北京市で“反ゼロコロナ政策”の抗議デモが起きた11月27日の夜、私はSNSに投稿された動画などから情報を入手し、午後9時過ぎに現場に到着した。当初はそこまで人も集まっておらず、一部の人たちが声を上げていたという状況だった。
しかし、徐々に人は増え始め、日をまたいだ28日の午前1時過ぎには歩道から車道にまで溢れかえっていた。
それは私が北京に赴任して1年あまりの生活で、初めて見る光景だった。

1000人を超える市民が、目の前にいる警察に臆することなく「マスクはいらない!PCR検査はいらない!自由が欲しい!」と、繰り返しその主張を口にしていた。そして、手にはデモの象徴である「白い紙」を持っていた。
ある中国人は私に対し「このデモの光景は中国では流れない。あなたたち外国メディアによって世界に報じて欲しい」と強く語った。

繰り返された国歌斉唱
北京市のデモでは、参加者らによって中国の国歌「義勇軍行進曲」が繰り返し歌われていた。
中国の国歌には、勇ましいメロディーの冒頭に「立ち上がれ!奴隷となることを望まぬ人々よ!」という歌詞がある。デモに参加した市民は、「この歌はまさに今の私たちのためにある。今立ち上がらなければ私たちは国家の奴隷になってしまう」と話した。参加者らは自分たちを鼓舞するかのように、何度も「立ち上がれ!立ち上がれ!」と繰り返し強く歌っていた。
皮肉にも、国が行う政策に抵抗するために、国歌が歌われていたのである。
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一方で、北京で行われたデモにはある特徴があった。
上海のデモで聞かれた「共産党退陣!」「習近平退陣!」という現体制を直接批判し、習近平国家主席の退陣を求めるような過激な要求は、北京では起きなかったのだ。
参加者の中には「レッドライン(越えてはならない一線)」を意識していたと思われる動きもあった。あるデモ参加者が興奮して、歴史的誤りとされた文化大革命とゼロコロナ政策を重ねて「文化大革命2.0を終わらせろ!」と大声で叫んだとき、別の参加者から「そういうことを言ってはいけない。私たちの訴えはこの不合理な防疫政策をやめさせることだ」と止める場面もあった。

また、デモ参加者に対する警察当局の対応も、車道にはみ出た場合のみ「歩道に戻りなさい」と注意を促すだけで、警察当局が強権的な取り締まりをすることはなかった。警察当局は、力による抑え込みはしないように指示を受けていたとみられる。デモは、最終的には警察に促される形で解散となった。
デモは「怖くない」とは言えないが…
北京のデモ参加者は、取材に対して次のように答えた。
――なぜ、このようなデモが行われた?
新型コロナが発生してからの3年間、中国人は何も話せません。そして生活は今も大きな影響を受けています。
――手に持っている「白い紙」にはどのような意味がある?
この白い紙には「中国では何も話せない」という意味があります。この現実を表すものとして私たちは持っています。
――警察がいる前でデモをすることは怖くないか?
北京のみんなは今日初めてここに集まりました。私には仕事があるし、妻もいるし家族もいます。だから「怖くない」とは言えません。でも私は自由が欲しい。普通の生活が欲しい。今の中国はおかしくなっています。ゼロコロナ政策は愚かな政策。私はこの国を守りたいのです。
また別のデモ参加者は「私たちはゼロコロナ政策の全てを否定しているわけではない。過剰な政策のやり方を批判しているだけだ」と語った。
「北京でデモが起きた」という事実の大きさ
デモが行われてから1週間が経ち、ゼロコロナ政策の緩和とみられる動きが各地で起きている。封鎖されていた住宅や商業施設や飲食店などが開放され、48時間以内の陰性証明がなければ乗れなかった地下鉄やバスも通常に戻った。

こういった動きに対して、日中外交筋の関係者は「やはり首都北京でデモが起きたという事実は大きかった。あの日を境にして厳格なゼロコロナ政策の風向きが変わった」と語る。その上で次のようにも指摘する。
「共産党政権にとっては、市民がデモを行えば要求が通るとは思わせてはいけない。今、北京では表向きは当局の締め付けは穏やかに見えるが、水面下では厳しく締め付けを行っている」
実際、北京のデモに参加した人の元に警察から直接連絡が入り、24時間取り調べを受けたという報告もある。デモ翌日にはSNS上で「北京で再び集まろう」という呼びかけのメッセージが拡散したが、実現することはなく、11月28日以降は中国で“白紙革命”は起きていない。

一方で、中国に端を発した“白紙革命”は世界中に広がった。日本や韓国、アメリカなど少なくとも12都市で抗議集会などが開かれている。
「立ち上がれ!奴隷となることを望まぬ人々よ!」。厳しいコロナ対策で自由が奪われることを「奴隷」にたとえ、人々が立ち上がった。今後、中国はどうなっていくのか。中国北京にいる特派員の1人として、この歴史をしっかりと取材し報じていきたい。
【執筆:FNN北京支局・河村忠徳】