「機械になった感じ」…メンバーの苦悩

「Kポップとアイドルシステム自体が人を成熟させない」(BTSリーダー・RM)

「機械になってしまった感じ」(JIN)

「(曲を書こうとしても)今は何が言いたいのかわからない」(SUGA)

活動休止を発表したBTSメンバーの告白には、9年間の活動による精神的・肉体的な「疲労感」「枯渇感」がにじみ出ていた。

2013年にデビューしたBTSは、各種新人賞を総なめし、その後もめざましい活躍を続けてきた。2017年には初のミリオンセラーを記録、アメリカのビルボードにもランクインし、K-POPの旗手として世界的にも注目を集め始めた。

2020年に初の英語シングル「Dynamite」が発売されると、BTSは韓国の歌手として初めてビルボード「ホット100」チャートで1位を獲得し、通算で3週1位の座を占めた。続く「Butter」も同「ホット100」で9週連続1位を記録した。さらにBTSは、アメリカで最も権威のある音楽の祭典「グラミー賞」に2年連続ノミネートされる快挙を果たした。

まさに、韓国を代表する韓流トップアーティストに上り詰めたBTSだが、その重圧は計り知れないほど大きかった。

アメリカ市場を意識した英語の曲「Dynamite」や、「Butter」、「Permission To Dance」は本来のBTSスタイルとは異なると指摘されている。RMも「Dynamiteまではグループが自分の手にあった感じだったが、ButterとPermission To Danceを発表してからは、自分たちがどんなグループなのかよくわからなくなってしまった」と語っていた。

BTSはもともと、ヒップホップを主体に同世代の若者が直面する問題や悩みを歌に乗せ、激しいダンスとビートで表現してファンを獲得してきた。しかし、世界進出に伴い、より大衆性を重視せざるを得なくなった結果、BTS本来の持ち味が薄れつつあった。この点をめぐってメンバーの間には意見の相違もあったという。

韓流アーティストへの“重圧”

所属会社HYBE(当時はビッグヒットエンターテインメント)の株式上場により、会社規模が拡大したことや、K-POPの世界的な人気で、韓流コンテンツが国家の重要産業のように扱われ始めたことも重圧になった。

HYBE(ハイブ)の年間売上(連結基準)1兆ウォンのうち70%はBTSが占めるとされることから、BTSが活動休止を発表すると、ハイブの株価は1日で約25%急落した。

韓流コンテンツの輸出に与える影響も無視できない。K-POPの2021年のアルバム輸出額は前年比66.7%増の2億2526ドルに達し、過去最高を更新した。BTSはそのけん引役として注目と期待を一身に集めてきたのだ。

バイデン大統領と面会(ホワイトハウス・5月31日)
バイデン大統領と面会(ホワイトハウス・5月31日)
この記事の画像(2枚)

曲作りなどアーティストとしての表現活動に制約が加えられる一方、国連やホワイトハウスなどに招待され、平和や多様性の尊重といった「大きなメッセージ」の発信を求められる。

韓国の代表としての顔と役割も果たさなければならず、BTSは想像以上の重圧に耐えなければならなかったに違いない。

K-POPアイドルの過酷な日常

BTSだけではない。

華やかな活躍の裏で、K-POPアイドルは過酷な現実にさらされている。

デビュー前は練習生として宿舎での団体生活を余儀なくされ、朝から晩まで分刻みのスケジュールでレッスンに明け暮れる。プライバシーがないだけでなく、食事をしたり眠ったりする時間が十分に取れないことも多いという。

デビューに成功し人気アイドルの仲間入りができたとしても、状況が良くなる保証はない。ヒット歌手の売り上げが会社の利益に直結する場合が多いため、休みを取ることもままならないからだ。

BTSも9年間の活動期間中、長期の休暇が取れたのはわずか2回。メンバー7人は宿舎で団体生活を送ってきたが、活動の一時休止に伴い、ようやく別々に暮らし始めたことを明らかにした。

過密スケジュールや活動のプレッシャーにより、アイドルが体調を崩す事例が相次いでいる。聯合ニュースによれば、ガールズグループTWICEのメンバーが不安症状を訴えて、活動を休止した時期があった。パニック障害などでグループを脱退するケースも少なくないだけでなく、最悪の場合、自殺に追い込まれるなどの事例も後を絶たない。業界内には、BTSの活動休止を機に、「練習生、デビュー、過密スケジュールといったK-POPアイドルの構造そのものを見直すべき」との問題提起がなされている。

所属事務所HYBEに税務調査か

HYBEは2005年に設立。BTSが世界的な人気を集めてから売り上げを伸ばし、2021年にはエンタメ企業としては初めて年間売上高1兆2559億ウォン、営業利益1902億ウォンを達成した。

HYBEは第1四半期基準でWEVERSE COMPANY、BIGHIT MUSIC、PLEDIS Entertainmentなど17の系列会社を有する。このうち、日本、米国、中国、香港など海外法人が計9社だ。特に昨年4月、1兆ウォンをかけ、ジャスティン・ビーバーやアリアナ・グランデらグローバルポップスターが所属する米総合メディア企業Ithaca Holdingsを買収したりもした。

こうしたHYBEの事業拡張と海外子会社設立などに国税当局は関心を寄せ、調査に着手したもようだ。国税当局はHYBE社屋に調査官を送り、会計帳簿の一切を確保したという。

【執筆:フジテレビ客員解説委員 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。