大統領の政治スタイル激変…うどん店昼食、週末ショッピングも

韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領は6月10日で就任1カ月を迎えた。

尹大統領は就任早々、歴代大統領が大統領府として使ってきた青瓦台(チョンワデ)を市民に開放し、国防省庁舎のある竜山(ヨンサン)に執務室を移転した。これまでは大統領が記者団や国民に直接接する機会は制限され、その日常は容易にうかがい知ることができなかった。しかし、尹氏は自宅(現在は大統領公邸)から大統領府に出勤する初の大統領となった。大統領府の玄関では、記者団の質問に応じるのを日課としていて、番記者でもめったに会えなかった過去の大統領とは大きな違いだ。

記者団のぶら下がり取材に答える尹大統領(韓国MBCより)
記者団のぶら下がり取材に答える尹大統領(韓国MBCより)
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大統領執務室もアメリカのホワイトハウスに倣って、ワンフロアに各秘書官室、国家安保室長室、警護処長室を配置し、大統領と随時連絡が取りやすい開放型のスタイルに変わった。業務を始めるにあたって、尹氏は秘書官らにこう訓示したという。

「服装も自由にして、話したいことを話せ」

「形式的な手続きに従って進めること自体が非効率的だ」

閣議では半導体の特別講義を開催。大統領自ら、半導体の安保・戦略的価値を強調し、非経済官庁に対しても「半導体の知識を高めろ」と檄を飛ばした。

竜山のうどん店で昼食をとる尹大統領(大統領室インスタグラムより)
竜山のうどん店で昼食をとる尹大統領(大統領室インスタグラムより)

執務室に近い竜山の商店街で食事をとることも増えた。秘書官らを伴ってうどんと海苔巻きの昼食を取ったり、パン屋で菓子パンを購入したりするなどした。大統領が訪れた店にはサインが壁にかけられ、尹氏が購入したパンを「尹セット」として売り出すなど話題に事欠かない。大統領になったら「1人飯はしない」と口にしていた尹氏は、これを実践に移した形だ。

また、週末には妻の金建希(キム・ゴンヒ)氏と共に少人数で外出し、デパートで靴を購入したり、ペットと散歩を楽しんだりしている姿が公開されてきた。大統領府側は「大統領府という密閉された空間を出て、市民と同じ空間の中で生活する最初の大統領」として、国民とのコミュニケーションをアピールしている。

注目集めるファーストレディー、金建希氏

尹大統領と並んで注目を集めているのが、金建希氏だ。

金建希氏は夫が大統領に就任すると、自身が経営していた美術展示の企画会社の代表を辞任し、ファーストレディー役に専念している。公開活動はまだそれほど多くないが、表舞台に出るたびにそのファッションが話題の的となっている。

大統領就任式での金建希氏、華麗なファッションで注目集める(ゴンサランより)
大統領就任式での金建希氏、華麗なファッションで注目集める(ゴンサランより)

初の公式行事だった大統領就任式にはウエストに大きなリボンをあしらったベルテッドジャケットにAラインのスカートを着用。靴も白のパンプスで「オールホワイト」の華やかな服装でデビューを飾った。この衣装は国内の中小メーカーの製品で金建希氏が自費で準備したという。カジュアルなサンダルからスカート、バッグに至るまで、金建希氏の着用したファッションアイテムは大人気となり、注文が殺到する事態が相次いでいる。韓国のオンラインサイト上では金建希氏の名前や写真を勝手に使い、商品登録しているケースが8000以上に上るなど、盗用問題が深刻化しているほどだ。

ディオールのスニーカー着用が話題に
ディオールのスニーカー着用が話題に

韓国ブランド以外に愛用しているのは、フランスのファッションブランド・クリスチャン・ディオールの製品だ。期日前投票の際に着用していた白いシャツ(175万ウォン)や、週末に大統領府を訪問した際に履いていたスニーカー(143万ウォン)がクリスチャン・ディオールのものと見られている。高級ブランドと価格の安い韓国ブランドをその時々で使い分けている印象だ。

金建希氏のファンクラブも数多く開設されている。

金建希氏のファンクラブ「ゴンサラン」
金建希氏のファンクラブ「ゴンサラン」

代表的なのはゴンサラン(ゴン愛)で会員数が9万人余りと最も多く、40~70代が中心だという。2022年1月には会員数が約200人に過ぎなかったが、金建希氏の電話録音の音声が公開されると一気に2万5000人に増加した。会員らは「率直で堂々としていて、放送を見てファンになった」と話す。また、金氏と直接連絡を取っている唯一のファンクラブ「ゴンヒ愛」も話題の中心だ。ゴンヒ愛側は金氏から直接写真を受け取り、公開してきたが、大統領執務室の写真が公開された際は、大統領の機密保守とからんで問題になったりもした。

北朝鮮の核実験、物価高騰など問題山積

与党・国民の力は6月1日の統一地方選挙で圧勝し、尹政権は政局運営に弾みをつけた。最新の世論調査(10日・韓国ギャラップ)では、尹大統領が国政運営を「よくやっている」は53%、「よくない」は33%だった。肯定的評価は小幅上昇にとどまっているが、就任直前は48%だった否定的評価が15%減少し、非好感度が下がったと見られている。

しかし、尹政権の前途には課題が山積している。北朝鮮は7回目の核実験の準備を終えたとされ、いつ核実験があってもおかしくない状態だ。2022年に入ってから北朝鮮による弾道ミサイルの発射は17回に及び、急激に増加している。尹大統領は日米と連携し強行対応も辞さない構えで、朝鮮半島の緊張は高まる一方だ。

米韓首脳会談では北朝鮮への拡大抑止強化で一致(大統領室インスタグラムより)
米韓首脳会談では北朝鮮への拡大抑止強化で一致(大統領室インスタグラムより)

物価上昇率も歴代最高の6%台に迫る勢いで、庶民生活を苦しめている。景気後退の中でインフレ・物価高が同時に進むスタグフレーションに陥る懸念も増大している。これは世界経済全体の現象で韓国だけの問題ではないが、庶民生活に直結するだけに対応を誤れば、政権の足元を揺るがしかねない。

国会も院内構成をめぐって野党との対立が続き、空白が続いている。尹大統領は野党代表との会合を呼びかけているが、難航が続く。人事をめぐっては検察重用・男性中心などの批判が後を絶たない。

日韓関係は尹政権発足を機に対話ムードが広がり、北朝鮮問題では米国も加えた連携強化が進む。しかし、徴用工問題と慰安婦など2国間の懸案をめぐっては、依然根本的な解決策が見いだせていない状況だ。大統領就任から1カ月、政治素人といわれながらも、尹大統領は歴代大統領の政治スタイルを180度転換して見せた。国内外に山積する難題にどう対処していくのか。その手腕が問われている。

【執筆:フジテレビ客員解説委員 鴨下ひろみ】

鴨下ひろみ
鴨下ひろみ

「小さな声に耳を傾ける」 大きな声にかき消されがちな「小さな声」の中から、等身大の現実を少しでも伝えられたらと考えています。見方を変えたら世界も変わる、そのきっかけになれたら嬉しいです。
フジテレビ客員解説委員。甲南女子大学准教授。香港、ソウル、北京で長年にわたり取材。北朝鮮取材は10回超。顔は似ていても考え方は全く違う東アジアから、日本を見つめ直す日々です。大学では中国・朝鮮半島情勢やメディア事情などの講義に加え、「韓流」についても研究中です。