ナイジェリアで相次ぐキリスト教会襲撃

アフリカ西部のナイジェリアで、キリスト教徒が大量に虐殺されるテロ事件が頻発している。6月19日には北部カドゥナ州でキリスト教の教会が襲撃され、3人が殺害され36人が拉致された。6月5日には南西部オンド州で教会が襲われ、40人以上が殺害された。ナイジェリア当局は10日、「あらゆる状況から鑑みて」テロ組織「イスラム国西アフリカ州(ISWAP)」の犯行だと非難した。

2週間のあいだにナイジェリアでキリスト教会が立て続けに襲撃され、50人近くのキリスト教徒が殺害されているというのに、日本のメディアはこのテロについてほとんど報道していない。

6月5日に襲撃された教会(ナイジェリア・オンド州 6月6日)
6月5日に襲撃された教会(ナイジェリア・オンド州 6月6日)
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2019年にニュージーランドで白人の男がイスラム教のモスクを襲撃し、51人のイスラム教徒を殺害した際の報道と比較すると、その差は歴然としている。2020年には日本のメディアも「黒人の命は大切だ!(Black Lives Matter)」と大合唱した。

しかし日本のメディアは、西側諸国で白人がイスラム教徒や黒人を殺害したりする事件は執拗に報道する一方で、アフリカで黒人イスラム教徒が黒人キリスト教徒を殺害する事件についてはほとんど無関心と言っていい。

共同通信が7日に配信した「教会襲撃、22人死亡 ナイジェリア南部、ミサの最中」という記事は、ロイター通信を引用した極めて短い記事である上に、犯人がイスラム過激派であることに全く言及していない。

時事通信が21日に配信した「武装集団が30人以上拉致 村や教会襲う―ナイジェリア」という記事は、5日のテロについて「『イスラム国西アフリカ州』の関与を疑う声もある」としつつも、「ただ、ISWAPの主な活動領域は遠く離れた北東部だ」とその可能性を否定している。ナイジェリア当局がISWAPの犯行だと非難してから既に10日以上が経過しているにもかかわらず、時事通信が勝手にその可能性を否定するというのは極めて奇妙だ。

 
 

狙われるキリスト教徒 迫害状況「過去30年間で最悪」

5日のテロは、日曜日にキリスト教徒たちが五旬節を祝うために教会に集まっているところを狙ったものであり、死者の中には多くの子供も含まれていた。犯人らはキリスト教徒になりすまし、彼らに紛れて教会の中に潜入、突如キリスト教徒に対して銃口を向け、爆弾を爆発させた。犯行後、キリスト教徒たちが血の海の中に倒れ、周囲の人々が泣き叫ぶ映像が出回った。明らかにキリスト教徒を標的とした卑劣なテロである。

5日のテロによる負傷者(ナイジェリア・オンド州 6月6日)
5日のテロによる負傷者(ナイジェリア・オンド州 6月6日)

紛争や人道危機の情報収集・分析プロジェクトを行う米国NGOのArmed Conflict Location and Event Data Project(ACLED)によると、ナイジェリアでは2022年に入ってから6月までの間に、教会やキリスト教徒に対する襲撃がすでに23件発生している。2021年は1年間に31件、2020年には18件だった。同NGOは、2019年以降ナイジェリアでキリスト教徒を標的とした攻撃は明らかに増えていると指摘する。

2022年5月には教会指導者の拉致・誘拐が相次いだだけでなく、ISWAPがキリスト教徒20人を処刑する映像を公開、これは「世界中のキリスト教徒」に対する警告であり「ジハード戦士たちはこの世の終わりまで彼らと戦い続けるだろう」と述べた。

NGOクリスチャン連帯インターナショナル(CSI)は既に2020年6月の段階で、ナイジェリアのキリスト教徒は2015年以降、イスラム過激派によって6000人殺害されているとして、国連安保理に対しジェノサイドを防ぐため適切な行動を取るべきだと呼びかけた。しかし国連は特に策を講じていない。

迫害を受けるキリスト教徒たちを支援する国際NGO「オープン・ドアーズ」は2022年1月、「76カ国で3億6000万人を超すキリスト教徒が、信仰を理由にした過酷な迫害や差別に苦しんでおり、その数は昨年と比べて2000万人増えている」と報告し、世界中のキリスト教徒の迫害状況は過去30年間で最悪だと述べた。

ナイジェリアに関してはキリスト教徒が「極度の迫害」にさらされている国の一つであり、ISWAPとボコ・ハラムはキリスト教徒を殲滅することを目的に、無差別かつ残忍な攻撃を続けていると報告されている。

差別反対を強く打ち出すメディア自体が、人種差別、宗教差別と判断されうる報道をしているのは皮肉な矛盾である。

【執筆:イスラム思想研究者 飯山陽】

飯山陽
飯山陽

麗澤大学客員教授。イスラム思想研究者。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(文学)。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)、『イスラム教再考』『中東問題再考』(ともに扶桑社新書)、『エジプトの空の下』(晶文社)などがある。FNNオンラインの他、産経新聞、「ニューズウィーク日本版」、「経済界」などでもコラムを連載中。