「鼻から牛乳や」などの心ない言葉
スリランカ人のウィシュマ・サンダマリさんが今年3月、名古屋市の入管施設で収容中に亡くなった。出入国在留管理庁は8月に最終報告書を公表、死因を「病死」と結論づけたが、ウィシュマさんに対する入管職員の不適切発言や医療体制の不備などが明らかとなった。
最終報告書には、亡くなる5日前にウィシュマさんが飲み物を上手く摂食できない様子を見て「鼻から牛乳や」と職員が揶揄したことや、亡くなる当日には脱力し体調の悪いウィシュマさんに対し「ねえ、薬きまってる?」と心ない言葉が浴びせられたことが記されている。
この記事の画像(7枚)亡くなる当日、施設には医療従事者が不在で、薬を処方した医師と連絡・相談ができないなど医療環境に不備があったことも明らかとなった。ウィシュマさんが死亡した後、世間では、「入管は被収容者の人権をどう考えているのか」と多くのバッシングが飛び交い、今なお収まる気配はない。
一体なぜ入管はウィシュマさんの死を防げなかったのか。関係者への取材をもとに紐解いていく。
「施設から出られない」長引く収容生活
ウィシュマさんは2017年に日本語学校の学生として入国したが、翌年には学校側と音信不通となった。その後に入管当局に一度は“難民申請”をするが、スリランカへの帰国を理由として、自ら申請を取り下げる。
しかしその後、不法残留状態のまま所在不明となったウィシュマさんは、静岡県で自動車部品工場や弁当工場で働きながら生活していたが、2020年8月に手持ちのお金が底をつき交番に出頭、逮捕、施設入所となった。
当初はスリランカへの帰国を希望していたが、コロナ渦により航空便が限られたことやスリランカへの帰国後の隔離施設滞在費の支出について調整がつかず、送還出来ない状況だった。長引く収容生活の中、国内の外国人支援団体と面会、日本に残るのならば支援するという趣旨の話を受け、2020年12月に帰国の考えを変える。
その後、1月中旬より体調不良を訴え、外部の医師の診察を何度も受けるが、明確な体調不良の原因を特定出来ない状態が続いた。終わりの見えない収容生活の中、精神的にも衰弱し3月に命を落とした。
関係者は長期収容となった理由について「“難民申請”の濫用事案の該当者であり、加えて外部医師の診断によっても重篤な疾病は認められなかったため、施設外に出す許可ができなかった。その後、本人の体調をある程度回復させた上で許可する方針となっていたが、その中でこの問題が起きてしまった」と話す。
また、「本来収容施設は長期で滞在するものではない。現行の入管法には限界があり、制度改正が必要だ」と原因について口にする。
制度の悪用がもたらす収容の長期化
入管法では不法滞在などにより退去強制手続を受ける外国人は原則入管施設に収容される。そして、在留特別許可を付与された外国人や難民として保護が必要とされる外国人以外は原則、強制送還する手はずとなっている。
しかし、自国で迫害を受けており第三国での保護が必要などと日本政府に申告する、いわゆる“難民申請”をした場合、その審査中においては保護対象として送還手続が停止され国内滞在が認められる。この“難民申請”は回数に上限がなく、申請理由があれば何度でも申告できる。不法滞在者で母国への強制送還を拒む外国人はこの制度を悪用するケースが多い。
関係者は「現在、送還を拒否する3103人のうち、1938人が“難民申請”をしている。“難民申請”が送還を回避する手段として用いられる事案もある。現場の職員もその数に疲弊し、本当に助けを必要としている“真の難民”をいち早く保護できなくなっている」と頭を抱える。
こうした強制送還を拒む外国人の度重なる申請で、全体の審査時間に影響が出て、施設収容の長期化が起きている現状があるのだ。
『“仮放免”のために』被収容者の嘘や悪態
送還の見通しが立たない被収容者に対して住居や行動範囲の制限などを条件に一時的に身体の拘束を解く“仮放免”という制度がある。先の見えない収容生活に、この制度の適用を求める被収容者は多く、健康状態の悪化を理由に“仮放免”の許可を受けようと企て、拒食に及ぶ被収容者もいるのが実情だ。
入管庁によると、強制送還を拒む外国人で“仮放免”の許可を受けた2855人のうち415人がその後国内で逃亡し、消息を立っている。
このような背景について関係者は「“仮放免”は本来、健康上の理由などによる一時的な収容の解除であるが、現在の運用では本来想定されていなかった事案で“仮放免”が多用されている。被収容者の“仮放免”許可を目的にした虚偽の態度に厳しい姿勢をとらざるを得ない」と話す。
ウィシュマさんの問題においても、このような背景がエスカレートしてしまったのではないかと推測されるというのだ。
もう二度と悲惨な問題を起こさないために
入管庁は今月21日、ウィシュマさんの問題の改善策の取組状況を公表した。そこには名古屋入管の医療体制の改革や救急対応マニュアルの整備など、再発防止策の進捗が記されている。さらに、2022年4月には新しい部署「出入国在留監査指導室(仮)」を入管本庁内に設置し、全国の職員の被収容者への対応の調査や指導を行う方針だ。
また、入管庁は来年の通常国会で“難民申請”において3回以降の申請は申請中も強制送還できるとするなどの入管法改正案の再提出を目指している。関係者は「先の国会で廃案となった改正案は、ウィシュマさんのような事案を発生させないようにするためのものであった」という。
二度とウィシュマさんの死のような悲惨な問題が起きないよう、多文化共生社会実現のために、入管庁は“正念場”を迎えている。
(フジテレビ社会部・司法クラブ 森将貴)