プーチンの仕掛けた心理戦?

ウクライナ紛争は心理戦に入ったようだ。

「ロシアの新たな侵攻は、持ってもいない戦力をあたかも押し出しているかのように信じさせるものだ」

ウクライナ紛争をめぐって正確な情報を提供し、日本のマスコミにも頻繁に引用されている米国の「戦争研究所」が6月7日、珍しく標題の論評記事を掲載した。

戦争研究所の論評記事
戦争研究所の論評記事
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それもタイム誌からの転載で、筆者はシンクタンク「アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所」の理事のフレデリック・ケーガン氏。

「セベロドネツクの戦いは、戦闘の形をとったロシア軍の情報作戦だ。モスクワの狙いは、ロシア軍が戦力を回復して今やウクライナを制圧する勢いにあるという印象を作り出すことにある。その印象は虚偽だ。ウクライナのロシア軍は日を追うにつれて疲弊し、ウクライナ軍がしっかりと抵抗すれば決定的な勝利はかなわない状態にある」

激戦地セベロドネツク
激戦地セベロドネツク

「戦争研究所」が引用したのはここまでだが、タイム誌の記事はさらに続く。

そこでプーチン大統領は、ウクライナ人の意思を打ち砕くことで戦闘に勝利するという賭けに出ているとケーガン氏は考える。

ロシアのプーチン大統領
ロシアのプーチン大統領

事実ウクライナでは、キーウでの戦いで勝利してこの戦争に勝てるのではないかという希望を持ち始めたが、その後ロシア軍はその戦力をセベロドネツクに一点集中させてウクライナ軍に対する心理的圧力を強めている。

そうした折に、欧米の武器援助が遅れたり特定の兵器システムの提供を米顔などが拒否したことがウクライナ国民の怒り、裏切り、欲求不満を煽り、5月下旬にはセベロドネツク付近でウクライナの兵士が戦闘を続けることを拒否する事件も起きたとされる。

加えて、プーチン大統領は石油とガスと穀物を武器に西欧に揺さぶりをかけた結果、仏のマクロン大統領が「プーチン大統領を刺激しないように」と発言するなど、今ウクライナに譲歩を求める声が西側指導者から上がり始めた。「ハシゴを外される」ようなことにもなりかねず、ゼレンスキー大統領も抗議の談話を発表したが、プーチン大統領の心理作戦はそれなりの成果を上げているようにも思える。

「ハシゴを外される」ゼレンスキー大統領の危機感
「ハシゴを外される」ゼレンスキー大統領の危機感

ロシア軍の士気は限りなく低下

しかし一方のロシア軍の士気は限りなく低下しており「ロシア軍の攻撃はおそらくドネツク州の残りの部分を確保する前に、ほぼ確実に特定の時点で失速するだろう」とケーガン氏は予測する。

その上で ケーガン氏はこう提言する。

「ウクライナはセベロドネツク地方など東部地域で敗北しても、ウクライナ人が戦う意思と占領地を解放するという自信を保持している限り、この戦争の流れを好転させるチャンスがある。加えてジョー・バイデン米大統領がニューヨーク・タイムズ紙にウクライナへの支援を改めて表明する書簡を寄稿したように西側が引き続き支持しキーウに譲歩を強いることを控えるならばそれは可能だ」

西側諸国のウクライナ支援継続がカギ?
西側諸国のウクライナ支援継続がカギ?

この心理作戦、ウクライナにだけでなくロシアの侵攻に抗議する日本を含めた国々にも向けられているようだ。

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。