アメリカの中間選挙は11月8日に投開票される。大統領選挙の中間にあたるこの選挙は、時の大統領の「通信簿」と本来位置づけられる。しかし今、支持率の低迷する現職のバイデン大統領から主役の座を奪っているのはトランプ前大統領だ。

トランプ氏が候補者の応援演説に駆けつけると、熱狂的な支持者が数千人から数万人集結し、2024年の大統領選を見据えた「代理戦争」の様相を呈してもいる。最新の情勢では、トランプ氏の野党・共和党は下院の過半数を確保し、上院でも大接戦に持ち込む公算だ。
トランプ氏を支える「MAGA運動」
そのトランプ氏の力の源泉は「MAGA(マガ)」と呼ばれる、「Make America Great Again(アメリカを再び偉大に)」の頭文字からとった政治運動にある。
なぜ、大統領選挙で敗北したトランプ氏は未だに求心力を維持し、今回の選挙でも主役の座に躍り出ているのか。私たちは、熱烈なMAGA運動家で、ドラァグクイーンとしても活躍するレディー・マガ(MAGA)・USAさんの取材を通じて、その一端を垣間見ることができた。

「ワシントンDCにいては本当のアメリカは理解できない」。ある外交官から言われた言葉がとても印象に残っている。
確かにアメリカの首都ワシントンの住民は、大多数が与党・民主党支持者だ。共和党やトランプ氏の支持者は圧倒的な少数派であるため、なぜ彼らがアメリカで一定の力を持ち、今回の選挙でも議会の多数派を奪還しようとしているのか見えてこない面も大きい。
リサーチを続けた結果、SNSを中心に活動するMAGA運動家で、ドラァグクイーンとしても活躍する男性が目にとまった。取材をお願いすると快く承諾してくれ、私たちは彼が住むユタ州を訪ねることにした。
アメリカ西部のユタ州は、グレート・ソルトレイク湖やロッキー山脈などの自然に恵まれ、約320万人の人口の8割以上を白人が占める共和党の地盤だ。「末日聖徒イエス・キリスト教会(モルモン教)」の信者が多いことでも知られ、州都ソルトレイクシティには有名な大聖堂もある。

この街で私たちを自宅に迎えてくれたのは、ライアン・ウッズさんだ。
「ハロー!こんにちは!」。ライアンさんは、日本で挨拶すると、自宅内を案内してくれた。部屋は「西部開拓」や「海賊」などのテーマごとにデコレーションされ、1匹の猫と生活していた。

気さくに色々と話をしてくれたが、インタビューを開始すると真剣な表情に変わった。
「私は盲信的なトランプ支持者ではない。有名人だから好きなのではなく。彼を崇拝するわけでもない。トランプの全ての行動を精査した結果、支持することにしたのです」
過去には自殺未遂も…「言論の自由のために立ち上がりたかった」
「MAGA運動は、アメリカ独立以来、アメリカの歴史における愛国心、真実、自由の最大の運動であり、これが、私たちがすべての人のための自由のために立ちあがる理由です」
ライアンさんはMAGAの意義を強調し、「レディー・マガ・USA(LADY MAGA USA)」というドラァグクイーンの活動について話を始めた。
「私は男性ですが、演劇が好きで、衣装が好きで、化粧が好きなんです。レディー・マガ・USAは私のキャラクターであり、誰もがアメリカを愛するべきであること示すために使うペルソナなのです」

ライアンさんは、モルモン教徒の家庭に8人兄弟の末っ子として生まれた。ゲイであるとカミングアウトしたが、その後に悩み続け、自殺未遂も起こしたという。しかし、子どもの頃から好きだった、ダンスや歌に希望を見いだし、2016年からドラァグクイーンとしての活動を始める。その後、ライアンさんは2019年にトランプ氏の支持を表明したが、その理由をこう話した。
「今のアメリカには言論の自由は存在しません。ツイッター、インスタグラム、フェイスブック、彼らは保守派を黙らせている。私は言論の自由のために立ち上がりたかったのです」
さらにライアンさんは、バイデン政権が「分断」や「対立」を深めていると厳しく批判した。
「バイデン大統領はアメリカのために何をしたでしょうか?彼は我々を団結させると言った。しかし、彼は我々を分断した。彼はアメリカを最低にしています。他の国は自国の利益と国民を第一に守るが、バイデンはそうではない」

トランプ支持で「家族、友人、仕事、全てを失った」
ただ、トランプ氏の支持を表明したことは、ライアンさんの人生を激変させたという。
「民主党や左派の人たちに唾を吐かれたこともあります。殺害予告も受けました。襲撃を受けて殴られたこともあります。その中には私のかつて友人だった人もいます」
さらに、勤務していた航空会社は「危険人物」として解雇され、所属していたLGBTQのコミュニティからも追放され、ドラァグクイーンとしての仕事も無くなったという。
「私は全てを失った。仕事を失った。友人も失った。家族さえも私を切り捨てた」
ライアンさんは、涙ながらにその時の状況を語っていたが、後悔はしていないという。
「私は自分の信じるもののために立ち上がり、自由のために立ち上がり、真実のために立ち上がりました。MAGA運動で出会ったトランプ支持者の家族は、私の人生で出会った中で最高の人たちです。黒人、アジア人、ヒスパニック、ベトナム人、私たちはみんな一緒になっています」

「レディー・マガ」の活動に賛同の声
ライアンさんはこのインタビューの後に、約2時間かけて、ドラァグクイーンの「レディー・マガ・USA」に変身した。


そして、友人とともに、中間選挙で出馬している共和党の候補者のイベントに出席。会場にいるドラァグクイーンはもちろん1人だけで、多くの人の視線を集めていたが、写真を一緒に撮ろうという人や、話しかけてくる人は後を絶たなかった。

候補者が「レディー・マガさんの姿が見えますね!」と演説するなど、知名度も高いようだ。

会場にいる人たちにレディー・マガさんについて聞いてみると、「SNSが大好きで、レディー・マガは特別な存在です」との声や、「素晴らしいメッセージを発信している」などと活動に賛同の声が多く聞かれた。

「銃が人を殺すのではない。人が人を殺す」
翌日に訪れたのは、ソルトレイクシティにある射撃場。ライアンさんは、第2次世界大戦中にフランスで戦ったアメリカ軍兵士を催した衣装で登場した。ここで、友人とともに銃を撃ちながら、生配信で「銃の権利」を訴えていたのだ。私は初めて射撃場を訪れたが、大きな銃声には驚きを感じた。

中間選挙では、相次ぐ銃犯罪によって「銃規制」も争点の1つになっているが、レディー・マガさんは、こう反論した。
「私たちの建国の父たちは、人々は暴君的な政府から家族や自由を守るために常に準備しておくべきだと知っていました。だから、私たちには憲法修正第二条(武器を保持、所持する権利を保護する条項)があるのです」

さらに、銃の権利について友人とともにこうも生配信で強調していた。
「銃が人を殺すのではない。人が人を殺すのです」
MAGAの活動は「人生の一部」
レディー・マガさんは、この活動をいつまで続けるのか?との私の問いにこう答えた。
「トランプが次の大統領選に出馬しなくても、私は今の活動を続けます。自由のための戦いは、私が生きている限り続く。そして、私の心の中にあるレディー・マガ・USAは私の人生の一部であることを知っています。だから、何があっても続ける。」

さらに日本に対してのコメントとして、「礼節と謙虚さ、勤勉でパワフルなところが素晴らしいと思う。私の夢のひとつは、いつか日本に行くことです。日本は驚異的な国です。他の国ももっと日本のようになるべきだ」と話していた。

トランプ氏によって広まったとされる「分断」や「対立」は、バイデン政権になっても収まることはなく、さらに拡大し、深刻化する一方である。
MAGAとされる人たちが、何を考え、思いながら活動しているのかという点で、非常に興味深い取材となった。民主党、共和党にかかわらず、個人としてアメリカの人たちには親切に対応してくれる人が多い一方で、政治や思想の話になると、根深い溝を感じるところが多い。それは日に日に強まっているのかもしれない。
今回の中間選挙ではどのような結論が出るのか。また、その先にある大統領選挙はどうなっていくのか。早くもトランプ氏は演説で「15日に重大発表をする」と明かし、次の大統領選挙への出馬表明ではないかと注目を集めている。アメリカの向かう先を、これからも追い続けていきたいと思う。
【執筆:FNNワシントン支局 中西孝介】
