感染者のない区域は外出可能に

新型コロナウイルスの感染拡大で、上海では依然として事実上のロックダウンが続く。上海市政府が3月から4月の間にかけて発表した市中感染者(以下、特にことわりの無い限り無症状者を含む)の数は累計57万人以上で、主なウイルスはステルスオミクロン株である。4月18日以降は連日患者の死が報告され、5月4日までの合計は503人に上っている。

一方で市中感染者数は、過去最多の2万7000人を超えた4月13日を境に減少傾向に転じた。5月4日までに政府は、約2500万人の上海市民のうち6割以上にあたる1647万人が街に出ることが可能になったとしている。

地元メディアは「街の回復ぶり」を報道(上海テレビより)
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外出可能な人たちが住む居住区は「予防区」に分類され、そこからは直近14日間は感染者が出ていないことを示す。自宅周辺に限られるものの、住民は買い物などに行くことも可能だ。習近平指導部がゼロコロナ政策を堅持する中、感染者ゼロが視野に入ったとは言えない段階の措置だけに異例ともいえる。そして、検査以外は原則一歩も部屋からでることが許されない「封鎖区」で1カ月近く生活している私にとっては“夢の国”にも見える。しかし、実態は決してバラ色ではないようだ。

“恐怖の2ランクダウン”と“名ばかり予防区”

4月28日、上海支局のスタッフの一人が外出できるようになった。このスタッフの住む区域では、4月27日まで「感染者ゼロ」が20日間続き、ようやく地元当局から「予防区」の通知が届いたのだ。スタッフは久しぶりに地元の空気を吸うために街に出たが、そこは決して“夢の国”ではなかったという。人通りは少なく、商店も閉まったままで、外に出たところで特にすることもなかったそうだ。

街の回復には“日にち薬”が必要ということなのかもしれない。一方でスタッフは、万一自分が街に出たことで感染したら他の住民に迷惑をかけるという思いがよぎったとも話す。

街の店舗にはテープが貼られ軒並み営業停止(市民撮影・4月)

現在の上海のルールでは、たとえ「予防区」になった後でも、同じ居住区内の住民に1人でも感染者が出ればまた「封鎖区」に逆戻りする仕組みだ。実は「予防区」と「封鎖区」の間には、「管理区」と呼ばれる分類(直近7日間以上感染者ゼロ・居住区の敷地内であれば外に出ることは可能)があるのだが、そこを一足飛びに超える。“恐怖の2ランクダウン”とも呼ばれ、実際にこれが起きたある居住区の中では、不幸にして“犯人”探しが行われたという。

そんな厳しい現実を避けるためか、責任追及をおそれてのことなのかは不明だが、街の当局が市政府の定めていないルールを勝手に適用しているケースもある。上海市西部に住むある日本人駐在者は、居住区が4月中旬に「予防区」となり、外出可能になるはずだった。そして業務の必要があったため自宅近くの職場に行こうとしたのだが地元当局から認められず、結局は在宅勤務が続いているという。

また、「予防区」に分類はされているが実際に出歩けるのは敷地内のみに限られ、実態は「管理区」と同じ状態の居住区もかなり多い。経済活動再開が待ち望まれる中で、これらを“名ばかり予防区”と揶揄する声が出ている。

ロックダウンが終わっていないにもかかわらず、すでにこうした後遺症ともいえる現象が表面化し、上海市政府のいう「市民の6割が外出可能になった街」の行方は依然不透明だ。

不安が尽きない「封鎖区」

さらに「予防区」の正反対に位置付けられている「封鎖区」の後遺症は過酷さを増している。「封鎖区」とは直近7日以内に感染者が報告された居住区を示し、政府発表によると、5月4日現在「封鎖区」で暮らす住民は234万人。ここでは検査以外で屋外に出ることは原則禁止で、ほぼ毎日PCR検査が行われる。

ロックダウン以降、私が住むマンションでは10日に1回ほどのペースで感染者が出ていたが、いずれも単発で、外出可能になるのもそう遠くないのでは?という感覚だった。しかし、4月末から連日感染者が報告されて緊張感が一気に高まり、PCR検査は4月23日以降、連続13日行われている(※5月5日現在)。そして住民が構成するSNSのグループチャットでも、「ずっと封鎖されているのになぜ感染者が出るのか?」というジレンマの声があがる。

さらに、知人が隔離施設に向かう様子を目撃した住民は「いたたまれない気持ちになった。今までは少し遠い世界に感じていた恐怖が一気に目の前に押し寄せてきた」と語った。慣れない異国の地で陽性となり、報道されているような劣悪な環境で隔離されるかもしれない、さらには親子がバラバラに隔離されるかもしれない、など不安が尽きることはない。

記者の自宅近くには隔離対象者専用とみられる臨時のバスターミナルも出現(4月撮影)

自宅前に柵や塀が突如出現 ドアに“御札”も

その「封鎖区」の中では、4月23日以降さらに厳格な措置を取る場所も出てきている。一部の地区では、感染者が出た家やマンションの前に人の出入りを禁止する柵や衝立が設けられたのだ。ネット上では、この措置について災害時など緊急対応面での問題を指摘する投稿が相次いだほか、柵の中にいる住民を映した動画では「まるで動物園のようだ」とする撮影者のつぶやきも残されていた。また、柵越しにPCR検査が行われる様子が捉えられた動画もあり「とても21世紀の出来事とは思えない」とする投稿もあった。

柵越しに行われたPCR検査には牢獄での出来事のようだとの批判も(中国のSNSより)

「人権上の問題を感じる」と語るのは、上海で10年以上アパレル業を営む日本人男性。この厳格な隔離の中に身を置かれている一人だ。4月23日以降、低層住宅にある住民共用ドアの前には衝立が設けられた他、共用ドアと壁をまたぐように「御札のようなもの」が貼られていて、もし共用ドアを開けようものなら「御札」が破れ、たちまち屋外に出ようとしたことが発覚するため、怖くて自分から外に出る気はおきないという。

また別の異変も起きたという。それまでほぼ連日行われていたPCR検査が無くなったのだ。先日、外からPCR検査を呼びかける声が聞こえたため出ようとしたところ、「何をしに行くのか?」とすぐに8人ほどの防護服姿の人物に囲まれた。PCR検査だと告げるとすぐに部屋に戻るように指示され、何かあったら飲むようにと漢方薬のようなものを手渡された。

実際に手渡された漢方薬のようなもの(男性撮影)

市中感染者の報告数が減少傾向にある中、男性は、ゼロコロナ達成のため感染者が多く出た場所の人を閉じ込め、検査数自体を減らしているのではないかと疑念をいだいている。男性は、「何もなかったかのようにこのまま閉じ込められ、世間から取り残されるのではないかという不安が大きい」と胸の内を明かした。 

PCR検査でミス?

そして「封鎖区」では、連日行われるPCR検査でもひずみが生じている。「封鎖区」に住むある日本人女性のもとに、最初に当局側から緊急連絡が入ったのは4月下旬のこと。2日前のPCR検査で家族の中に異常が認められたとのことだった。しかし女性がその翌日のPCR検査で家族全員陰性だったことを示すと、一転して自宅待機の指示。その後、当局側からは何の連絡もないという。今は部屋から出ることもできず、毎日家の中で簡易キットによる抗原検査をする日々が続いているそうだ。

抗原検査は毎日、家族全員が陰性で、女性は異常が出たとされるPCR検査にミスがあったのではないかと訴えている。しかし、自宅待機の指示があった後はPCR検査を受けることも認められないなど、自分たちの家族が今どういう状態なのか分からず、生きている心地がしないまま時間が過ぎていると苦しみを吐露した。

上海市政府は全市の封鎖解除に向け邁進する姿勢を示してはいるものの、長期化するロックダウンはすでに様々な“後遺症”を生み出している。市民のココロの封鎖が解除される日は本当に訪れるのだろうか。

【執筆:FNN上海支局長 森雅章】

森雅章
森雅章

FNN上海支局長 20代・報道記者 30代・営業でセールスマン 40代で人生初海外駐在 趣味はフルマラソン出走

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