想像したくもないことだが、もし明日、何らかの理由で自分の人生が終わりを迎えるとしたら、あなたの手元のスマートフォンは、家で使っているパソコンは、そのまま遺して問題ない状態だろうか?

今やスマホは我々の社会、経済活動を支えるインフラといっても過言ではない。

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それは高齢者も例外ではないだろう。事実、内閣府が2020年に行った「情報通信機器の利活用に関する世論調査」によると、60代の7割以上、70歳以上でも4割程度がスマートフォン、タブレットを活用しているという。

現代において、デジタル機器の中身を生前に整理しておく「デジタル終活」は欠かせない。とはいえ何から始めるべきか迷う人も多いはずだ。デジタル遺品の中には相続できるものもある。
そこで日本デジタル終活協会代表理事で弁護士・公認会計士の伊勢田篤史さんにお話を聞いた。

高まりつつある「デジタル終活」への意識

今年1月、楽天インサイト株式会社が全国の20~69歳の男女1000人を対象に行った「終活に関する調査」によると回答者の約7割が自分も「終活」を行いたいという意向を示した。

具体的な行動のトップは「家の中の荷物整理」だったが、次いで興味が示されたのが今回のテーマである「パソコンやスマートフォンなどのデータ整理」だ。

なかでも、自分の死後にメッセージアプリやSNSの投稿を「すべて削除したい」という回答は7割近かった(「終活に関する調査」楽天インサイト2022年1月調べ)。

同調査によると「デジタル遺品」の認知は約4割超。

伊勢田さんによると、「デジタル遺品に法律上の定義はありませんが、具体的にはパソコンやスマホ等のデジタル機器に保存されたデータやインターネットサービスのアカウント等のこと」だという。

「デジタル遺品は、オフラインのデジタル遺品とオンラインのデジタル遺品の2種類に大きく分けることができます。まずオフラインのデジタル遺品とは、スマホやパソコンに保存されたデジタルデータのことで、各デジタル機器に保存された写真や動画、音声、テキストデータ等が挙げられます。インストール済みのアプリ、インターネットブラウザの閲覧履歴などもここに含まれます。

一方のオンラインのデジタル遺品とは、インターネットサービスのアカウント等を指し、銀行や証券会社などネット金融の口座や、SNS、クラウドサービス等のアカウント等が挙げられます。キャッシュレス決済や企業ポイントの残高などもこちらです」

これらの遺品が、死後すべてそのまま相続されるかというとそうではない。

まずオフラインのデジタル遺品に関しては、デジタルデータそのものに対して所有権が成立しないため、データ自体の所有権を相続できないのだという。

しかし、たいていデータ類はスマホやパソコン内に保存されている。それらのデバイスに対しては所有権が成立するので、各デバイスの所有権の相続を介して、中のデータをそのまま引き継ぐことは可能だ。

インターネットサービスの相続に注意

「問題はオンラインのデジタル遺品です」と伊勢田さんは強調する。

「インターネットサービス等のアカウントについては、相続が認められるものと認められないものがあります。相続の可否は、各アカウントに一身専属性(権利又は義務が、個人に専属し、第三者(相続人含む)に移転しない性質)という性質が認められるかどうかによって決まります。

つまり、アカウントに一身専属性が認められる場合には、相続することができないこととなります。一身専属性の有無については、各サービスの利用規約等に記載されているケースもありますので、自分の死後も使い続けたいサービス等については、利用規約等を確認されるとよいでしょう」

「アカウント」が相続できるかできないかは事前に確認を(画像:イメージ)
「アカウント」が相続できるかできないかは事前に確認を(画像:イメージ)

例えば、航空会社のマイルやキャッシュレス決済の残高などは、利用規約上、相続できるものとされているケースもある一方で、例えばメッセージアプリのLINEや家電量販店ビックカメラの企業ポイントについては、利用規約に「一身専属」と明記されるため相続はできない。これに関しては個別のサービスによって異なるので気になるものは事前に確認しておきたいところだ。

ちなみに、故人のスマホでアプリを確認する場合は「機内モードにしてからチェックしてほしい」と伊勢田さん。「一部のアプリは、利用規約上、第三者の使用を禁ずるという趣旨の規定があるため、利用規約違反になる恐れがあるためです」。念のため意識しておきたい点だ。

また最近は音楽配信サービスや仕事のツール等で月額定額制のサブスクリプションサービスを利用する人も多いだろう。それが死後、思わぬ落とし穴となるのはご存知だろうか。

サブスクにも思わぬ落とし穴が…(画像:イメージ)
サブスクにも思わぬ落とし穴が…(画像:イメージ)

「クレジットカードの解約等により支払いが止まることで自動的に契約解除となるパターンもあれば、そうでないケースも。解約手続きが済むまでずっと月々の請求額が溜まっていくサービスもあります。遺族は、のちに連絡が来て初めて滞納金の存在を知り、すべて支払わなくてはならない場合もあります」

事前に規約等をチェックしておき、必要に応じて各種窓口等に問い合わせをしておくとよいだろう。しかし、せめて次に説明する方法でスマホのパスワードだけでも遺しておけば、サブスクリプションのアプリの存在を遺族に伝える助けとなるはずだ。

たった10秒でできるデジタル終活

人が亡くなった際、遺影にする写真も、葬儀に呼ぶ親しい相手の連絡先もすべてスマホの中にあるという場合は多い。そのケースは今後いっそう増えていくだろう。

しかし昨今、パスワードがわからずそもそもスマホを開けられないというトラブルが増えているという。そこで伊勢田さんが提案するのは「スマホのログインパスワードを遺しておくこと」。

「小さなカードや名刺の裏などにスマホのパスワード、もしくはパスワードのヒントとなる文言、例えば『妻の誕生日』などと書いて、それを自分の財布や通帳、自宅の貴重品を入れるタンスの引き出しに入れておきましょう。一人暮らしの方は、その紙を冷蔵庫の扉に貼っておくのがおすすめです」

時間にすれば、たった10秒ほどで完了する作業。何より簡単なデジタル終活だが、遺族にとってはこのパスワードがあるのとないのとでは大違いだ。

スマホにアクセスできれば遺影にする写真や連絡先だけでなく、取引していたネット金融機関や前述のサブスクリプションサービスの有無など、あらゆる手続きに対するヒントを得られる。

スマホのパスワード解除を業者に依頼すると数カ月かかる上に、数十万円の金額が必要なため、ぜひこれだけでも今すぐに対策しておきたい。またこれほどにスマホは情報の宝庫なので、遺族の立場になった場合は故人のスマホの通信契約をすぐに解除せず、様々な手続きが終わるまでは手元に置いておくことが大切だ。

スマホは隠したいものが詰まった「秘密の花園」

スマホのパスワードを残す際に、多くの人が気になるのは「隠したいデータ」の存在だろう。もとより、スマホはログインパスワードという鍵の存在により、生きている内に誰にも見られない自分だけの『秘密の花園』になりやすい場所だ。

家族としては手続きに必要なデータを探すため『秘密の花園』に入らざるを得ない。それが、自分自身が恥ずかしいだけならまだしも、家族を傷つけてしまう場合もあるかもしれない。

だからこそ「それを回避するには、ちゃんと事前に意思表示をしておくことが必要です」と伊勢田さんは言う。

PC等に見られたくないデータがあれば事前に“意思表示”を(画像:イメージ)
PC等に見られたくないデータがあれば事前に“意思表示”を(画像:イメージ)

「具体的にできる対策としては、パソコンであれば『家族のみんなへ』『死後に手続きしてほしいこと』等の名称をつけたフォルダを事前に作っておき、必要な項目を格納してデスクトップにわかりやすく置いておきましょう。こうやって秘密の花園の中に家族のための『通路』を作り、『宝箱』のありかを伝えることが大切です。

そうすれば、残りのデータは遺族にとってジャングルのようなものですから『木を隠すなら森の中』というように、隠したいデータはデータのジャングルの中に潜ませてしまえばいいのです」

とはいえ、どうしてもスマホやパソコンのパスワードを教えたくない人もいるだろう。その場合は「秘密の花園の外に倉庫を作りましょう」という。

「ログインパスワードを教えない代わりに、残されたご家族が絶対に必要となるような情報は別でしっかり残しておきましょう。例えばアナログな手法ではありますが、エンディングノートを残しておくこと。

そこに必要な人の連絡先や、取引のある銀行や証券会社の名前などを具体的に書いておくのがよいでしょう。スマホにアクセスできなくてもご遺族が困らないような工夫が必要なのです」

若い世代こそデジタル終活を

「デジタル終活は基本的にスマホを持つ全ての世代の人に行ってほしい」と伊勢田さんは語る。

(画像:イメージ)
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「人間は天寿をまっとうできる人ばかりではありません。どの世代においても突然死は起こりうるのです。デジタル終活は、普通の終活のように、60、70代になってから自分の隠したいデータは全部消して、必要なデータを全部打ち出して…という性質のものではなく、基本的には社会人になった節目や一人暮らし始めるきっかけなどでぜひみなさんに行ってほしいと思います。特に20〜30代の方はスマホにあらゆる重要な情報が集約しているはずですから」

そして、一度行ったらそのままではなく定期的に内容を見直しすることも大切だ。「スマホの機種変更をした際やパスワード変えた時に行うのもいいでしょう」と伊勢田さんは言う。

人生にはいつ何が起こるかわからない。だからこそせめて、伊勢田さんの提案する「10秒でできる終活」だけは終えておきたい。

伊勢田篤史
終活弁護士・公認会計士。日本デジタル終活協会代表理事。「相続で苦しめられる人を0にしたい。」という理念を掲げ、終活弁護士として、相続問題の紛争予防対策に力を入れる。共著に『デジタル遺品の探しかた・しまいかた、残しかた+隠しかた―身内が亡くなったときのスマホ・パソコン・SNS・ネット証券・暗号資産等への対応や、デジタル終活がわかる本』(日本加除出版)など。

取材・文=高木さおり(sand)
イラスト=さいとうひさし

プライムオンライン編集部
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FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。