先の参議院選挙で東京選挙区から立候補した乙武洋匡氏(46)。

不倫スキャンダルで出馬を断念してから6年、無所属で出馬し32万票を超える票を獲得したものの落選した乙武氏に「それでもなぜ政治家を目指すのか」聞いた。

インタビューは7月13日に都内で行われた
インタビューは7月13日に都内で行われた
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感謝と届かなかった悔しさが半分ずつ

投開票日から4日目。都内で会った乙武氏は、選挙活動で日焼けした精悍な顔で筆者を出迎えた。32万超の票を獲得したことについてどう思ったかを筆者が聞くと、乙武氏はしばらく考えてからこう答えた。

「政党の支援がない、無所属で挑戦している人間に対して、32万人を超える皆さんが想いを託してくださったことは本当にありがたいことだなと思います。あと半分の気持ちとしては、まだまだ届かなかったなあという悔しさがありますね」

今回の参院選で「選挙は組織がないと厳しい」と痛感した乙武氏だが、実は立候補する際、様々な党から誘いがあったという。

それをなぜ断ったのかと聞くと、乙武氏は「もちろん政治は妥協なので、目をつぶってどこかの政党から出馬して議席を目指すことも選択肢としてはあったのですが…」としたうえでこう続けた。

「6年前多くの方からご批判を受け信頼を失った中でも、私の可能性を信じてずっと応援してくれた方々がいます。しかしその方々は国政イシューに関すると保守からリベラルまで多様な方がいらっしゃって、どの政党から出馬するとしても『乙武さんを応援してきたけれども、その政党からだと応援できないよ』と言う方が出てきてしまいます」

「まだまだ届かなかったという悔しさがあります」
「まだまだ届かなかったという悔しさがあります」

境遇によって不利益を押し付けられる社会

乙武氏は22歳の時に大ベストセラー「五体不満足」を出版してから、「スタートラインがばらばらの社会を少しでも揃えていきたい」と活動してきた。

「やはり私自身が身体障害者として生まれてきて、障害だけでなくセクシャルマイノリティーや海外ルーツの方、生まれ育った家庭が経済的に厳しい環境の方など、本当に様々な境遇の方がいます。そうした方々が自分で選んだわけでもない境遇によって、社会の中で不利益を押し付けられているのは、やはり成熟した社会とは言えないのではないかという思いが私の中にずっとありました」

そして被選挙権を得る25歳になると、様々な政党から声をかけられたという。

「政治家ほど割に合わない仕事は無いと思っていたので、できれば政治という道を通らずにそういう社会を実現できたらと思い続けてきました。政治でないと実現できそうにないと思うタイミングが将来的にくるならその時はやろうと。そして40歳を迎えるときに、人生80年なら折り返しだと。さらに父も祖父も60歳近くで亡くなっていて、若い頃から自分の締め切りを60歳とイメージしていたので残り20年しかないと」

「不利益を押し付けられる社会は成熟した社会とは言えない」
「不利益を押し付けられる社会は成熟した社会とは言えない」

政治以外は見つからなかったと出馬を決意

「五体不満足」出版から20年。乙武氏には「メッセージを発信する仕事をしてきて、それなりに人々の意識を変えることができた」という自負もあった。

「でもさらに20年同じことをやることで到達できる天井が見えてきたのに、自分の満足できる高さではなかった。だから『やはり政治家だ』とチャレンジを決めました」

しかしスキャンダルが起こり、出馬の可能性は消えた。そしてその後6年間、乙武氏は自問自答をくりかえし、「政治以外で何か効果的なものはないだろうかと探し続けましたが、見つからなかった」と、今回再び出馬を決意した。

「政治以外で探し続けたが見つからなかった」
「政治以外で探し続けたが見つからなかった」

生きている手ごたえを日々感じられた

選挙活動は連日の猛暑の中行われた。しかし乙武氏は「想定外にきつかったですが、こんなに楽しいものだと思わなかったです」という。

「自分自身が目指す社会を力の限り街頭やオンラインで伝え、メッセージ、理念に共感してくださる仲間が次々と現れて力を貸してくれた。資金面やweb制作、SNSの活用、ビラ配りや演説会の準備、政策を練り上げるお手伝いをしてくださることもありました」

乙武氏は「この6年間、義足プロジェクトをやっている時間以外は、社会の中で生きている実感が持てなかった」という。

「だから生きているという手応え、自分が実現したいと思う社会に向けて力を尽くせているという手応えを日々感じることができたので、それが何より幸せでした。力を貸してくださった方々にとにかく感謝をしていますね」

暴力に脆弱な姿が何か伝わるのではないか

投開票日の2日前には安倍元首相が銃撃で死亡するという事件が起こった。その翌日、乙武氏がとった行動は、選挙事務所のある渋谷から国会まで電動車いすを使わないで行進することだった。

「暴力で物事を解決しようとすることは、絶対に許されることではありません。暴力に抗議するという意思を示すために、電動車椅子から降りて手足のないこの体で地べたを歩き続ける。最も暴力に対して脆弱な姿で一日歩き続けることで、何か皆さんに伝わるものが出てくるかと思いチャレンジしました」

この行進には多くの反響があり、国会到着時には約300人の支援者らが集まった。またYouTube配信ではゴール時に約9000人の視聴があったという。「乙武大行進」のハッシュタグは何時間もトレンド入りしていた。

「これだけ多くの方に届いた。体をボロボロにしてよかったなあと思っています。選挙の最終日だったので、当初は20カ所近く演説の予定を組んでいました。それをすべて覆す選択をしたのは、自分でもとても勇気が要る決断でしたが、仲間たちはわがままを受け入れ、サポートしてくれてすごく感謝しています」

「多くの方に届いた。体をボロボロにしてよかった」
「多くの方に届いた。体をボロボロにしてよかった」

支援者の返信の98%が「次の挑戦も応援」

では今後乙武氏は次のチャンスを目指すのか?聞いてみると乙武氏は「どうしましょうか」と苦笑いしながら筆者に問いかけてきた。

「厳しい戦いにはなると思っていましたけれど、本気で当選するつもりでやっていたので、落選したらどうしよう?みたいなことを何も考えていませんでした。だから本当にプランがあるわけではないし、いまは選挙でお世話になった方々にお礼の連絡をすることにかかりきりで考える時間がまだ持てていません」

とはいえ政治を諦めたわけではないことは筆者にもわかる。乙武氏はこう続けた。

「少し休んで頭がクリアに動くようになったら、やはり政治なのか、政治だとしたら国政、都政、区政、いろんなレイヤーがある中でどんなチャレンジがふさわしいのか。今回の結果を受け止め、何が皆さんの思いに応えることなのか、向き合いたいと思っています」

そして最後に笑顔でこう語った。

「次の挑戦を期待してくれる思いは受け止めています」
「次の挑戦を期待してくれる思いは受け止めています」

「とにかくお礼のメッセージをした方々からの返事の98%ぐらいが『次の挑戦も応援させてください』というもので、皆さんは次の挑戦を期待してくださっているんだなあと。その思いは受け止めています。ただ本当にちょっと休みたいです(笑)」

乙武氏の次のチャレンジは何なのか、目が離せない。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。