9月7日の円相場は一時1ドル144円を突破し、1998年以来、24年ぶりの円安水準を更新した。円安にはどんなメリットとデメリットがあるのか。円安や物価高という課題に対し求められる経済政策とは何か。BSフジLIVE「プライムニュース」では、自民党の政策責任者と経済の専門家を招き徹底議論した。
急速な円安は輸出業に追い風だが、中小企業や家計にダメージ
この記事の画像(12枚)長野美郷キャスター:
ドル円の推移。2022年3月には1ドル115円前後だったが、半年間で約29円の円安が進み、9月7日には一時144円台まで値を下げた。この急速な円安について。
会田卓司 岡三証券チーフエコノミスト:
あくまで日本発の円安ではなく米国発のドル高。FRB(米連邦準備制度理事会)はインフレ抑制のため、景気の後退を覚悟してでも利上げを続けている。マーケットの予想よりFRBの引き締めの覚悟が強く米国経済も耐えているため、円安が加速してきた。米国経済が減速する懸念をマーケットが持ち始めればドル安円高に転ずるが、どれほどの時間がかかるか。
早川英男 東京財団政策研究所主席研究員:
正直、この144円には驚いた。8月末のジャクソンホール会議での「利上げを続ける」というパウエルFRB議長発言で140円に乗ったことは予想通りだが、その後、大した材料もなく144円にまでなった。マーケットに勢いがついてしまった感じでは。
長野美郷キャスター:
鈴木財務相は「憂慮している、継続すれば必要な対応をとる」と発言。
赤澤亮正 自民党政調会長代理:
水準について述べる立場にないが、大臣発言の通り動きが急。ただエコノミストの間では、アメリカの景気過熱は年内には収まり、ドルが安くなるとの見方がある。継続するかどうかがポイント。
反町理キャスター:
輸出産業には追い風となるが、日本にとっていい円安なのか。
会田卓司 岡三証券チーフエコノミスト:
いい円安と思う。米国経済が堅調な中でのドル高円安であり、当然輸出業者には大きなメリットがある。ただ今後のデメリットとして、円安が止まる過程で米国経済が減速するとき一気に逆風が吹く。それまでに日本の内需を強くしておかなければ。そのためには、非製造業を含め、いかにこの円安局面で国内の投資を増やすか。
早川英男 東京財団政策研究所主席研究員:
円安にはプラスとマイナス両面がある。グローバル大企業にはプラスがあるが、中小企業や家計にはマイナス。決して歓迎できない。円安の背後には、長期金利をびた一文動かさないという日銀の政策の影響がある。これは反動としての大幅な円高にも繋がる。今の日銀の、為替の変動を大きくする政策は本当によいのか。
物価高は家計に痛手 特定世帯への5万円給付では足りない
長野美郷キャスター:
エネルギーはじめ、様々な物価の上昇に円安が拍車をかけている。総務省が8月に発表した7月の生鮮食品を除く消費者物価指数は2.4%の上昇。10月には年内最多となる約6500品目が値上げ予定。企業にメリットがある一方、国民生活には大きな痛手では。
会田卓司 岡三証券チーフエコノミスト:
当然痛手。財政政策でしっかり家計に支援をすること。2022年4~6月期の国民総所得でコロナ前の2019年平均と比べて下回った9兆円分は、すぐに財政政策で埋める必要がある。国民一人あたり10万円の給付をやってもよい。消費税率も引き下げる、あるいは他の減税という形を取るべき。困窮した状態にない強者の論理は、この局面では通用しない。
長野美郷キャスター:
岸田総理が物価高に対応すべく現金給付を検討中と報じられた。給付は1世帯当たり現金5万円程度で、対象は住民税非課税世帯と物価高の影響で収入の減少が続いている世帯、約1600万世帯となる見通し。会田さんのご提案では、特定世帯へ5万円ではなく全員に10万円とのことだが。
赤澤亮正 自民党政調会長代理:
多くのやり方を組み合わせて、最大限に効率よく国民を支えるための議論をしながらやっている。当面はその5万円の給付と、食費・光熱費にあたる部分。一次産業の生産者を支えることも含めて。
財政健全化は先の目標としつつ、財政支出で企業への刺激を
長野美郷キャスター:
アメリカは物価の高騰に対応し、FRBが利上げによる景気の引き締め策を行っている。日銀の黒田総裁は8月27日、「賃金と物価が安定的かつ持続可能な形で上昇するまで、持続的な金融緩和を行う」と、改めて日本が金融緩和を続ける姿勢を示した。
会田卓司 岡三証券チーフエコノミスト:
これは当然。コロナ禍で日本経済が耐えられたのは、政府と日銀が一体となって企業の流動性を支え、いつでも資金調達できる安心感がある環境を作り出したから。円安を止めるために日銀が利上げをすれば、企業はリストラや賃金引き下げに走り、当然日本経済は大きく底割れしてしまう。金融緩和の継続で下押しを受けてしまうところは政策で支援。政治家の知恵が試されるところ。
長野美郷キャスター:
岸田政権が6月に決定したいわゆる「骨太の方針」には、「財政健全化の『旗』を下ろさず、これまでの財政健全化目標に取り組む」とある。一方、重要な政策の選択肢を狭めることがあってはならないとも明記。
会田卓司 岡三証券チーフエコノミスト:
一定先の財政健全化は目標としてあるが、企業が十分投資をするようになって家計に所得が回るようになるまで、目先は重要な政策を打って企業を刺激する。今度の「新しい資本主義」は、政府もグリーン・デジタル・経済安全保障・先端科学技術などへの成長投資をするから、民間も投資してみないかというもの。財政支出が拡大すれば、家計に所得が回る。円安の追い風も吹き、30年間の日本経済の低迷を脱する千載一遇のチャンス。
早川英男 東京財団政策研究所主席研究員:
重要な政策の選択肢を狭めることがあってはならないが、コロナ禍で質の悪い財政支出がものすごく増えており、思い切って減らしても全然差し支えない。物価高対策にしても、脱炭素と言いながらガソリンに補助金を出している。
赤澤亮正 自民党政調会長代理:
それは短期と中長期の違い。今生活が苦しい国民がいて、光熱費を出せず凍死する人が出たとき、脱炭素だから甘んじて受けろとは言えない。自民党内では、本当に必要な予算を確保することと財政規律がせめぎ合っている。どちらも当たり前。「無駄」の考え方は政治家一人一人、国民もきっと違う。何が無駄かについて、いつも議論をしている。ずっと財政規律も守りながら、本当に必要な予算を確保してやってきた。その結果が1200兆円の借金かと言われればベストの状態ではなく、反省する点はあるが。
賃金増のため「企業の投資促進と雇用流動化」が必要
長野美郷キャスター:
そもそも賃金が上がれば、家計への影響は最小限となる。だが、厚労省が発表した毎月勤労統計調査によれば、物価上昇の影響を除いた7月の実質賃金は前年同月比1.3%減で、4カ月連続でマイナスに。一方で企業の内部留保は一貫して増え続けており、2021年は516兆4750億円と過去最多に。なぜ賃金に回らないか。
会田卓司 岡三証券チーフエコノミスト:
家計が弱いから。
反町理キャスター:
家計が弱いと企業は内部留保するから、投資にも賃金にも回さない。例えば金融緩和や円安によって輸出関連企業が内部留保を貯めていく構図があるなら、それは間違っていることにならないか。
会田卓司 岡三証券チーフエコノミスト:
間違っていない。そういうサポートがなければ企業はリストラしているはずで、家計はもっと弱体化してしまう。だが財政が足りなかった。この20年間、消費税を2回も上げて家計を弱らせた。その上で投資して国内で儲けろと企業に言っても、儲けられるわけがない。ただ、内部留保の増加は投資が足りないことを意味し、国際競争力で負けるデメリットがある。早く投資に回せる環境を作らなければ。
早川英男 東京財団政策研究所主席研究員:
1997〜98年にいわゆる金融危機があり、多くの日本企業に倒産への恐怖感が生まれて賃金を増やさなくなった。企業はとにかく貯める行動を始め、デフレが進んだ。しかし、賃金を上げなくてもあまり労働者は文句を言わない。事実上、大企業のカルテル行為。また日本的な終身雇用を前提にすれば、買い手独占の状態。これらにより賃上げをせず、労働組合も対抗しないのなら、かつて安倍元総理がやったような官製春闘で対抗したっていい。
長野美郷キャスター:
アメリカは日本よりも圧倒的には物価の上がり方が激しいが、賃金の上がり方も激しい。辞めやすく、次により良い給料で雇われるという雇用の流動性が日常化している。それは日本にも必要か。
早川英男 東京財団政策研究所主席研究員:
進めていかなきゃいけない。そしてDX(デジタルトランスフォーメーション)、人への投資、企業の雇用改革を3つ一緒にやらないと効果は出てこない。
赤澤亮正 自民党政調会長代理:
賃金が上がらない理由のひとつは労働分配率の低さ、あるいは労働者の流動性の低さ。私が強調したいのは、日本的雇用慣行とデフレマインド。今日より明日がいいと思えなければ、企業に対する忠誠心も強い中、他企業と比べて賃金が安くても簡単に移ろうとしない。また兼業も流動性を高めるが、地方企業などでは内規で兼業を禁止しているところが多い。給料は民間が決めるべきものであり官製春闘という言葉は使わないが、最低賃金引き上げ、優遇税制、政府からのお願いを含めて努力を続けなければいけない。ぶれない金融政策、財政政策が必要。
BSフジLIVE「プライムニュース」9月7日放送