8月2日、アメリカ・テキサス州で、ある殺人事件の裁判が始まった。被告人の名はヤーサー・サイード(65)。14年前、自分の娘2人を殺害した容疑で指名手配され、12年間逃亡していた男だ。

娘たちの行動を監視
事件が起きたのは2008年1月1日。テキサス州アービング警察の911番コールセンターに午後7時半頃、「パパに撃たれた。助けて。死んじゃう!」と少女からの通報が飛び込んだ。
その1時間後、ホテルの外に停められたタクシーの車内で少女2人の遺体が見つかった。

2人は高校生の姉妹で、姉のアミーナ・サイードさん(当時18歳)は2回、通報したとみられる妹のサラさん(当時17歳)は9回、銃で撃たれていた。

警察は、姉妹の父親でタクシー運転手のヤーサー・サイードを指名手配した。最後に2人といたのを目撃されているこの父親は、事件後に姿を消していた。
姉妹の友人や母方の親戚たちによると、サイード被告は家で暴言や暴力を振るい娘たちの行動を常に監視するなど、行き過ぎた言動で家族を支配していたという。
娘を監視する様子をとらえた映像には、娘が「客に笑いかけた」と怒りをにじませるサイード被告を、同席者が「それも仕事のうちなのよ」となだめるやりとりが残されていた。

のちにドキュメンタリー映画も作られたこの事件は、アメリカで起きた「名誉殺人」として、広く知られることになる。
一部の文化圏の、主に女性が被害者になる名誉殺人は、「一家の名誉を汚した」と見なされた人物を、「不名誉から家族を守る」という名目で親族が殺害するものだ。エジプト出身でイスラム教徒のサイード被告は、西洋文化がいかに娘たちを堕落させるかについて喚き散らしたり、アミーナさんが自分に隠れてイスラム教徒以外のアメリカ人と交際していると知った時は、激怒し、銃を突きつけたこともあったという。
2014年、FBIはサイード被告を、最重要指名手配犯10人のリストに追加。逮捕につながる情報に10万ドルの懸賞金がかけられた。それから6年近くが経った2020年の8月、事件現場から50キロほど離れたテキサス州ジャスティンの民家でサイード被告は逮捕された。民家のガレージには隠し部屋があり、逃亡者を匿ったとしてサイード被告の弟と息子も逮捕された。
「父は私たちの生活を悪夢に…」
そして2022年8月2日、サイード被告の裁判が始まった。検察側は証人としてサラさんの当時の交際相手を召喚。元交際相手は「彼女は父親に交際が知られたら、僕か彼女に何かが起こると強調していた」と証言した。
「父は私たちの生活をただただ悪夢にしています。私たちを捜し出し、間違いなく殺すでしょう」。検察官は、事件の10日前にアミーナさんが高校の教師に送ったメールを読み上げた。
交際が父親に知られ、身の危険を感じたアミーナさんとサラさんは、事件の7日前の2007年12月25日、母親と共に家を逃げ出してカンザス州の親戚の家に一旦身を寄せ、オクラホマ州で新たな生活を始めようとした。しかし、母親に説得されて、31日には自宅に戻ったという。

2人の母親のパトリシアさんは、何度も娘たちと家を逃げ出したことはあるものの、恐怖から結局はサイード被告の元に戻らざるを得なかったと語っている。事件が起きたのはその翌日、サイード被告が2人を食事に連れていく、と出かけた時だった。
検察側は「彼女は助けを求め、犯人は父親、ヤーサー・サイードだと言っている」と指摘。一方で弁護側は、通報の音声は不明瞭で聞き取れないと反論し、「司法当局はイスラム教徒であるサイード被告を標的にし、自分たちの筋書きに合うようにその文化自体を悪者にしようとしている」と主張した。

弁護人:
あの夜あなたは娘たちを殺しましたか?
サイード被告:
いいえ、もちろん殺していません。無実が証明されようとも、私は有罪なのです。
時に通訳を介して供述を行ったサイード被告は、娘たちの交際については気に入らなかったと認めたものの、殺害は否定。事件のあった夜は、誰かにつけられているのに気付いて自分が狙われていると思い、娘たちに危害が及ぶのを防ぐために1人でタクシーを離れたと主張した。
サイード被告(通訳):
車は好きに使いなさい、と言いました。
検察官:
娘たちが車で惨殺されるよう、その場に残した?
サイード被告(通訳):
殺されるなんて思いませんでした。
また、逃亡していたことについては、自分への悪意に満ちた報道の裏に何かがあると感じ、公平な裁判は受けられないと思ったと話した。証言台で、自ら無実を訴えたサイード被告だが、9日、陪審員が3時間の審議の末に出した評決は、極刑に値する殺人罪で有罪。
ダラス郡の地方検事局は、2019年からいかなる事件の被告人にも死刑を求刑していないため、サイード被告には仮釈放なしの終身刑が言い渡された。弁護側は控訴する構えだという。
この事件で取り沙汰された名誉殺人は、家族や地域が共謀して行ったり、隠蔽する場合も多いため特定が難しいという。その実態は掴めておらず被害者は世界中で、年間5000人とも2万人ともいわれている。
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