踏切に入った後に、鳴り始める警報音。
もし何も見えなかったら、何を頼りに進んだらいいのか。
見落とされがちな、視覚障害者の踏切の安全について取材した。
踏切を渡る途中で警報音 遮断機の中で失われた命
4月25日午後6時15分ごろ、奈良・大和郡山市にある踏切で、その事故は起きた。
白杖を持った一人の女性が踏切に向かって歩いていたところ、 踏切に入って間もなく警報が鳴り出した。
遮断機が閉まるなか、女性は踏切内で立ち止まり、後ろへと引き返した後、列車と衝突し亡くなった。
女性は奈良・大和郡山市に住む視覚障害者の高垣陽子さん(当時50)。
事故にあったのは、実家で母親と夕食を食べた直後だった。
高垣陽子さんの姉:
信じられへんのもあるし、私は(事故の)4日前に会ってる。亡くなった次の日に買いものに連れていく約束をしていて。信じられへんっていうのと、まさか電車の事故で亡くなるなんてみたいな
高垣さんは20代前半の時、緑内障を患い、少しづつ視力が落ち失明した。
それでも、その後盲学校に通い、自ら資格を取って鍼灸院を開くなど、活発な性格の人だった。
高垣陽子さんの姉:
どこでも歩いていく人やから。1、2時間歩くのは苦にもならへんというか、歩かないとどこも行けへんというか。「姉ちゃんらみたいに車乗れるわけでもないし、歩いて電車に乗ってバスに乗って行かな、どこも行かれへんから」とはいつも言っていた
高垣さんは週に2回、実家に行くためにこの道を通っていたという。
なぜ事故を回避できなかったのだろうか。
「自分の居場所が分からなくなる 」警報音が鳴ったらどちらへ進めば…
奈良県の視覚障害者団体の会長を務めている辰巳壽啓さん(64)。
この日、事故が起きた踏切を訪れ、状況を確認した。
足の感覚を頼りに踏切に入ったかを確認し、道路の端の方を白杖で叩きながら自分がどこにいるのか確認して進む。
奈良県視覚障害者福祉協会・辰巳壽啓会長:
分からへんで、こんなん。うわこれ、ひかれるわ。前から車来たら、ひかれるか、挟まれるか…。遮断機が降りてくるのが早い
辰巳さんは同じ視覚障害者として、当時の高垣さんの状況を想像する。
奈良県視覚障害者福祉協会・辰巳壽啓会長:
こんな感じですやん、慌ててしまいますやん、(警報音が)鳴ったら。そこで立ち止まって考えてたと。警笛とか鳴ってて、どっちへ逃げたらいいかもわからんようになって、バックしてしまったかと…
視覚障害のある人達は、自分の居場所が分からなくなるという危険と隣り合わせだ。
辰巳さんは、ある対策を訴える。
奈良県視覚障害者福祉協会・辰巳壽啓会長:
歩道の延長で、踏切内も“点字ブロック”を設置する。ブロック上を歩いていたら、車が来ても大丈夫でしょ?ここにつけてもらう。あんまり車を気にせんと、私らはこの上を歩いて行けるということです
(Q.もし点字ブロックがあれば、高垣さんも踏切の外に出られた?)
言い切ればそうです。迷わずに出られたかもしれない
関西に4カ所だけ 踏切内の点字ブロック
辰巳さんが要望する踏切内の点字ブロック。
国土交通省近畿地方整備局によると、実は関西に4カ所しかない。
その数少ない踏切の一つが、大阪・豊中市にあった。
記者リポート:
大阪府豊中市の非常に交通量が多い踏切に来ています。こちらにはご覧のように、踏切の中に点字ブロックが設置されています
大阪府が2008年に視覚障害者団体から要望を受け、日本で初めて踏切の中に点字ブロックを設置した。
大阪府池田土木事務所・山口とも主査:
どういうものを設置したら良いかと苦労しました。歩道に設置している黄色い点字ブロックと同じものを設置してしまうと、遮断機が降りてきた時に、踏切の中にいるのか外にいるのかが分からなくなってしまいます。だから、警察が横断歩道に設置している“エスコートゾーン”というものがありまして、その規格を準用して設置しました
国土交通省によると、点字ブロックの設置について、横断歩道や階段などには国が一定のガイドラインを示しているが、踏切の中の道に関して明確な設置基準はまだない。
府が設置したエスコートゾーンとは、通常 横断歩道に設置されていて、視覚障害のある人たちが横断歩道から外れずに歩くことができるよう補助するためのものだ。
設置の費用は約20万円だった。
明確なルールがない中で、視覚障害のある人たちの意見を聞きながら、ブロックを踏切の端に移動させるなど改良を続けてきた。
大阪府池田土木事務所・山口とも主査:
歩行者が多い踏切ではあるんですけれども、(ブロックを)端に寄せたことで人の波に流されずに安心して渡れるとか、スムーズに渡れるようになったとか、車いすの方も「平坦なスペースが広がったので、支障なく渡れるようになった」という意見をいただいてます
(Q.踏切内の点字ブロックについて明確なルールがないが…)
全国的に統一された基準があった方が、鉄道会社としても協力しやすいし、点字ブロック設置にむけて動きやすくなると思います
踏切が視覚障害者にとって、いかに危険なまま放置されているのか、今回の事故が浮き彫りにした。
高垣さんの姉は、障害がある人にやさしい街づくりを望んでいる。
踏切で失われた命 安全求める遺族
高垣陽子さんの姉:
障害者の人が住みやすい街づくりをしてほしい。健常者の人は自分らで考えて動けるから、住みにくかったら自分らで住みやすいようにすればいい話。だけど、目が見えない人、耳が聞こえない人とかは、誰かしらがちゃんとしてあげないとできないことが多いから。そこは行政にしろ、国にしろ、できることはやってほしい
二度と同じような被害者を生まないために、すぐにできることがあるはずだ。
(関西テレビ「報道ランナー」2022年5月20日放送)