21年前の「えひめ丸事故」と重なる「KAZU Ⅰ」

北海道・知床沖で沈没した観光船「KAZU Ⅰ」の引き揚げ作業。当初、水深115メートルに沈む船体に「飽和潜水」という特殊技術を使ったダイバーがワイヤーを取り付け、深さ20メートルまで船体を吊り上げることに成功。そのまま浅瀬へと曳航した後に台船の上に引き揚げる予定だった。
しかし浅瀬への曳航を始めた5月24日、台船から海中に吊るされた船体が海底に落下した。船体は再び水深182メートルの海底へ沈んだ。

その後、夜を徹して引き上げ作業が行われ、5月27日朝にようやく船体が作業船に引き揚げられた。

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危険と困難を伴う引き揚げ作業。これと重なり合うのが21年前にハワイ沖で起きた「えひめ丸事故」だ。

えひめ丸事故で教官だった長男(当時33歳)を亡くした中田和男さんは24日、知床観光船の引き揚げ失敗のニュースを見て、21年前を思い出し妻と涙を流したという。

中田和男さん:
(船の引き揚げを)待つことは重くて辛いが、必ず引き揚げてくれるという希望を持ってほしい

えひめ丸事故が起きたのは、21年前の2001年2月。
ハワイ沖で実習航海をしていた愛媛県立宇和島水産高校の実習船「えひめ丸」が、緊急浮上してきた米海軍の原子力潜水艦に衝突され沈没。実習生と教官、乗組員ら9人が行方不明のまま、えひめ丸はハワイ沖の600メートルの深海に沈んだ。

事故直後、現地に入った行方不明家族が求めたのが船体の引き揚げだった。
600メートルの深海から船を引き上げることは技術的にも困難と言われたが、中田さんは引き揚げ調査のため現地に入っていた日本のサルベージ会社の担当者から「海の中の作業は難しいが、絶対に引き揚げられる。安心してください」と声をかけられ、心が支えられたという。

そして事故から1カ月後、日米外交交渉の末に米海軍がえひめ丸の引き揚げ方針を決定。計画は、深海600メートルに沈むえひめ丸をワイヤーで水深30メートルまで吊り上げ、ゆっくりと浅瀬に曳航するというもので、今回の知床観光船の引き揚げとまさに同じ手順だった。

当時の米海軍等への取材をもとに、えひめ丸引き揚げを振り返る。
全長58メートル、約500トンのえひめ丸は、ハワイ沖18kmの深海600メートルにほぼ水平に沈んでいた。

作業を行ったのはオランダのサルベージ船「ロックウォーターⅡ」。危険を伴うプロジェクトには海外から高度な技術が集められ、実際の引き揚げ作業に着手したのは事故から半年後の8月だった。

深海600メートルの作業は、全て無人探査艇が行った。当初の計画は、特殊なドリルで海底と船体の間に隙間を作り、そこへ2枚の鉄板を挿入してワイヤーで吊り上げるものだったが、海底の岩盤が予想以上に固く計画を変更。
次に、船首を少しだけ吊り上げて船の底に鉄板を通す方法に挑んだ。

しかし9月2日、船首を吊り上げていたワイヤー接続部分が破損し、船体が8メートル落下。船首部分が海底に埋まるなど作業は何度も中断し困難を極めた。人の手が入らない真っ暗な深海での作業は何度も計画が変更され、現地に入っていた行方不明者家族は成功を祈る一心でじっと待ち続けた。

そして作業開始から2カ月後の10月、船首部分にワイヤーを取り受け、船体後方は鉄板で持ち上げる方法でえひめ丸を海底から吊り上げることに成功した。

ここから26km離れた浅瀬への曳航作業が始まる。波や潮の流れを慎重に見極めながら、約500トンのえひめ丸を台船に吊るした状態で、時速1.6kmという人が歩くよりも遅いスピードで慎重に移動させるのだ。
そして曳航開始から3日後の10月15日、えひめ丸は無事に曳航され深さ30メートルの浅瀬に降ろされた。引き揚げが完了した瞬間だった。

事故発生から9か月、浅瀬に移されたえひめ丸に初めてダイバーの捜索が入り、8人の遺体を発見した。船内に残されていた行方不明者の持ち物も丁寧に回収され、えひめ丸は再びハワイ沖の深海1,800メートルに沈められた。
一連の作業にアメリカは約6,000万ドルの費用を支出したという。

「必ず引き揚げてくれるという希望を持ってほしい」

事故から21年がたった今も、中田さんの自宅にはえひめ丸船内から回収された息子のスーツや船内の生徒室の鍵などが大切に保存されている。

えひめ丸の引き揚げで悲惨な事故の結果に直面したが、遺体が発見され、遺品が手元に戻ってきたことで今は現実を受け止められている、とも語る。

今回の知床観光船の引き揚げについて、中田さんは「行方不明者の家族の方は本当に辛い思いをしている。船の中に家族はいないかもしれないが、何か手掛かりが見つかるかもしれない。肉親に繋がるものが1つでも家族の手にわたってほしい」と話してくれた。

そして「待つことは重くて辛い。気持ちも揺れる。今回の失敗は残念だが、必ず引き揚げてくれるという希望を持ってほしい。」と、自分が経験したえひめ丸の引き揚げの思いと重ね合わせた。

今回、引き揚げられた「KAZU I」の船体は、網走港に到着し、船内の水抜きが完了したあとに、陸揚げされる予定。
また、来週にも乗客の家族に観光船の船体について見せる方向で調整に入ったことが、関係者への取材でわかった。

(テレビ愛媛)

片上裕治
片上裕治

テレビ愛媛 編成局長 1992年テレビ愛媛入社、報道部で警察、政治担当記者で現場取材を重ね、ニュースデスクを歴任。記者として福田和子事件、えひめ丸事故なども取材。