セクハラ、暴言、脅しまで

「練習が終わると呼び出して酒を飲ませ、代表という地位を利用して、太ももを触ったり顔をなでたりするセクハラ行為を繰り返しました」

「グループ活動を続けたければ、言うことを聞け。殺してやるなどの暴言を日常的に言われ続けました」

韓国の11人組ボーイズアイドルグループ「オメガエックス」のメンバーは11月半ばに記者会見を開き、所属会社の女性代表(当時)から1年に渡ってセクハラ行為や暴言を受けたとして涙ながらに訴えた。そして、事務所側に対し専属契約の効力停止の仮処分を申請すると明らかにした。

オメガエックスの記者会見(担当弁護士のホームページより)
オメガエックスの記者会見(担当弁護士のホームページより)
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事務所代表によるメンバーへの暴言はファンにも目撃されていた。

10月末、オメガエックスはアメリカ・ロサンゼルスでワールドツアー最後の公演を終えたところだった。

本来なら公演の成功を分かち合うべき場面で、女性代表がメンバーを罵倒していた。

「お前らのような××たちが人から愛されると思うの? 自分の力で(スターに)なれたのじゃないでしょう」

体調が悪く起き上がれないメンバーに対しても、代表は金切り声で執拗に罵声を浴びせ続ける。

「辛くて死にそうだって?あなた、アイドルやめなさいよ」

「私が何度倒れたか知ってるの?起きろ、起きろ、起きろってば!」

オメガエックスの公演(オメガエックスのフェイスブックより)
オメガエックスの公演(オメガエックスのフェイスブックより)

この映像がSNSに投稿されテレビでも放映されると、波紋が広がった。

所属事務所側は「食事の席で双方が残念な部分について話しているうち、感情的になった」と釈明。不祥事の発生と事務所の不十分な対応を謝罪するとともに代表の辞職を発表し、事態の沈静化を図ろうとした。

しかし、オメガエックスのメンバーは納得せず、代表のパワハラを訴える異例の対応に踏み切った。

オメガエックスは既に別グループでアイドルとして活動していたメンバーが集まり、2021年6月から活動(オメガエックスのフェイスブックより)
オメガエックスは既に別グループでアイドルとして活動していたメンバーが集まり、2021年6月から活動(オメガエックスのフェイスブックより)

こうしたK-POPアーティストと事務所間のトラブルは後を絶たない。

背景には、K-POPスターの育成と成功にかかわる構造的な問題が存在している。

今も残る「奴隷契約」、事務所トラブル

韓国は過酷な超競争社会だ。

親の資産や所得が子供の大学入試や就職にも影響し、若者の一生を左右することから、親の裕福さによって金、銀・銅・土に階級が分かれる「スプーン階級論」が広がっている。

「土のスプーン」とされる金銭的な余裕のない家庭や地方出身者が、社会的成功を収めるのは容易ではないのが現実だ。

このうちエンタメ業界は、「スプーン階級論」を超えて成功をつかむ可能性がある数少ない分野といえ、毎年多くの若者がスターを夢見て挑戦する。

多くの若者がスターを夢見て挑戦する(オメガエックスのフェイスブックより)
多くの若者がスターを夢見て挑戦する(オメガエックスのフェイスブックより)

K-POPアーティストの育成には独自のシステムがあることが知られている。事務所がアイドルやアーティスト志望者を集め、オーディションで選抜した後、合宿生活をさせながら、ダンスや歌、海外進出のための語学教育などのトレーニングを数年間にわたって課す。毎日の過酷な練習とメンバー間の競争に勝ち抜いた練習生だけが、ようやくデビューの日を迎えることができる。

4~5年に及ぶトレーニング期間中の費用は事務所が負担する分、契約期間は最長7年と長い。

事務所は才能と実力のある若者に投資する代わりに、事務所側に有利な立場で契約することができる。

以前は契約期間が10年以上の「奴隷契約」が珍しくなかったが、2009年に人気グループだった「東方神起」が専属契約をめぐって訴訟を起こしたのが契機となり、契約期間が最長7年に変更された。

それでも「奴隷契約」が完全になくなったわけではない。

特に小規模のマネージメント会社では、K-POPアーティストを日常的に搾取し、彼らの行動に厳しい管理を課し、場合によっては言葉や身体的虐待を加えているという。

所属事務所の扱いが不当だと思ったとしても、公の場で批判することは難しい。

グループを脱退させられたり、トレーニングにかかった費用の返済を求められたりすることを恐れ、多くのアーティストは口をつぐむしかない。

「商品ではなく人間として尊重して」

K-POPアイドルが事務所と対等な関係を築くことは構造的に難しく、力関係は歴然としている。

オメガエックスのメンバーも事務所の告発を決意するのは容易ではなかった。

「今までじっと我慢してきた理由は、我慢しなければ最後のチャンスが消えるのではないかと恐かったからです。でもファンや、メンバーたちを守るために勇気を出しました」

「音楽を愛し、舞台を愛する者として、商品ではなく人間として尊重してほしかった」

デビュー500日記念(オメガエックスのフェイスブックより)
デビュー500日記念(オメガエックスのフェイスブックより)

今後本格化する、オメガエックスと事務所の裁判は難航しそうだ。

事務所の女性代表は辞任したが、セクハラなど一連の不正行為については否認している。

さらに、事務所側はトレーニングのためメンバー1人当たり3億~4億ウォン(約3000万~4000万円)の費用が発生したとして、これを返却するよう各メンバーに求めたとされる。

米紙ニューヨークタイムズによれば、女性代表は所属事務所の負債を補填するよう求めたのは正当な理由であり、メンバーたちはより大きな事務所に移ることを正当化するために彼女を告発したと考えていると主張した。

きらびやかな成功に包まれたK-POPアイドル。

メンバーの構成も多国籍化し、その人気は世界的に広がっている。

一方で、徹底したトレーニングと管理によって育成されたK-POPアイドルに対しては、「没個性的で事務所の言うなりに動いている」との批判も聞かれる。

K-POPスターを生み出す構造に内包されている負の部分をいかに克服していくのか。オメガエックスの裁判は試金石の一つとなりそうだ。

【執筆:フジテレビ客員解説委員 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。