国家安全保障戦略改定の焦点は“経済安保の強化”

2013年に策定された国家安全保障戦略の年内の改定に向けての検討が政府内で進んでいる。岸田首相は26日の衆議院予算委員会で、厳しさを増す安全保障環境への対応を問われ「国家安全保障戦略、防衛大綱、中期防衛力整備計画を策定していく過程で、こうした課題についてもしっかり検討する」として策定に向けた作業の加速化を強調した。

衆議院予算委員会で答弁する岸田首相(1月26日)
衆議院予算委員会で答弁する岸田首相(1月26日)
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今回の改定の中でのキーワードは「経済安全保障」だ。

新型コロナでマスクや医療物資が不足し、いままで海外に頼っていたサプライチェーンの国内回帰が強く叫ばれるようになったことも相まって「経済安保強化」が急務となっている。政府は経済安全保障の確保に向けた法整備を進めていて、19日、有識者が政府に対する提言の骨子をまとめた。

第一回経済安全保障法制に関する有識者会議(2021年11月)
第一回経済安全保障法制に関する有識者会議(2021年11月)

骨子の中では機微な情報の漏洩の防止やサイバーセキュリティの強化のために、電力や通信など基幹インフラを担う企業に対して、新たな重要設備導入の際、国の事前審査制度を新設すべきとしている。中国を念頭に、安全保障上問題のある海外製品の使用を排除する狙いがある。

こうした先端技術の流出を防ぐ対策と共に、国内での研究者育成に向けた「官民協議会の設置」が提案された。官民が協力して特定重要技術の国内での研究を進めることで、資金の提供のみに留まらない国としての支援体制の強化が期待されると同時に、協議会で守秘義務を課すことで機微情報の管理強化も同時に図りたい考えだ。

有識者会議は近く政府に提言を提出し、政府は早ければ2月下旬にも経済安全保障推進法案を通常国会に提出する見通しとなっている。

日米では「経済版2+2」創設 

経済安全保障の確保はいまやグローバルな課題だ。21日に行われた日米首脳テレビ会談では、経済安全保障について日米で緊密な連携を確認すると同時に、閣僚レベルの日米経済政策協議委員会(経済版「2+2」)の立ち上げで合意した。

2+2(ツープラスツー)とは安全保障問題についての閣僚級協議の通称で、日米間では両国の外相と防衛相が出席する会議体がすでにある。新設が決まった経済版2+2には、日本から林外相と萩生田経産相、米国からブリンケン国務長官とレモンド商務長官が参加予定で、サプライチェーンや輸出管理等の経済安全保障の分野の協力に向けて、実務レベルで協議が行われる。

日米首脳テレビ会談に臨む岸田首相(1月21日・提供:内閣広報室)
日米首脳テレビ会談に臨む岸田首相(1月21日・提供:内閣広報室)

ある政府関係者は今回の枠組みの創設の意図について「中国という大国に対して日米で経済安保の連携を深めることは重要」と話し、今後、日米など4カ国でつくる「クアッド」の参加国であるオーストラリアやインドとも同様の枠組みを作る可能性にも言及した。

また別の関係者は「インド太平洋に包摂的な経済秩序を作るための枠組みが必要。この地域の経済秩序に米国がコミットしていくことが重要だ」として日本が主導する「自由で開かれたインド太平洋」の実現にも資する枠組みだと期待感を示している。

「経済安保連携」立役者の北村滋前国家安全保障局長は豪政府から情報功労章

こうした中、政府は26日、北村滋前国家安全保障局長がオーストラリア政府から情報功労章を授章されたと発表した。日本とオーストラリア間の情報協力の推進に北村氏が貢献したことを認めるものとされ、内閣情報調査室によると「日本人が過去に受章したケースは承知していない」ということだ。北村氏といえば経済安保の重要度の高まりから、2020年に国家安全保障局に専門の担当部署となる「経済班」を新設した立役者である。

北村滋前国家安全保障局長(「新たな国家安全保障戦略等の策定に関する意見交換」1月26日)
北村滋前国家安全保障局長(「新たな国家安全保障戦略等の策定に関する意見交換」1月26日)

北村氏は2020年、アメリカの国防省から「『自由で開かれたインド太平洋』のもとでの地域協力、日米豪印や日米韓の協力の推進に対する貢献を認める」として特別功労章も授与されている。2021年に国家安全保障局長を退任したが、現在は政府の経済安全保障法制や国家安全保障戦略の策定に関する有識者を務めている。

海外との連携を一層強化するには、日本国内の経済安全保障に対する重要性の認識や制度的なセキュリティーレベルを海外同様に引き上げることが必要で、安倍・菅政権で「経済安保」を推進した北村氏の知見も踏まえて、今後の政策の具体化を進めたい岸田政権の意向があるとみられる。

今春、日本で開催の日米豪印首脳会合に向け一層の連携強化を図れるか

6日に行われた日豪首脳テレビ会談では、岸田首相がモリソン首相との間で安全保障協力を深化させることで一致するとともに、今後の長期的な取組の羅針盤となる「新たな安全保障協力に関する首脳共同宣言」の早期発出でも合意した。コロナの拡大で対面外交の機会が制限される中でもアメリカ、オーストラリアなどとオンライン会談を重ね、同志国との連携強化を進めている。

岸田首相は次回の日米豪印(=クアッド)首脳会合を、今年前半に日本で開催する考えだ。日本で対面での開催を実現出来るかはコロナの感染状況次第となるが、政府としては各国との具体的な議論に向けた土壌を整えるためにも、今国会で経済安全保障推進法を成立させたいところだろう。

日米首脳テレビ電話会談を終えて取材に応じる岸田首相(首相官邸 1月21日)
日米首脳テレビ電話会談を終えて取材に応じる岸田首相(首相官邸 1月21日)

日本における経済安全保障を担当してきた関係者は「数年前は“経済安保”と言えば流行語の類いだった」と振り返るが、日本国内の経済安全保障レベルの引き上げに注力した結果、今や国の安全保障戦略の中枢に位置するキーワードとなった。

クアッドの枠組みをはじめ、日本が今後各国と歩調を合わせ、「経済安全保障」の取り組みを一層加速させていけるのか、安倍・菅政権からバトンを受け取った岸田首相の手腕が引き続き問われている。

(政治部 官邸クラブ 亀岡晃伸)

亀岡 晃伸
亀岡 晃伸

イット!所属。プログラムディレクターとして番組づくりをしています。どのニュースをどういう長さでどの時間にお伝えすべきか、頭を悩ませながらの毎日です。
これまでは政治部にて首相官邸クラブや平河クラブなどを4年間担当。安倍政権、菅政権、岸田政権の3政権に渡り、コロナ対策・東京五輪・広島G7サミット等の取材をしてきました。