中立の立場」をとった場合だ。結論として、日本が米側の最低限の支援に回ることが台湾防衛の勝利への前提条件となっているわけだが、その場合には中国側は日本への攻撃に踏み切るとしている。対象となるのは、米軍を支援する形となっている各地の自衛隊基地や、在日米軍基地で、「列島全域の飛行場が空襲された」との記載もある。

机上演習では中国が多くのシナリオで日本を攻撃した(CSIS報告書より)
机上演習では中国が多くのシナリオで日本を攻撃した(CSIS報告書より)

様々なシナリオの中で日本の被害については、1~3週間の戦闘で、自衛隊は90~161機の航空機、14~26隻の艦艇を失うと試算されている。また、シナリオによっては日本やグアムの米軍基地が破壊され、日本・アメリカ・台湾で合わせて数万人の兵士が死亡することも記されている。

さらに「ほとんどのケースで台湾の防衛ができた。しかし防衛には大きな代償が必要だった」とも書かれていて、勝利しても日米の被害は甚大なものだとしている。

専門家「日本が絶対的な重要性を持つ」

今回の報告書を作成した1人である、マサチューセッツ工科大学国際研究センターの主席研究員でアジアの安全保障問題の専門家であるエリック・ヘギンボサム氏に、今回の報告書の意義と目的を聞いた。

インタビューに答えるエリック・ヘギンボサム氏
インタビューに答えるエリック・ヘギンボサム氏

――なぜこの危機を想定した報告書を作成しようと思ったのか?

1つ目に、米中対立が注目されていますが、アメリカ国防省の人間も、2026年、2027年という時間枠で衝突の可能性があると発言しています。また2つ目に、メディアや専門家から、「アメリカは台湾を守ることができる」「できない」といった意見が多く聞かれます。そこで私たちは、さまざまな仮定とバランスを考えて、アメリカの抑止力について結論を出せるようなモデルやゲームを作りたいと思ったんです。

――日本が今回の報告書でも非常に重要な役割となっています。

日本がこの作戦の中心であり絶対的な重要性を持っているという点で、あなたの言うことはまったく正しいと言えます。米国が防衛を成功させるには、日本が最低限、米軍の作戦のための基地を提供しなければならないというのが、私たちの基本的な前提の1つなのです。また、自衛隊が直接的に貢献することで、より大きな効果が期待できます。

しかし、最低限、日本に基地がなければ、アメリカはやっていけないでしょう。それに代わるものはないのです。また、改善すべき点はたくさんあります。特に、中国が基地を攻撃してくることを想定して、我々の軍隊と基地を攻撃に対して準備ができるはずです。

机上演習の様子(提供:CSIS)
机上演習の様子(提供:CSIS)

――日本の世論には米軍基地の使用に反対の声もあると思うが?

日本は台湾の孤立が日本にとって、また日本の安全保障にとって、どのような価値を持つかということを考える必要がある。もし中国軍が台湾を占領したら、日本にとって南の島々の安全保障や、海上交通路に重要な影響を及ぼすと思います。

――この戦争が起きる可能性は?日本人に対してのメッセージは?

この戦争は避けられないというわけではなく、中国に対して有効な抑止力を示す限り、そうなる可能性は低いと思います。戦争はひどいものになるでしょう。しかし、戦争は起きる必要がなく、戦争に備えることが戦争を回避する最善の方法かもしれません。

机上演習は24通りの様々なシナリオで行われた(提供:CSIS)
机上演習は24通りの様々なシナリオで行われた(提供:CSIS)

活発に議論される「台湾有事」…日本の行方は?

アメリカ国内では政府の他に民間でも台湾有事などについて、様々な形でシミュレーションが行われている。

2021年にはロイター通信が「台湾危機6つの有事シナリオ」として、日本、アメリカ、台湾、オーストラリアの軍事専門家や、現役と退役軍人らにインタビューを行い、今後の台湾有事のシナリオを検証した。大規模な軍事侵攻から、局地的に「金門島」への侵攻。中国が台湾に対する関税と海域・空域の管轄権を行使し、経済的に台湾を追い込んでいく「物流と往来の分断」ケースや、台湾本島を完全封鎖するケースとなっている。別のシンクタンクでは2027年に台湾有事が起きた場合を想定した机上演習を行い、米中が台湾をめぐり紛争となれば、どちらも優勢となれず長期化するとの結果も発表している。また、日本国内でも2022年8月、日本戦略研究フォーラムが主催する台湾有事を想定した机上演習が行われ、防衛相経験者や国会議員が参加した。

23日からの国会では、岸田首相が推し進める防衛力の抜本的な強化も大きなテーマの1つとなる。岸田首相はワシントンで行った講演で「国際社会は歴史的な転換点にある」とした上で、「我々が奉じてきた自由で開かれた安定的な国際秩序は、今、重大な危機にさらされている」と危機感を強調して、戦後の日本の安全保障政策の転換を図ったことを訴えていた。

日本の防衛力の強化をめぐっては、その予算、財源をめぐって大きな議論を巻き起こしてもいるが、そもそもの前提として、防衛力は日本国民にとっての何を守るためのものなのか。そしてそれを守るため、どういった防衛力が必要で強化するのか。何を犠牲にする覚悟が政府にはあるのか。まだ曖昧な点は否めない。

政府の決断次第では、多くの犠牲が生まれることも加味した上、日本の防衛力の増強については、国会の議論も深めてもらいたい。

(FNNワシントン支局 中西孝介)

引用元:Center for Strategic and International StudiesThe First Battle of the Next War: Wargaming a Chinese Invasion of Taiwan (csis.org)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。