夫に先立たれた妻に「この死に損ない!」
あるところに慎ましく暮らす夫婦がいた。夫婦に子供はいない。ある時、夫婦とも病気で入院。先に、妻の容態が悪化したが、結局、夫が先に息を引き取った。すると、夫の親族は、妻に対して、「この死に損ない!」と悪態をついたという。その後まもなく、妻も死亡する。
なぜ、夫に先立たれた妻が、悪態をつかれたのか。その理由は、「夫婦がそれぞれ1億円ずつの財産をもっていた」からだ。
この記事の画像(6枚)民法900条3項では、「配偶者及び兄弟姉妹が相続人であるときは、配偶者の相続分は、四分の三とし、兄弟姉妹の相続分は四分の一とする」 とされている。
この規定に従えば、夫の財産1億円について、妻が7500万円を、夫の親族が2500万円を、それぞれ相続する。一方で、妻が死亡した後、その親族は、1億円(妻の財産)+7500万円(夫からの相続分)=1億7500万円を相続することになる。
仮に、容態が悪化した妻が、先に死亡していたとしたら、夫の親族が1億7500万円を手にする計算だった。
お金がおりてこない・・・
おひとりさまの死後、上記のような、相続を“争族”としないためにどうしたらいいのか。 今、注目され始めているのが「遺贈」だ。 遺贈とは、生前にNPOや自治体などの寄付先を決めて遺言書を作ると、死後に司法書士、弁護士、金融機関等の遺言執行人が遺言書の通り寄付する、というものだ。
「使い切ってください。亡くなったときにゼロ円になるのが理想です」 。遺贈寄付の普及活動を行う日本承継寄付協会の三浦代表理事は、相談者に必ずこう話すという。しかし現実は違う。「相続の現状は80代、90代で亡くなって、60代70代の人が相続しているので、財産が90代から70代の間をくるくるまわってしまっている」とのこと。
そして70代で相続しても、年金生活など将来への不安から、結局、”使わず”に、そのまま貯めておくという。三浦氏は、「金融機関で使われないお金、死蔵財産となって、お金が下の世代におりてこない。しかも自分で使うことも出来ない」と問題点を指摘する。
遺贈の理由トップは「あげたくない」
日本承継寄付協会の全国調査によると、遺贈寄付を考えた事がある理由は、「何かしら社会貢献をしたいと思っているから」が55.1%で最も高い。ただ、実際に、遺言書を作るまでに至った人の44%は、遺贈寄付の動機について、「相続人にあげたくなかったから」と答えている。
三浦氏も、「多くの遺贈寄付をされる方の最初の動機は「社会貢献」ですが、実際に遺贈寄付のための遺言書を作る人は「(兄弟など)あの人には渡したくない」が最も多くなっています」 と打ち明ける。
肉親への“嫌悪”や“恨み”なのだろうか。何とも複雑な気持ちにさせられるが、遺贈寄付の意義について三浦氏は「亡くなった後、残った財産を好きなことに使いましょう、ということです。使い道を生前予約しましょう、というイメージです」と強調する。
40代独身女性が遺言書を作るワケ
「安心しました」 首都圏在住の44歳・独身・子供なしの陽子さん(仮名)は、実際に遺贈遺言書を作成したときの気持ちをこう語った。
陽子さんは、マーケティングの仕事をしながら、アニマルライツセンターなど複数の動物愛護団体などに寄付やサポートをしている。 40歳になり「人生後半戦に入った」と感じるとともに「今、自分が死んだら自分のお金を人間の家族はどう使うのかな。寄付してくれるかな」と考え、遺言作成を決心。
2年間をかけて、今年の秋に自分の納得できる遺言書を作った。しかし最初、遺言書を作ろうと思いネットで調べ公証役場を訪れた時、対応した年配の男性公証人の言葉に驚いたという。
「「まだ君は結婚するかもしれないし、遺言書なんてまとめなくていい。何があるか分からないし、まだ若いのにそんなことやらなくていい」といわれました。私は結婚する予定もないし生涯独身でいたいと思っているし、子供もいないし、子供を持つ予定もないのに」と思うとともに「アドバイスを求めている人を断るんだ」とショックも受けたそうだ。
遺贈では、生前に寄付先を決めておく人が多いと言うが、陽子さんは生前に寄付先を決めないかわりに、動物愛護活動、殺処分ゼロのための活動などの条件を設定し、死後、条件を満たす団体に、寄付が行われる「基金」を設立することにした。
とりあえず貯める、ではなく
実際に遺贈遺言を作るために陽子さんは不動産、預金、証券の口座、確定拠出年金(401K)の情報を遺言執行者に伝え、現在一緒に暮らしている猫2匹と犬1匹については、自分が亡くなった場合に世話をしてもらうための「任意後見契約」を結んでいる
「「とりあえず貯めておいた方がいい」と漠然とお金を貯めていた頃とは違います。今は自分が毎日頑張って稼いでいるお金がどこにいくのか明確なので、頑張って働こうと思えるし、自分の意思がお金の行き先という形で引き継がれて残る、誰かがそれをケアしてくれるんだなと思うと嬉しいです」と穏やかな笑顔で話した。
“大相続時代”到来か
遺贈の金額は大きい方がいいかというと必ずしもそうではないという。小さい団体が年間予算額を超える寄付を受けると、組織内での”もめ事”がおきることもあり、むしろ団体のためにならないケースもあるという。 このため三浦氏は、「わくわくする寄付をしてほしい」と、少額で多くの団体に寄付することも勧めている。
日本承継寄付協会では、遺贈寄付普及のため、現在、弁護士や公証役場などにかかる費用のうち、5万円分を助成中だ(2023年2月28日まで)
おひとりさま・高齢化が進む日本で、今後、確実に訪れるであろう“大相続時代”、自分の意思を引き継いで、世の中にお金を循環させていくためのひとつの方法として増えていくのかもしれない。
(フジテレビ社会部・小川美那)