去年11月の中間選挙を受けたアメリカ連邦議会は3日に開会したが、下院の多数派を奪還した共和党内の内紛によって、下院議長が決まらず100年ぶりの再選挙に突入した。

共和党の院内総務を務めてきたケビン・マッカーシー氏が本命視されていたが、党内の保守派「フリーダム・コーカス」を中心とするメンバーが造反し、共和党のバイロン・ドナルズ議員を支持。3日に3回の投票が行われ、4日も3回、計6回投票が行われたが、マッカーシー氏は過半数を得ることができなかった。

4日の6回目の投票の後は3時間以上の休憩を挟み、共和党内で協議が行われたが妥結はできなかった。投票は深夜まで続くかと思われたが、議員の投票によって7回目は5日に再び議会を開会し行われることになった。議会の混乱はますます加速するばかりだ。

連邦議会下院は2日で6回の投票を行ったが議長を選出できなかった
連邦議会下院は2日で6回の投票を行ったが議長を選出できなかった
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造反した保守派はマッカーシー氏のリーダーシップ不足などを厳しく批判した上で、「何百万人の共和党員と連帯している」として徹底抗戦の構えを崩さない。この共和党内の内紛をめぐっては、メディアからも、「迷走」「無能」「分裂」など厳しい批判の声も挙がり、アメリカ議会は年明け早々に機能不全に陥っている。

共和党のマッカーシー氏は下院議長選挙で過半数を獲得できず混迷が続く
共和党のマッカーシー氏は下院議長選挙で過半数を獲得できず混迷が続く

最右派「フリーダム・コーカス」とは

今回の議長選の混乱を起こしている要因の1つは、共和党の中で、最右派の保守系議員連盟として知られる「フリーダム・コーカス(自由議員連盟)」の一部メンバーだ。

共和党の最右派として知られる議員連盟「フリーダム・コーカス」
共和党の最右派として知られる議員連盟「フリーダム・コーカス」

2015年に設立された議員連盟は、設立の際に「ワシントンが自分たちを代表しないと感じている無数のアメリカ人に声を届ける」とする声明を発表。小さな政府を志向し、移民改革などにも反対の論陣を張ってきた。現在は約40人の議員が所属しているとされているが、2021年には「アメリカ・ファースト・コーカス」という分派を立ち上げる動きも見せ、トランプ前大統領に忠誠を誓う議員達も多く所属しているのが特徴だ。

ビッグス議員は投票の最中にマッカーシー氏に議長選の辞退を呼びかけた
ビッグス議員は投票の最中にマッカーシー氏に議長選の辞退を呼びかけた

今回の議長選挙では、このフリーダム・コーカスから約20人が造反し、自らが決めた候補者に投票。中心人物の1人、アンディ・ビッグス議員は「マッカーシー氏は辞退し、次の投票で他の人物を選ぶべきだ」と投稿。マット・ゲイツ議員もウクライナ支援に関連して、バイデン政権の膨大な支援策をマッカーシー氏は支持しているとして「マッカーシーはおかしくなった」と痛烈に批判している。

「フリーダム・コーカス」も分裂・・・さらに混迷

ただ、この議員連盟も一枚岩ではない。この議連に所属する熱烈なトランプ支持者としても知られる、マージョリー・テイラー・グリーン議員は、造反した仲間達を「破壊主義者」などと猛烈にこき下ろした。「造反した議員は国を人質にとって国民のために働くことを妨げている」とも述べて、グリーン氏は共和党の分裂によって議会運営が行われず、本来自分たちが対峙すべき与党・民主党とも議論ができないことなどを挙げ、早期にマッカーシー氏に投票して事態を収拾するよう呼びかけた。

普段は過激な言動で知られるグリーン氏も議会の混乱の早期収拾を呼びかけた
普段は過激な言動で知られるグリーン氏も議会の混乱の早期収拾を呼びかけた

議会が停滞している状況には、アメリカメディアも「政治的無能」「前例のない党内分裂」など、共和党に対して厳しい論調で報じている。さらに、フリーダム・コーカスを批判する声もある一方で、共和党の多数派が議長候補として選んだマッカーシー氏が、不真面目で態度も悪く、今回の混乱に見られるように6回の投票を経ても、政治的な調整も果たせていない点も厳しく批判している。さらに、今回の造反劇をマッカーシー氏との個人的な軋轢にあるとの指摘もある。連邦議会の下院は、予算案や重要法案の審議を進めることができず、ただ国民にとって不毛な時間が過ぎている。

トランプ氏が仲裁も“グリップ不能”に

ここで仲裁に乗り出したのは、トランプ前大統領だ。フリーダム・コーカスの造反した20人の議員は全てトランプ氏と近しい関係にあることから、トランプ氏の動きにも注目が集まっていた。事態が動いたのは4日だ。トランプ氏は自身のSNSに次のように投稿した。

「昨夜は本当に良い会話が交わされた。そして今、私たち共和党下院議員全員がケビン(マッカーシー)に投票し、取引を成立させ、勝利を手にし、クレイジーなナンシー・ペロシがカリフォルニアの地に飛んで帰るのを見届ける時だ。共和党の皆は、大勝利を恥ずかしい敗北に変えないでくれ。ケビン・マッカーシーは良い仕事をするだろう」

トランプ氏はマッカーシー氏と電話会談したことを明らかにした上で、投票を呼びかけたのだ。

マッカーシー氏への投票を呼びかけるトランプ氏のSNS。しかし「フリーダム・コーカス」の決意は揺るがなかった
マッカーシー氏への投票を呼びかけるトランプ氏のSNS。しかし「フリーダム・コーカス」の決意は揺るがなかった

この動きはトランプ氏と近い「フリーダム・コーカス」の議員達を動かすかにも思えた。トランプ氏としては、自らが共和党内に影響力を行使できるところ見せつけ、マッカーシー氏に対しても恩を売れると判断したと思われるが、結果として誰1人トランプ氏の意向には従わず、むしろトランプ氏の株を下げてしまう結果になってしまった。いわばトランプチルドレン達が、すでにトランプ氏でもグリップ不能であるということを鮮明にしてしまった形だ。議会の先行きはさらに混迷してきた。

米紙「共和党は自分たちを食いものにしている」

共和党内の争いについて、批判の声は強まっている。前述した様に、民主党や身内の共和党でさえも強烈に批判する、トランプ氏や、グリーン氏のような議員ですら、この混乱の収束を訴える一方で、造反議員達は態度をさらに硬化させている。共和党の支持者からも、対峙するのはバイデン政権と民主党であって、共和党内の不毛な戦いは何の利益にもならないとの声も強まっている。100年前の再選挙は9回の投票で決着。過去最長の投票記録は1855年~56年に2ヶ月かけて、133回の投票の末に決着したこともある。しかし、この時には奴隷制度や移民をめぐり、アメリカ国内が南北戦争に突っ込む直前でもあり、この混乱期に比べて、あまりに些末な点で議会が空転している点が嘆かれてもいる。

アメリカ議会の混迷は解消されるのか
アメリカ議会の混迷は解消されるのか

民主党を厳しく批判してきた共和党ではあるものの、自らの党内の調整も果たせない様子を国民に晒し続ければ、さらに厳しい目が注がれ、次の大統領選挙にも影響を与えることは必至とみられる。アメリカメディアはこの内輪もめの共和党を「自分たちを食いものにしている」と揶揄もしている。もちろん、与党・民主党もこの状況が続けば、自分達に有利になると、いたずらに投票回数を増やし共和党の失態を国民の前にさらしたい思惑も垣間見え、党派間の駆け引きも強まっている。誰がどのようにこの事態を収束することができるのか、アメリカ国民にとって全く不毛な議会の対立の解消に向けた動きが早期に出てくるのか。今後も行方が注目される。

(ワシントン支局 中西孝介)

中西孝介
中西孝介

FNNワシントン特派員
1984年静岡県生まれ。2010年から政治部で首相官邸、自民党、公明党などを担当。
清和政策研究会(安倍派)の担当を長く務め、FNN選挙本部事務局も担当。2016年~19年に与党担当キャップ。
政治取材は10年以上。東日本大震災の現地取材も行う。
2019年から「Live News days」「イット!」プログラムディレクター。「Live選挙サンデー2022」のプログラムディレクター。
2021年から現職。2024年米国大統領選挙、日米外交、米中対立、移民・治安問題を取材。安全保障問題として未確認飛行物体(UFO)に関連した取材も行っている。