「右利き」「左利き」と、ヒトには「利き手」があるが、同じように魚にも「利き」があることをご存じだろうか。

「利き」があることで知られる魚の一つが、アフリカのタンガニイカ湖に生息している鱗食魚(他の魚のうろこをはぎ取って食べる魚)の「ペリソダス・ミクロレピス」だ。

ペリソダス・ミクロレピス(提供:アクア・トトぎふ)
ペリソダス・ミクロレピス(提供:アクア・トトぎふ)
この記事の画像(10枚)

この魚は、獲物の魚のうろこをはぎ取って食べるという特徴があるのだが、この捕食行動の際、獲物を右から狙うのが「右利き」、左から狙うのが「左利き」とされている。

ただ、この「利き」を発達段階のいつどのように獲得するのかは不明で、長年の謎だった。

「利き」と獲物に対する襲撃方向の関係(提供:富山大学・竹内勇一助教)
「利き」と獲物に対する襲撃方向の関係(提供:富山大学・竹内勇一助教)

こうした中、富山大学、名古屋大学、世界淡水魚園水族館「アクア・トトぎふ」の共同研究チームは、この魚の「利き」を獲得するメカニズムを実験によって検証し、研究結果を2022年1月14日に公表した。

実験では、この魚(ペリソダス・ミクロレピス)を人工的に孵化させ、人工のエサだけを与えて飼育。生後4カ月の「幼魚」、8カ月の「若魚」、12カ月の「成魚」になった時に初めて獲物を襲わせ、行動を比べたところ、「幼魚」の時の鱗食経験によって、「利き」が獲得されることが分かった。

この結果について研究チームは「魚類の利きも、特定の時期における経験学習に依存して、獲得されることが分かった」としている。

「利き」の獲得の調査には大変な労力がかかる

この魚の「利き」がいつ、どのように獲得されるかは長年の謎とされてきたということだが、これはなぜなのか? また、今回の研究結果は、今後どのようなことに活かされるのか?

今回の研究に携わった、富山大学の竹内勇一助教に聞いた。


――このような研究を行った理由は?

「利き」と聞いて、すぐに思い浮かぶのはヒトの手の使い方でしょう。どちらの手でもいいはずの状況でも、無意識にどちらか一方の手を頻繁に使います。

なぜ、偏るのでしょうか? そして、「右利き」のヒトと「左利き」のヒトがいます。なぜ、2つのタイプがいるのでしょうか? しかも、国や文化圏を越えて、約9割が右利きです。これは、なぜでしょう?

私たちにとって身近な現象でありながら、謎が多い「利き」について、その謎を解明したいと思い、研究を行っています。


――そもそも、魚にも「利き」が“ある”種類と“ない”種類がいる?

「利き」が“ない”ということを示すことは、とても難しいです。逆に、「利き」が“ある”ということは、行動実験や観察によって、明らかにすることができます。

魚類では、捕食行動や逃避行動、探索行動、社会行動など、幅広い行動で左右性が見出されています。これまでの研究から、捕食行動の左右性においては、逃げる獲物を狙う捕食魚でよく現れるということが分かっています。

「利き」は運動能力を高めるとされ、運動の最大パフォーマンスを発揮して、何とか、獲物を捕らえようとしていると考えています。

ペリソダス・ミクロレピス(提供:アクア・トトぎふ)
ペリソダス・ミクロレピス(提供:アクア・トトぎふ)

――この魚の「利き」がいつ、どのように獲得されるかは長年の謎とされてきた。これはなぜ?

「利き」の獲得については、魚だけでなく、ヒトを含む、どの動物にとっても、調べることに大変な労力がかかるため、謎でした。なぜ、大変かというと、以下の4つの理由が挙げられます。

(1)生まれてから成長するまで、どのように「利き」が変化するのか、長期的な観察が必要であること
(2)経験と「利き」の関係を明らかにする必要があること
(3)遺伝と「利き」の関係も踏まえなければならないこと
(4)ヒトの場合は「左利き」を「右利き」へと矯正する社会的圧力があるため、生物学的な「左利き」を評価しにくいこと

右あごが大きいと「右利き」左あごが大きいと「左利き」と定義

――今回の実験で使用した「ペリソダス・ミクロレピス」はどのような魚?

他の魚の鱗をはぎ取って食べる魚で、アフリカのタンガニイカ湖にだけ生息しています。獲物を襲う時に、右から襲う「右利き」と、左から襲う「左利き」がいて、ヒトの利き手に相当するほど、明瞭とされています。

また、右あごが大きい個体が「右利き」、左あごが大きい個体が「左利き」と定義されます。

鱗食魚の右利き・左利き(提供:富山大学・竹内勇一助教)
鱗食魚の右利き・左利き(提供:富山大学・竹内勇一助教)

――この魚の「利き」は、「幼魚」の時の鱗食経験によって獲得される。これはどのような実験で分かった?

「アクア・トトぎふ」に、この魚の繁殖を行ってもらい、その後の実験は全て、富山大学で行いました。繁殖で得た魚を実験に用いることで、経験をコントロールしつつ、稚魚からの発達を追跡できます。

同じ親から生まれた稚魚を使うことで、遺伝的背景も、ある程度、揃えることが可能です。しかも、ペリソダス・ミクロレピスは成魚になるまでの期間が約1年と短く、上記で示した“研究を進める上での難点4つ”を全てクリアできます。

実験としては、繁殖した個体を個別隔離して、人工飼料で飼育して、発達の様々な時期に鱗食経験をさせ、「利き」の獲得に対する効果を調べました。


――この実験で、どのようなことが明らかになった?

「幼魚」と「若魚」は経験を重ねると捕食が上手になること、対照的に「成魚」は捕食が上達しないことが明らかになりました。

捕食成功率の変化(提供:富山大学・竹内勇一助教)
捕食成功率の変化(提供:富山大学・竹内勇一助教)

もっと大事な結果は以下の2つです。

(1)「幼魚」と「若魚」は経験によって襲撃方向が固定化されていくのに対して、「成魚」は襲撃方向がランダムなままでした。

(2)「幼魚」は、襲撃方向だけでなく、「利き」側での屈曲運動能力も、学習によって発達させていました。


「幼魚」は生まれながらに運動能力に「利き」をもっていて、経験によって、それが強化されたと考えられます。このような傾向は、「若魚」や「成魚」では見られませんでした。

一方で、「若魚」では鱗食経験によって、獲物に接近する際の接近速度を速めており、これは獲物となる魚に襲いかかるタイミングを計ることを学び、捕食成功率の向上に繋がると示唆されました。

すなわち、「幼魚」と「若魚」では経験によって、捕食行動の異なる側面を学習していると考えられます。

ペリソダス・ミクロレピス(提供:富山大学・竹内勇一助教)
ペリソダス・ミクロレピス(提供:富山大学・竹内勇一助教)

――この魚の「利き」は、「幼魚」の時の鱗食経験によって獲得される。この理由としては、どのようなことが考えられる?

発達初期では脳には“可塑性”があるとされ、経験や環境要因の影響を受けて、神経回路が変化することが知られています。

一方で、発達が進むと、同じような経験や環境を課されても、神経回路は影響を受けないことも、いくつかの例で知られています。鱗食魚の「利き」の獲得には学習が関わっているため、脳の“可塑性”が関係していると考えています。


――“可塑性”とは何?

ここでは「表現型可塑性」のことを指します。表現型(=形態や特徴)は遺伝的な要因だけではなく、環境要因によっても影響を受けます。

このように、環境に依存して表現型(=形態や特徴)が変化する性質を「表現型可塑性」と呼びます。

「右利き」の多い年と「左利き」の多い年が5年周期

――この魚は右利き、左利きどっちが多い?

この魚は、野外では「右利き」と「左利き」が大体、同じ比率ですが、「右利き」が多い年と「左利き」が多い年が5年周期で動いていることが明らかにされています。

ペリソダス・ミクロレピス(赤点)の利きの比率の動態。「右利き」が多い年は1.0に近づき、「左利き」が多い年は0に近づく(提供:富山大学・竹内勇一助教)
ペリソダス・ミクロレピス(赤点)の利きの比率の動態。「右利き」が多い年は1.0に近づき、「左利き」が多い年は0に近づく(提供:富山大学・竹内勇一助教)

この左右性は“負の頻度依存淘汰”によって維持されることが示されていて、少数派の「利き」の方がたくさん鱗を食べることができ、それらが繁殖して、同じタイプの子供を多く残すことによって、少数派が数年後に多数派に転じます。


――“負の頻度依存淘汰”とは何?

同一種にAタイプとBタイプがいるとします。集団の中において、Aタイプが多数派、Bタイプの方が少数派とすると、少数派のBタイプの方が生存上有利となり、多数派のAタイプの方が不利となる状況を“負の頻度依存淘汰”といいます。

逆に多数派が生存に有利な状況を“正の頻度依存淘汰”といいます。

すなわち、個体の形質や戦略だけでなく、集団の中にどういうタイプが多いか少ないかという頻度が、個体の生存に関わってくる状況です。

鱗食魚の場合では、「右利き」は他の魚の右側の鱗ばかりを食べます。集団の中に「右利き」が多いと、襲われる魚は右側を警戒するために、結果として左から襲う「左利き」に多くの鱗を取られてしまいます。エサをたくさん食べることのできた「左利き」は子孫をたくさん残せます。

この「右利き」「左利き」は遺伝形質のため、「左利き」の親からは「左利き」の子が多く生まれます。

このように、集団の中に多い方の「右利き」の適応度が下がる(=生存率低下や子孫を残せない)ことによって、「右利き」と「左利き」の頻度が多くなったり少なくなったりと、動的に「右利き」と「左利き」が維持されるということです。

ヒトの「利き」獲得のメカニズムを明らかにするのに役立つ

――今回の研究結果、今後、どのようなことに活かされる?

ヒトにおいても、4~6歳頃までに「利き」が確定するとされ、その後に「利き」を逆転させることが極めて難しいのは周知の事実です。それには、おそらく脳の発達が関係しています。

鱗食魚の「利き」の獲得の研究を通じて、どこの脳領域のどのようなレベルの“可塑性”が、「利き」の獲得にとって重要なのかを明らかにすることができれば、ヒトの「利き」の獲得のメカニズムを明らかにするのに役立つと考えています。

ペリソダス・ミクロレピス(提供:富山大学・竹内勇一助教)
ペリソダス・ミクロレピス(提供:富山大学・竹内勇一助教)

――今回の研究結果はヒトにも応用できる?

脊椎動物の脳の基本構造は同じなので、鱗食魚で「利き」の仕組みが分かれば、動物に共通した「利き」の理解への道が開ける可能性があります。

鱗食魚の捕食行動に関わる脳神経系は、入力から出力までがすでに想定されており、私たちは「利き」獲得に関わる、脳内制御機構を理解する研究に着手しています。

将来的には、ヒトの「利き」の制御機構の構築原理や、成立起源の解明に繋げたいと考えています。

「アクア・トトぎふ」が実験に協力した4つの理由

ペリソダス・ミクロレピスの「利き」を解明する実験が行われたのは、岐阜県各務原市にある世界淡水魚園水族館「アクア・トトぎふ」だ。実験に協力した理由を担当者に聞いた。


――このような実験に協力しようと思ったのはなぜ?

理由は4つあります。

(1)ペリソダス・ミクロレピスが鱗食という性質上、個体間で激しく闘争するため、名古屋大学、富山大学で繁殖させることができず、「アクア・トトぎふ」を頼っていただいたことに、水族館としてのプライドに火がつき、何とか期待に応えたいと思いました。

(2)生物の左右性の研究は生態学や進化学分野では注目されていて、純粋に研究テーマとして興味深いと思いました。

(3)進化の湖と呼ばれるタンガニイカ湖に生息する魚「シクリッド」の進化などの解明に繋がるのではないかと思い、ワクワクしました。

(4)「アクア・トトぎふ」にはタンガニイカ湖を再現した水槽があるため、“リアル・タンガニイカ湖”を目指し、水槽内でペリソダス・ミクロレピスを展示するには、この魚の繁殖は乗り越えなければならない壁だと思いました。

「アクア・トトぎふ」のタンガニイカ湖を再現した水槽(提供:アクア・トトぎふ)
「アクア・トトぎふ」のタンガニイカ湖を再現した水槽(提供:アクア・トトぎふ)

調査に大変な労力がかかるため、ヒトの「利き」の獲得のメカニズムは未だに明らかになっておらず、謎のままだという。今回の実験結果を踏まえ、ヒトの「利き」についても研究がさらに進むことを期待したい。

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。