世界の眼がロシアによるウクライナ侵攻に集まる中、ロシアのラブロフ外相は「(核戦争の)リスクは相当なもの」(4月26日)と発言した。

ラブロフ露外相(左上)露軍のRS-24 Yars大陸間弾道ミサイル(下) 
ラブロフ露外相(左上)露軍のRS-24 Yars大陸間弾道ミサイル(下) 
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しかし、核兵器についての発言はロシアからだけではない。

北朝鮮では、朝鮮人民革命軍創建90周年を迎えた4月25日、北朝鮮の最高指導者、金正恩総書記は、「我々の核が戦争防止という一つの使命に縛られているわけではない」として、北朝鮮の核戦力の任務は、抑止(戦争防止)だけではない、とした上で、核戦力の多様化を目指すことを示唆した。

金正恩総書記(左)、火星15型大陸間弾道ミサイル(推定射程約1万2000km)(右)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)
金正恩総書記(左)、火星15型大陸間弾道ミサイル(推定射程約1万2000km)(右)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)

そして、「どんな勢力でも我々の国家の根本利益を侵奪しようとすれば、我々の核戦力は…二番目の使命を決行しなければならない」として、いざという場合には、核兵器の使用を辞さないことを示唆した。 

では、北朝鮮は、どんな核兵器を実用化、または、開発を目指しているのだろうか?

北朝鮮の核戦略・核戦力とは

北朝鮮南部の咸興付近から4月16日午後6時頃、2発のミサイルが日本海上に向かって発射され、到達最高高度は約25km、飛距離は約110kmだったと、韓国軍が4月17日に発表した。

「新型戦術誘導兵器」北朝鮮南部咸興から北東へ約110km飛行(2022年4月16日)
「新型戦術誘導兵器」北朝鮮南部咸興から北東へ約110km飛行(2022年4月16日)

4月17日、北朝鮮メディアも、金正恩総書記立ち会いのもと「新型戦術誘導兵器」2発の発射試験を実施したと報じた。

報じられた画像を見ると、1台の車両に4発のミサイルが搭載可能であることがわかる。

「新型戦術誘導兵器」発射の瞬間。移動式発射機は四連装。
「新型戦術誘導兵器」発射の瞬間。移動式発射機は四連装。

これまで、存在が明らかにされていなかったとはいえ、推定直径約60cm、飛距離約110kmで日本には届きそうもないミサイルの試射に金正恩総書記は、なぜ、立ち会ったのか?

北朝鮮の労働新聞(4月17日付)は「新型戦術誘導兵器体系は…戦術核運用の効果性と火力任務多様化する」「総書記同士は…成果を高く評価し…核戦闘武力をさらに強化することで綱領的な教示をされた」と記述。

推定直径60cm程度の「新型戦術誘導兵器」が核兵器になる可能性を示唆していた。 

推定直径約60cmのミサイルに搭載可能な核弾頭計画?

北朝鮮は2017年9月に、火星14型大陸間弾道ミサイル用と見られる核弾頭(または、実大模型)の画像を公開しているが、その推定直径は約75cm。

火星14型大陸間弾道ミサイル用と見られる核弾頭実物大模型(2017年9月)
火星14型大陸間弾道ミサイル用と見られる核弾頭実物大模型(2017年9月)

もしも推定直径60cmの「新型戦術誘導兵器」が核搭載ミサイルになるなら、2017年当時よりはるかに核弾頭が小型化したか、小型化する計画があるということなのだろう。

新型戦術誘導兵器体系(推定直径約60cm)は戦術核運用?
新型戦術誘導兵器体系(推定直径約60cm)は戦術核運用?

今回の朝鮮人民革命軍創建90周年パレードにも、この「新型戦術誘導兵器」は、参加していた。

北朝鮮軍創建90周年パレードに参加した「新型戦術誘導兵器」(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)
北朝鮮軍創建90周年パレードに参加した「新型戦術誘導兵器」(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)

2022年3月に2回発射された、世界最大級の大陸間弾道ミサイル「火星17型」は、推定射程1万5000kmとされ、米本土のみならず、英仏など欧州にも届くとみられている。

北朝鮮、火星17型大陸間弾道ミサイル(推定直径約2.4~2.5m)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)
北朝鮮、火星17型大陸間弾道ミサイル(推定直径約2.4~2.5m)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)

そして、火星17型は推定直径2.4~2.5mとみられるので、「新型戦術誘導兵器」に搭載可能な核弾頭となれば、複数(+デコイ)が搭載可能となるだろう。

ちなみに、今回の朝鮮人民軍創建90周年パレードでは、火星17型大陸間弾道ミサイル(または、その実大模型)を搭載した移動式発射機4両が参加していた。

火星17型大陸間弾道ミサイル(推定射程約1万5000km)の移動式発射機4輛がパレードに参加(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)
火星17型大陸間弾道ミサイル(推定射程約1万5000km)の移動式発射機4輛がパレードに参加(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)

実際に、核弾頭を搭載可能な火星17型大陸間弾道ミサイルが、何発完成しているかは不明だが、移動式発射機が少なくとも4両存在するということは、火星17型ミサイルを北朝鮮は、少なくとも4発連続して発射する能力があることを示唆しているようだ。

北朝鮮の大陸間弾道ミサイルは火星17型だけではない。

核弾頭搭載可能なミサイルは多様化?

今回のパレードには、火星15型大陸間弾道ミサイル(または、その実大模型)を搭載した移動式発射機4両が参加した。

火星15型大陸間弾道ミサイル(推定射程約1万3千km)の移動式発射機4輛がパレードに参加(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)
火星15型大陸間弾道ミサイル(推定射程約1万3千km)の移動式発射機4輛がパレードに参加(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)

火星15型は推定射程が1万3000kmだが、直径は火星17型と同じ2.4mと推定され、搭載出来る核弾頭の数は火星17型と同じかもしれない。

火星15型大陸間弾道ミサイルの弾頭(推定直径約2.4m)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)
火星15型大陸間弾道ミサイルの弾頭(推定直径約2.4m)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)

では、「新型戦術誘導兵器」用の核弾頭が実現したら、日本にはどのような影響が考えられるだろうか?

日本射程のミサイルが核弾頭搭載可能へ?

北朝鮮は2022年1月11日に金正恩総書記立ち会いのもとで、“自称”「極超音速ミサイル」の発射試験を実施した。 

1月に試射された北朝鮮の“自称”「極超音速ミサイル」(朝鮮中央通信・2022年1月6日)
1月に試射された北朝鮮の“自称”「極超音速ミサイル」(朝鮮中央通信・2022年1月6日)

最高高度50km未満、約600km飛んだところで切り放した先端部はホップアップし、左に大きく旋回したとされ、日米の現在の弾道ミサイル防衛では防ぐのが難しいとされるミサイルだった。

このミサイルは今回の創建90年のパレードにも姿を見せていた。

北朝鮮人民軍創建90年パレードに姿を見せた”自称“「極超音速ミサイル」(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)
北朝鮮人民軍創建90年パレードに姿を見せた”自称“「極超音速ミサイル」(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)

火星12型中距離弾道ミサイルのものを転用したとみられるブースターは、火星12型と同じ直径140cm程度とみられ、切り放された先端部には「新型戦術誘導兵器」用核弾頭なら搭載できるかもしれない。 

北朝鮮の“自称”「極超音速ミサイル」の先端部
北朝鮮の“自称”「極超音速ミサイル」の先端部

迎撃が難しい核弾頭となれば、日本の安全保障にとって無視できるものではないだろう。 

さらに気がかりなのは、今回のパレードで、少なくとも6両の移動式発射機に載せられて登場した火星8型極超音速滑空体ミサイル(または、実大模型)だ。

こちらも、ブースターは火星12型中距離弾道ミサイルのモノを改造して使用しているとみられるため、「新型戦術誘導兵器」に搭載可能な核弾頭が登場すれば、火星8型にも搭載可能性があるかもしれない。

そうなると、こちらも日本を射程に入れ、しかも迎撃が難しい核弾頭となる恐れがある。

北朝鮮の火星8型極超音速滑空体ミサイル(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)
北朝鮮の火星8型極超音速滑空体ミサイル(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)

次に、今回のパレードでは、潜水艦発射弾道ミサイルでも、従来の北極星5型(推定全長:11m、推定直径:1.5m)の全長を14mに延長したとみられる新型の潜水艦発射弾道ミサイルが登場した。

「新型戦術誘導兵器」用核弾頭なら、この新型潜水艦発射弾道ミサイルにも複数の搭載可能性があるかもしれない。 

北朝鮮の新型北極星潜水艦発射弾道ミサイル。北極星5型(推定全長:11m、推定直径:1.5m)の全長を14mに延長。(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)
北朝鮮の新型北極星潜水艦発射弾道ミサイル。
北極星5型(推定全長:11m、推定直径:1.5m)の全長を14mに延長。(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)

北朝鮮軍は“擬態の軍隊”

従来から、北朝鮮は、米軍韓国軍、それに日本の自衛隊の装備に外観が似ている装備を開発してきた。

M-2020と呼ばれる戦車は一見すると米陸軍のM1エイブラムス戦車に似ていて、今回のパレードにも参加した。

北朝鮮のM-2020戦車(左)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)と米陸軍M1エイブラムス戦車(右)(米国防総省公式画像より)
北朝鮮のM-2020戦車(左)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)と米陸軍M1エイブラムス戦車(右)(米国防総省公式画像より)

また、陸上自衛隊の軽装甲機動車に見まがいそうな車両も参加していた。 

北朝鮮の軍用四輪駆動車(左)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)、陸上自衛隊の軽装甲機動車(右)(広島地方協力本部HPより)
北朝鮮の軍用四輪駆動車(左)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)、陸上自衛隊の軽装甲機動車(右)(広島地方協力本部HPより)

さらに、今回のパレードでは、対戦車ミサイル、またはロケット弾を四輪駆動車の車体後部に、ほぼ横向きに搭載した装備が登場した。

これは、イスラエルで開発されたスパイク対戦車ミサイルの車載型システムとは発射機の向きが左右逆になっているが、外観は似ている。

北朝鮮の新型対戦車兵器車載システム(左)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)、スパイク対戦車ミサイル車載型システム(右)(ラファエル社HPより)
北朝鮮の新型対戦車兵器車載システム(左)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)、スパイク対戦車ミサイル車載型システム(右)(ラファエル社HPより)

韓国軍も、スパイク対戦車ミサイルの車載システムを導入している。 

さらに、興味深いのは、歩兵が携えている赤い蓋の付いた太い筒状の装備。

北朝鮮の新型「携行式対戦車兵器(?)」(左)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)、ウクライナで使用されている「NLAW対戦車ミサイル」(右)
北朝鮮の新型「携行式対戦車兵器(?)」(左)(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)、ウクライナで使用されている「NLAW対戦車ミサイル」(右)

一見すると、ウクライナ軍に英国が供与したNLAW対戦車ミサイルに外観が少し似ているが、対戦車ミサイルか、対戦車ロケット弾発射装置かは不詳だ。

北朝鮮軍は、核兵器やミサイルを発達させるだけでなく、他の国の装備に外観だけは似ている装備も開発していると言えよう。

まるで、他国の軍隊に”擬態”し、万が一の場合“敵”を混乱させようとしているようにも見える。 

では、その目的は何なのか?

そっくり兵器“擬態”の目的は?

北朝鮮内を撮影した衛星画像には、米軍のグローバルホーク無人偵察機やF-117Aナイトホーク・ステルス攻撃機等の姿もあった。

北朝鮮平安南道で撮影された米軍の装備の模型と類推されるもの(左から:RQ-4グローバルホーク無人偵察機の実大模型?、F-35ステルス戦闘機の実大模型?、F-117Aナイトホーク・ステルス攻撃機の実大模型?、標的機など)(2020年10月 協力:Tarao Goo) 
北朝鮮平安南道で撮影された米軍の装備の模型と類推されるもの(左から:RQ-4グローバルホーク無人偵察機の実大模型?、F-35ステルス戦闘機の実大模型?、F-117Aナイトホーク・ステルス攻撃機の実大模型?、標的機など)(2020年10月 協力:Tarao Goo) 

これらが、訓練用の攻撃目標として作成された大型模型であるなら、実戦で、北朝鮮軍は、どこで、これらの実物を攻撃することを想定しているのか、気になるところだ。

これらの米軍装備の実物は、朝鮮半島以外にも展開されている。数年前に一部が現役に復帰したF-117ステルス攻撃機は米本国にしか展開していない。

その一方、グローバルホークは、グアム、韓国、日本にも展開している。

 謎の武装背広集団

今回のパレードで、最も眼を引いたのは、短銃身の自動小銃のようなものを小脇に抱えた“背広姿”の一団だった。

背広姿で銃器を持ってパレードに参加する国家保衛省と見られる部隊(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)
背広姿で銃器を持ってパレードに参加する国家保衛省と見られる部隊(朝鮮労働新聞・2022年4月26日)

彼らは、1973年に創建された秘密警察・情報機関である国家保衛省の中で要人警護を主任務とし、普段は表舞台には出てこない隊員とみられている。

それが、今回、朝鮮人民軍の創建90周年パレードというハレの場に姿を現したのである。 

国家保衛省の隊員は普段、姿を見せない、いうなれば“影の部隊”と考えられる。しかし、要人警護任務の隊員は、その任務の性格上、顔・姿を一般に晒すことが可能と判断されたのかもしれないが、あえて人民軍の創建90周年パレードのタイミングで、北朝鮮当局が彼らを表に出す理由は、何なのだろうか?

理由は不明だが、保衛省の隊員だとすれば、恐らくは晴れがましいパレードの場に出させることによって、北朝鮮首脳部は、例えば北朝鮮の一般市民にも目を光らせる国家保衛省の存在をあらためて印象づけるだけでなく、経済制裁で疲弊した経済情勢下で、従来のような待遇が維持できなくなるかもしれない保衛省隊員の忠誠をつなぎ止めることを期待しているのだろうか。 

閑話休題、今回のパレードで、ロシアのみならず、北朝鮮も、また、世界の安全保障を核兵器によって揺さぶったうえで、北朝鮮は、米国、日本、韓国のみならず、世界の眼を引こうとしているのかもしれないが、そうなるかどうかは、筆者には不詳だ。 

【執筆:フジテレビ 上席解説委員 能勢伸之

超音速ミサイルが揺さぶる「恐怖の均衡」

極超音速ミサイル入門 | 

能勢伸之
能勢伸之

情報は、広く集める。映像から情報を絞り出す。
フジテレビ報道局上席解説委員。1958年京都市生まれ。早稲田大学第一文学部卒。報道局勤務、防衛問題担当が長く、1999年のコソボ紛争をベオグラードとNATO本部の双方で取材。著書は「ミサイル防衛」(新潮新書)、「東アジアの軍事情勢はこれからどうなるのか」(PHP新書)、「検証 日本着弾」(共著)など。