6月3日に投開票が行われる韓国の大統領選挙で期日前投票が29日に始まった。

日本でもなじみのある期日前投票だが、今回、韓国では異例の対応が取られている。投票箱を24時間防犯カメラで監視し映像を公開。さらに、投票所のスタッフについては国籍を確認して採用しているという。

異例の対応の背景に、保守派の一部の間で広がる“不正選挙陰謀論”があった。

若者「期日前投票×」と呼びかけ 国のトップも主張した“不正選挙陰謀論”

若者に人気のエリア・ソウル西部の弘大(ホンデ)。期日前投票が始まる前日の夕方、大通り沿いに集まった若者十数人が道行く人にステッカーを配っていた。

そのステッカーには「私の票を盗んだ期日前投票」「期日前投票×」などと書かれている。彼らは期日前投票に行かないよう呼びかけていた。

保守派の支持団体がステッカーを配る(29日撮影)
保守派の支持団体がステッカーを配る(29日撮影)
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この日、呼びかけに参加していたのは保守を支持する大学生などだ。なぜ期日前投票に行かないよう呼びかけているのか、参加者の1人に話を聞いた。

参加者:
不正選挙が事実だという証拠、その背後に中国がいることを確認した。偽造した投票用紙を期日前投票の投票箱に入れて、投票用紙を入れ替えたという疑惑がある。

期日前投票に行かないよう訴える若者たち(29日撮影)
期日前投票に行かないよう訴える若者たち(29日撮影)

こう語ったのはヨーロッパの大学を卒業したという20代の男性だ。これまでに不正選挙があったと示す事実は何も明らかにされていない。しかし、韓国では保守派の一部の間で男性が主張するような“不正選挙陰謀論”が根強くはびこっている。

韓国の国会
韓国の国会

過去に行われた選挙で不正があったとする“不正選挙陰謀論”は数年前から極右Youtuberなどが繰り返し主張してきた。そして、国のトップがその主張に傾斜したことで“不正選挙陰謀論”は一気に広がった。

前大統領の尹錫悦(ユン・ソンニョル)氏は、2024年12月に非常戒厳を宣言した際、与党「国民の力」が大敗した去年春の総選挙で不正が行われた疑いがあるとして、非常戒厳の正当性を主張した。尹氏は「中国や北朝鮮が選挙管理委員会にハッキングする試みがあった」と述べた。しかし、弾劾審判で非常戒厳の正当性は認められず尹氏は罷免となった。

“不正選挙陰謀論”をテーマにした映画を鑑賞する尹前大統領
“不正選挙陰謀論”をテーマにした映画を鑑賞する尹前大統領

5月21日、尹氏は“不正選挙陰謀論”をテーマにしたドキュメンタリー映画を鑑賞するためにソウル市内の映画館に姿を現した。今も“不正選挙陰謀論”を信じていることがうかがえる。

野党候補追いかける与党候補 “不正選挙陰謀論”巡り二転三転

今回の選挙戦をリードする革新系野党「共に民主党」の李在明(イ・ジェミョン)氏を追いかける保守系与党「国民の力」の金文洙(キム・ムンス)氏も“不正選挙陰謀論”を主張していた1人だ。

金氏は「国民の力」の前身となる政党を離党した後、2020年から保守系の熱烈な支持者とされる牧師と共に“不正選挙陰謀論”を主張、「先頭に立って疑惑を提起してきた」という。

期日前投票を行う「国民の力」の金文洙氏(画像左)
期日前投票を行う「国民の力」の金文洙氏(画像左)

金氏は「国民の力」の大統領候補に選出された5月3日の党大会で「期日前投票制度を廃止する」と壇上で述べるなど、“不正選挙陰謀論”を主張する姿勢を崩していなかった。

しかし、選挙戦が始まると遊説で「心配せずに期日前投票に参加してほしい」と呼びかけるなど変化がみられ、29日には金氏自身が期日前投票を行っていた。李氏を追いかける展開の中、中道層などからの支持を意識したためとみられる。

投票箱を24時間監視 投票所スタッフの国籍も限定

“不正選挙陰謀論”については明確な証拠が何一つ明らかになっていない。しかし、選挙管理委員会は対応を余儀なくされている。

冒頭でも述べた通り、期日前投票箱は24時間防犯カメラで監視され、映像は各選挙管理委員会に行けば誰でも見ることができる。また、投票所のスタッフは採用の際に国籍を確認し、韓国籍を持つ人だけに限定している。

さらに、投票所別に1時間単位で投票者数を公開するという対応も取られている。大手紙・朝鮮日報は「期日前投票者数を水増ししているという疑惑を払しょくするための措置」という選挙管理委員会関係者の話を伝えている。

異例の警戒体制となる中、実際に投票を巡る不正が起きた。韓国メディアによると29日の期日前投票初日、ソウル市内の投票所でスタッフとして働いていた女が、夫になりすまして投票した疑いで拘束された。動機については黙秘しているという。また、投票所で投票する様子を撮影し中国のSNSに公開した疑いで男が拘束されるなどした。

ソウル市内の期日前投票所
ソウル市内の期日前投票所

そして、期日前投票は30日午後6時に締め切られた。投票率は全国で34.74%、過去最高は前回2022年大統領選挙の投票率36.93%だ。地域別で最も投票率が高かったのは全羅南道の56.50%、革新派が多いとされる地域だ。一方で“保守の心臓”と呼ばれる大邱は25.63%で全国で最も低い投票率となった。“不正選挙陰謀論”が影響した可能性がある。

左:「共に民主党」の李在明氏 右:「国民の力」の金文洙氏
左:「共に民主党」の李在明氏 右:「国民の力」の金文洙氏

選挙後も“不正選挙陰謀論”ははびこり続けるのだろう。5カ月以上の政治空白を経て誕生する新たな大統領が分断深まるこの国をどうまとめていくのか注目される。
【取材・執筆:濱田洋平(FNNソウル支局)】

濱田洋平
濱田洋平

FNNソウル支局特派員。1988年熊本県生まれ。テレビ西日本で福岡県警キャップ・行政キャップなどを担当、報道番組「福岡NEWSファイルCUBE」のディレクターとして新型コロナにおける医療問題や旧統一教会などを取材。2024年8月から現職。