EVへの変換途中を襲ったコロナと半導体不足

現在、自動車業界は大転換期を迎えている。EUが主導するEV=電気自動車への転換方針によって、1世紀以上にわたって作られてきたガソリン・ディーゼルエンジン車は姿を消していく運命にある。
さらにコロナ禍と半導体不足に見舞われ、買いたい顧客がいるのに売れる車がないという異常な事態も。

そんな中、日本で7年連続輸入車販売台数1位を記録したメルセデス・ベンツ日本の上野金太郎社長(57)に苦境をどう乗り切ったか、さらに車の未来などの構想を聞いた。

「なんとか乗り越えたというのが正直なところ」

ーー2021年はどんな年でしたか?

上野社長:
半導体不足などで生産が思うようにいかず、お客様にも販売店にも迷惑をかけましたが、なんとか乗り越えたというのが正直なところです。これ以上欲を出してはいけないかな、と。
 

ーー半導体不足は世界的なニュースになり、相当な事件だったのでは?

上野社長:
半導体マーケットのなかで自動車向けは10%にも満たないと聞いています。
自動車にとっては、例えば電動シートを動かしたりバックカメラをモニターに表示したりと、ありとあらゆる場所に半導体が使われているのですが、半導体マーケット全体から見たら最先端の部品ではないものも多い。そのため優先順位が低くなってしまったのかなと。

この記事の画像(7枚)

まだ問題は継続していて、2022年の第1四半期は厳しいだろうとか、年内は難しいとかいろいろな話が出ています。当面は半導体問題で苦労するだろうと覚悟しています。
 

ーーどう乗り越えられますか?

上野社長:
ビジネスのやり方を大きく変えています。
たくさん作ってたくさん売るというよりも、作ったものをしっかり売るという方向です。もちろんこれまでも1台1台大切に作っていましたが、数が少ないなかで販売とアフターサービスをさらに充実させて、計画的な乗り換え需要を模索しています。

ガソリン・ディーゼル車からEVへ

ーーEVシフトで自動車自体も大きく変わっていきますね

上野社長:
自動車の誕生から135年、大転換です。(ドイツの)本社が発表したのは、エレクトリックファーストからエレクトリックオンリーという方針です。2029年末までに可能な限り電気自動車のみの販売にしていこうと。温暖化対策、CO2削減への責任に対する答えです。

すでに販売されているEV、EQA
すでに販売されているEV、EQA

とはいえ、クルマだけ電動化すればいいというものではないですよね。これまでオイルを使っていたけれど電動化すれば必要なくなる。これまで使っていた工具も使えない場面が出てくる。
その一方でインフラ整備は急務ですし、販売店に急速充電器を設置して、高圧の電気を扱えるメカニックの知識も必要になる。
いまガソリンスタンドが全国に3万件近くありますが、同じ数の電気ステーションはいきなり作れないですよね。自宅で充電するにも、一軒家ならいいけど集合住宅はどうするとか。
 

ーー既存ユーザーから不安や不満の声はありませんか?

上野社長:
ほんとに全部電気自動車になっちゃうの?という高性能エンジンファンの嘆きの声はよく聞きます。また多くのユーザーの不安は航続距離にあるように思います。
いま一軒家を中心に、充電器を設置しませんか?という提案をしています。まだ本当に草の根で2年ほど前から始めたので増設が進むというほどではないのですが、充電器自体は15万円ほどです。自宅で充電して、長旅の場合はカーナビに表示される充電スポットに行っていただく。

メルセデス・ベンツのマークがついた充電器
メルセデス・ベンツのマークがついた充電器

もちろん自動車自体も進化しています。2022年のCES(全米電子機器見本市)で、EQXXというモデルを発表しました。これはベルリンからパリまで1000Kmをノンストップで走れるクルマという想定で開発されました。「電費」といいますか、航続距離を伸ばす技術開発は日々進んでいます。

CESで公開されたEQXX.一気に1000Kmを駆け抜ける
CESで公開されたEQXX.一気に1000Kmを駆け抜ける

自動車メーカー以外からの参入も

ーーEVのスタートアップや、AppleやSONYなど自動車メーカー以外からの参入も話題です。

上野社長:
ある程度までは続くでしょうし当然脅威にも感じています
ただ日本の市場を考えると、トラックも併せて年間500万台以上が売れていて、弊社でも全体の1%に満たないわけです。それでもアフターサービスやケアを考えると一定の体制が必要になってくる。いまサービス工場を含めて200を超える店舗数を展開していますが、国産メーカーは小さいところでも700店舗以上あるわけです。

株式上場でも話題になった米スタートアップRivian
株式上場でも話題になった米スタートアップRivian

車を作るところまでは新規でできても、耐久テストを頻繁にやるとかアフターサービスの充実といった点では負けられないという思いはあります。
新規参入は自動車産業の活性化にもなるし、違う尺度から見たクルマがどんなものになるか興味があります。
 

ーー自動運転技術を筆頭に、進化のスピードが速いですね。

上野社長:
クルマを発明した会社だからこそ、将来のクルマの行く末には興味も責任も感じています。
私は入社して35年経ちましたが、入社当時はABS(アンチロックブレーキ)や横滑り防止装置の研究が行われていました。今はそれらが付いていて当然だし、アクティブクルーズコントロール(前車に追随する仕組み)は『ないと怖くて運転できない』という人までいます。

自動運転技術の進歩によって事故は激減するでしょうし、生活レベルの向上に資するという人もいる。
もちろん、マンハッタンの下町を自動運転で走っていて、デリバリーの自転車がひゅっと飛び出して来たら完全に停まれるかとか言い出したらきりがないし、クルマは自分で運転するものでしょうと言う人も少なくありません。
たくましい発想力で進化に興味を持っていただけたらと思います。
 

ーー上野社長ご自身は『クルマは自分で運転する派』ですか?

上野社長:
今の免許制度の下、75歳で返納する可能性があることを考えると、やっぱり自動運転派ですね。
たぶんその年齢でもゴルフもできるだろうしアクティブに過ごすんでしょうけど、そのたびに誰かを呼んで乗り合いで、とか、タクシーで、というよりも自分のクルマに乗っていたいですから。

クルマの明るい未来に必要なもの

ーーでは最後に、クルマの未来は明るいと思いますか?

上野社長:
明るくあって欲しいです。やっぱり自動車って『人にとやかく言われないで自由に行動できる』利点があります。特に四季のある日本ではオートバイだと心細いし、自転車では長距離移動が難しい。他人に迷惑をかけない状態であれば万人に優しい乗り物だと思います。

また、法律とインフラの整備も不可欠です。例えば様々な電波の周波数の割り振りが、自動車が使う電波の周波数と干渉することも、特に輸入車の場合その可能性があります。そこを乗り越えるには行政と連携して解決する必要があります。

インフラで言えば、まずは充電インフラです。国によっては路上駐車ができることを前提に充電施設を設置しています。充電できる場所を増やすことを考えれば、いいアイデアではないでしょうか。現実的な落としどころを探りつつ、充電設備のあるコインパーキングやパーキングメーターがETCと連動してくれたらとても利便性が上がると思いません?

絶対というものはありませんけど、自由に行動できる自動車にとって代わるものを今は想像できない、私はそう感じています。
 

プライムオンライン編集部
プライムオンライン編集部

FNNプライムオンラインのオリジナル取材班が、ネットで話題になっている事象や気になる社会問題を独自の視点をまじえて取材しています。