三重県伊勢市に、真っ白な十割そばやそばがきなどを味わえると人気のそば店がある。修業を積んで開店したばかりだが、店主1人で営む店は完全予約制。いまや1か月待ちだ。
たとえ1人でも店を営んでいこうと決めたのは、学生時代に引きこもり、迷惑をかけた母への「恩返し」への気持ちからだった。

愚直に真っ直ぐに…スローペースでも一人で店を切り盛りするそば職人

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三重県伊勢市にある「生粉(きこ)打ち蕎麦処 武藤」。

女性客A:
ん~!あまい!

女性客B:
おいしいです!このまま食べてもおいしいような感じです

そばの風味が口いっぱいに広がる、十割そば。なのに、のどごし良く、つるっと食べられる。このそばを作っているのが、そば職人の武藤伸吾さん(45)だ。

この店では、自家製のそばがきや天ぷら、そしてメインのそばと、そばをメインとしたコース料理が楽しめる。だが、店のメニューの表紙には「お待ちいただく時間が長くかかる」とのお断りが。

実は武藤さん、素早く動くことが得意ではない。そのため、時間がかかってもマイペースでできるよう、1人で店を切り盛りしていた。

武藤伸吾さん:
そばは盛り付けた瞬間からどんどん劣化しはじめるので、できるだけいい状態で食べていただけるように、完全予約制にさせてもらっていて。僕が1人で切り盛りさせてもらっている

メインは「更科粉」だけの十割そば…1か月待ちの「蕎麦づくしコース」

開店3時間前の午前8時。武藤さんは1人で仕込みと開店の支度をしていた。テーブルのセットも自ら行う。あとは料理の仕込み。
ほとんどを前日に準備し、残りはそこまで多くないというが…。

武藤伸吾さん:
僕の根本的な動作の遅さ。無駄に丁寧にしてしまう感じなんですよ

実は武藤さん、素早く動くことは得意ではないため、マイペースでできるよう1人で、店を切り盛りしている。特に時間がかかるのが「天ぷら」。そこで武藤さんがやっているのは…。

武藤伸吾さん:
二度揚げするのも、2回目はちょっと短縮できるもんで

1度揚げた後に置き、食べる前もう一度揚げる「二度揚げ」。油のしつこさが落とせて、衣はサクサクに、具材はやわらかくなるという。

開店の11時。予約のお客さんがやってきた。一人でさばけるよう、午前は6人、午後は8人という完全予約制にしている。

自宅を改装して2022年4月にオープンした「生粉打ち蕎麦処 武藤」。緑が映える庭を眺めながらおいしいそばをゆっくりと楽しめると、SNSなどでたちまち評判に。現在は、1か月先まで予約が埋まっているという。

女性客C:
ぜんぜん(予約が)取れなかったの。待って待って、やっと今日取れたので

そんなお客さんのため、厨房で武藤さんが調理を始めた。メニューはコース料理のみだ。

一品目は、粗びきのそば粉に水を足して約10分間練りあげた、自慢の蕎麦がき。お餅のような柔らかく粘り気のある食感と、豊かなそばの風味がたまらない逸品だ。

次は、旬の野菜を使った日替わりの天ぷら。

この日のおススメは、旬の赤たまねぎだ。二度揚げしたサクサクの衣と、たまねぎの甘みが楽しめる。

天ぷらのあとは、いよいよメインのそば。武藤さんも気合が入るが…。

武藤伸吾さん:
ここ失敗したら終わっちゃうんですよね。これもできるだけ俊敏にしないと、どんどん伸びていっちゃうんで、難しいところなんですよ

時間との勝負。精一杯、素早く盛り付ける。

ちなみに、この真っ白なそばは…。

武藤伸吾さん:
更科そばです。そばの実の中心の真っ白い部分だけで、普通に打ってもつながらない粉なんですけど

武藤さん自慢の「更科蕎麦」。“そばの実”の中心の白いところ、通称「更科粉」のみで作る。小麦粉などのつなぎを入れないため、独特の食感と喉ごし、そばの甘みが楽しめる。

こうした十割の更科そばは珍しいため、これを目当てにくるお客さんも多いという。

女性客D:
おいしい、初めて食べる。他のおそば屋さんに行っても、こんなの出ないもんね。食感は歯ごたえがあるし、おいしい

さらに、太さの違うそばの食べ比べができる、十割そばの「三種盛り」。

女性客E:
おいしいです。全然味がちがって感じます、ちょっと感動

そばを堪能した後は、トロっと濃厚な「蕎麦湯」。そばつゆではなく、塩をひとつまみいれて飲むのがおススメだ。

そしてシメは、そば粉だけで作った武藤さんのオリジナルスイーツ。わらび餅のようなプルプル食感で、ほんのりそばが香る。

そばづくしコースは、全6品で2800円。

女性客F:
おそばもおいしかったし、天ぷらも。お野菜が甘いね。満足です

スピードは決して速くなくとも、お客さんは大満足で店をあとにした。

武藤伸吾さん:
ちらほら、おいしいと聞こえてくるとうれしいですね。決して安くない値段のコースやのに、それを支払って食べてくれることがありがたいことやなと

そばの道 引きこもりで迷惑をかけた母への親孝行から…

調理も接客もすべて1人。手間も時間もかけて、それでも1人で店を営むのには、ある思いがあった。

以前は介護福祉士として、12年働いていた武藤さん。

武藤伸吾さん:
長いこと引きこもりをしていた時代があって、その時に両親に迷惑をかけてしまって。いつの頃からか、親孝行に徹しようって決めたことがあって

武藤さんは学生時代、不登校になり長く家に閉じこもっていた時期があった。その後、介護福祉士になり安定して働いていたものの、母・美子さんが重い病にかかってしまった。

何か親孝行したい。

そんなとき、出会ったのが…。

武藤伸吾さん:
自分の高校時代の恩師に、そば打ちを教えてくれるお店があるってことを教えていただいて。母親に「そば職人ってどうなのかな」と話しをしたところ、「いいやんか」とすごく賛成してくれて

そば店なら、母と暮らしながら自宅で店を開ける。何より母親の後押しもあったことから、そば職人の道を決意。

しかし、お店の完成を見ることなく、美子さんは還らぬ人になってしまった。

それでも母が応援してくれたことを糧に2年間修業し、念願のそば職人になった。

武藤伸吾さん:
自分の打ったそばを目の前で食べてくれて、おいしいって言ってくれる顔は見たかったですけどね

そんな母への思いが、店でも現れていた。

武藤伸吾さん:
このお箸にハンコが推してあるんですけど、むかし母親が、小学校の時かばんとかに名前を書いてくれていたんですけど、その時いつもカタカナで「ムト」と書いてくれていたんですね

お母さんもお店に一緒にいるよ、という思いを込め、母との思い出を箸袋にデザイン。

スローペースでもマイペースで。何より母への感謝を込めて、今日も武藤さんはおいしいそばを打っている。

武藤伸吾さん:
自分は1人でやっているけど、1人じゃないという思いでやれている。この店をなんとか切り盛りしてがんばっていくことで、それが(母への)恩返しになるんじゃないかなと思ってやっているんです

「生粉打ちそば処 武藤」はLINEの公式アカウントから予約することができる。

(東海テレビ)

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