1月27日、埼玉県ふじみ野市で訪問診療を行っていた医師が患者の家族に殺害された。訪問診療といういわば「密室」で、医師がリスクに晒されているとの課題が浮上している。

一方で、新型コロナウイルスの蔓延により、発熱した患者が集まる病院での感染リスクは高いままだ。

この一見関係の無い2つのリスクを回避する手段がある。オンライン診療だ。新型コロナウイルスの蔓延により、オンライン診療は世界中で急速に拡大しているが、日本は大きく遅れている事が最新の調査で分かった。医療関係のみならず電力会社など異業種も参入しているオンライン診療。なぜ日本では広がらないのか?

日本のオンライン診療経験は他国の4分の1

コンサルティング大手のアクセンチュアは2月1日、オンライン診療に関する興味深い調査結果を発表した。2021年6月、14か国(アメリカ、イギリス、フランスなどの欧米諸国と、アジアからは日本、シンガポール、インド、中国)の約1万2000人を対象に、医療分野におけるデジタル技術の活用などについてオンラインでアンケート調査したものだ。

顕著な差が出たのは、オンライン診療を受けた人の割合だ。14カ国全体では過去1年間のオンライン診療経験者が23%に上るのに対し、日本はわずか7%しかいない。また電子カルテも9%(14カ国平均は22%)、腕時計型などウェアラブル型ヘルスケア商品の利用経験も9%(14カ国平均は19%)と、全体平均に比べると半分以下の数値だ。

「コロナ流行の後、医療サービスを受けやすくなったか」との質問に対しては、「改善した」と答えたのが14カ国平均で18%だったのに対し、日本はわずか6%にとどまった。

コロナ禍により多くの人々が外出を控え、感染防止のために直接的な医療機関へのアクセスが難しくなるなか、世界では医療分野のデジタル化が一気に進んだ。しかし日本は諸外国に比べオンライン化・リモート化の動きが遅れている。行政など社会システム以外に、医療面でもデジタル化の進展が大きく遅れているようだ。

出所: アクセンチュア 「日本におけるデジタルヘルスのいま」
出所: アクセンチュア 「日本におけるデジタルヘルスのいま」
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データセキュリティを信じない日本人

なぜ医療分野のデジタル化が進まないのか?もちろん、欧米に比べ気軽に病院に行ける日本の医療・保険制度があるためという、ある意味では幸せな理由もあるだろう。

だが、アクセンチュアの調査からは興味深い答えも見えてきている。「自分の健康データの預け先として、医師や病院は信頼できるのか」という設問で、14カ国平均では、「信頼できる」と答えた人が41%だったのに対し、日本ではわずか23%にとどまった。日本では医師や病院への信頼度が低く、自分の健康に関するデジタルデータの預け先として不安を感じ、その結果として医療分野のデジタル化が進んでいないとみられる。

また「AIによる診断支援に不安があるか」という設問に対して「ある」と答えたのは日本が最も高かった(46%)。アメリカ(29%)、中国(19%)とはかなりの差があり、デジタル技術そのものへの信頼の低さもうかがえる。

出所: アクセンチュア 「日本におけるデジタルヘルスのいま」
出所: アクセンチュア 「日本におけるデジタルヘルスのいま」

電力会社がオンライン診療に進出

日本のオンライン診療は2018年に一部の病気の再診に限る形で保険適用された。2020年4月にはコロナの蔓延を受けて規制緩和され、病気の種類を問わずに初診からオンラインで診療可能となった。

厚生労働省の資料によると、2021年4月末段階で、日本国内の全医療機関は11万898カ所。そのうち電話やオンラインでの遠隔診療に対応しているのは約15%に当たる1万6843カ所だった。しかし、2020年4月からの1年間で実際に初診からオンライン診察したのはわずか632カ所。全体の0.57%という少なさだ。全く広がっていない。

ただ普及に向けた明るい材料もある。異業種の参入が相次いでいるのだ。NTTドコモ、KDDI、ソフトバンクという通信大手やLINEに加え、珍しいところでは、中部電力も参入している。

中部電力は慶応大学病院とタッグを組み、2020年から妊婦と糖尿病・肥満症の患者を対象に、医師と患者をつなぐシステムを構築している。電力会社とオンライン診療という、一見して接点が分からない2者をつないだのは「情報セキュリティー」だ。

電力会社は単に電力をつくり、送り届けているだけではない。長年にわたって顧客との契約内容や料金支払い、電力使用量などの膨大な個人データを管理してきた歴史があり、大手通信会社やIT企業と同様に「ビッグデータ管理企業」という側面も持っている。インフラ企業としてずさんな情報管理は許されず、情報セキュリティー技術を磨いてきたのだ。最高レベルの個人情報である健康に関する情報を管理するのに必要なノウハウだ。

中部電力と慶応大学病院は2020年から妊婦と、糖尿病・肥満症の患者を対象に、医師と患者をつなぐシステムを構築している
中部電力と慶応大学病院は2020年から妊婦と、糖尿病・肥満症の患者を対象に、医師と患者をつなぐシステムを構築している

慶応大学病院でのオンライン診療を受けた妊婦は100~200人程とまだまだ小規模だ。しかし「歴史あるインフラ企業」という異色の看板は、オンライン診療の拡大を妨げている「医療機関への低い信頼度」を補う事になるかもしれない。

脱炭素の流れの中で、発電事業以外の業態拡大を目指していた中部電力。オンライン診療以外にも、電力使用量などのデータをAIが分析することで、住人に認知症の兆候が現れるのを早期にキャッチするという実証実験も愛知県豊明市で行っている。こうした取り組みについて中部電力は「ヘルスケアは安心・安全な暮らしの実現に必要不可欠な分野であると考えており、さまざまなサービスを通じて、地域社会の持続的な発展に貢献することが重要と考え、ヘルスケア分野に注力することとなりました」と説明している。

2030年には市場規模が約53兆円に

ドイツの調査会社スタティスタは、オンライン診療の世界市場規模が2019年の約500億ドル(約5兆7450億円)から、2030年には4600億ドル(約52兆8600億円)近くにまで急速に拡大すると予測している。大きなビジネスチャンスだ。

オンライン診療が普及すれば、病院の業務効率は向上し、患者側も移動にともなう時間的経済的メリットを享受できる。また最初に指摘した通り、医師側・患者側双方ともに安全性は高まる。オンラインでも病気を見逃さない診療ができるというのが大前提だが、世界的な医療分野のデジタル化の進展に日本が乗り遅れる事態は避けたいものだ。

(フジテレビ経済部 渡邊康弘)

渡邊康弘
渡邊康弘

FNNプライムオンライン編集長
1977年山形県生まれ。東京大学法学部卒業後、2000年フジテレビ入社。「とくダネ!」ディレクター等を経て、2006年報道局社会部記者。 警視庁・厚労省・宮内庁・司法・国交省を担当し、2017年よりソウル支局長。2021年10月から経済部記者として経産省・内閣府・デスクを担当。2023年7月からFNNプライムオンライン編集長。肩肘張らずに日常のギモンに優しく答え、誰かと共有したくなるオモシロ情報も転がっている。そんなニュースサイトを目指します。