12月23日から始まる全日本フィギュア選手権(~26日、さいたまスーパーアリーナ)。この大会は2022年2月に行われる北京オリンピックの代表最終選考会でもあり、男女ともに3枠しかない椅子をかけて、激戦が繰り広げられる。

シーズン初演技のぶっつけ本番となる絶対王者・羽生結弦。今季ベストスコア日本人1位の五輪銀メダリスト宇野昌磨。3月の世界選手権で2位に入った鍵山優真らが、有力視されている。

2020全日本での友野一希
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それでも、残る可能性に懸ける男がいる。

「大逆転があるかないかなので。ただ何かあるんじゃないか。可能性は見えているシーズン」

友野一希、23歳。2018年世界選手権で5位に入り、自身の運命を大きく変えた。

この4年間、地道に努力を積み重ねてきた友野の北京オリンピックへの挑戦に迫る。

“観客を置いてけぼりにしない演技”が引き寄せるチャンス

友野一希というスケーターを表現するうえで、これ以上にない言葉がある。

「友野君の良いところは演技が人を置いてけぼりにしないところ」

これは2016年、全日本ジュニアでの演技を見た髙橋大輔が友野にかけた言葉だ。

メダリスト・オン・アイス2016ではユーモアあふれる演技も

大阪府出身。普段から明るく、先輩も同世代からも、そして後輩からも慕われる日本男子のムードメーカー。160cmの体を大きく使い、見ているこちらが思わず笑顔になる演技は、まさに人柄を表している。今やオリンピック代表候補として名をあげるまでになった友野だが、これまで決してエリートコースを歩んできたわけではない。

ノービス時代は全国から有望な選手を発掘する、トップスケーターへの最初の登竜門・全国有望新人発掘合宿、通称“野辺山合宿”にも参加することなく、全日本ノービスでの表彰台も1度。

それでも、当時からインパクトのある振り付けを堂々と滑り、順位以上に記憶に残る、個性が光る選手だった。

2012全日本ジュニア

そんな友野に最初の転機が訪れたのは、2016年3月の世界ジュニア。

代表選手の負傷により大会3日前に招集。緊急出場ながらも15位に入った。この結果に当時は、誰もが十分健闘したと称えていた。しかし本人の口から出てきたのは悔しさだった。

「絶対このような経験は活きてくると思うので、悔しい思いもたくさんあって。課題もたくさん見つかって、しっかり自分の目で世界のトップ選手の演技を見て、世界にはライバルがたくさんいるんだってことを忘れずに、毎日練習に励んでどんどんうまくなっていきたいなって思いました」

全日本ジュニア優勝後に出たメダリスト・オン・アイス2016

初めて世界を知った友野はその言葉通り、翌シーズンから段々と意識が変わり始める。
すると、2016年11月に行われた全日本ジュニアで初優勝。

「今までは国内だけを見てきて練習してきたんですけど、今は世界のトップ選手と戦っていけるように、世界を見据えて練習をしているので。ジャンプの質だとかそういうのも、全然まだまだなんですけど、それでもやっぱり去年よりは全然違うし、本当に意識が変わったことによって本当にスケートも変わりました」

その年の全日本では、ジュニアながら初めてフリーで最終グループ入りし、総合5位。これまでの最高位16位から大きくステップアップした。

スケート人生を大きく変えた最大のターニングポイント

2017年にシニアデビューを果たすと、初めてオリンピックシーズンを迎えた友野。

シニアとして初めて迎えた全日本では前年を上回る自己最高の4位も、表彰台には登れず、平昌五輪代表には届かなかった。

次のシーズンを見据え、B級国際大会を控えた2018年3月。

世界選手権の補欠2番手だった友野に、またしても“代打出場”の知らせが届く。

巡り巡ってやってきたチャンス。世界選手権のリンクで友野は最高のパフォーマンスを見せる。

SPは4回転サルコウと3アクセルを含む、3本のジャンプを成功。さらにFSでも会心の演技を見せ、ネイサン・チェン、宇野昌磨に次ぐ3位。総合で5位に入り、一躍脚光を浴びた。

「あれ(世界選手権)がなかったら僕スケートを辞めているので(笑)。大学の4年間で。
それまではそんなにオリンピックを狙えるような、目標にするような選手になれると思っていなかったし。やっぱりあの時、世界選手権で、自分で勝ち取って運命をつかんだというか。僕のスケート人生が変わったのは、あそこから」

ここから友野の目指す場所は北京五輪になった。

北京五輪を目指して歩んできた4年間

ここに4枚の色紙がある。北京五輪へスタートを切った2018年から毎年“今年の一字”をしたためてもらったものだ。

「本当に1個1個出来ていると思いますよ、僕は。マジで。本当に。

自分で言うのもなんだけど、ちゃんと毎年上がってきている選手は、なかなかいないと思うし。ジュニアの時から本当にそうだと思います。まだ上がれているから、いいなと思うし。すごい高望みしていたけど、ちゃんと一歩一歩来ているので。それは頑張ってきた証拠だなと思うし。それは成果を出せるようにしたいなと思います」

その色紙とともに、この友野の4年の歩みを振り返ってみたいと思う。

まず2018年5月、二十歳となった時に記したのは、”改”。

「大人のスケーターになれるように、また違った自分を出せるように改め、改革していけたら良いなと思います」

この年、初めて海外の振付師ミーシャ・ジーとタッグを組み、プログラムを作り上げた。現役時代、表現者として定評のあったスケーターとともに時間を過ごすことで、スケーティングを見直すキッカケにもなった1年となった。

2019年5月には“強”を書いた友野。

4回転2種類構成に初めて挑戦したシーズン。全日本の表彰台・世界選手権代表を目指すも届かず。

この年を友野は今、こう振り返る。

「このときは、僕に合っていない強さを求めていたので、自分をまだわかっていなかった。『もっと強くならなきゃ、強くならなきゃ』って思っていたけど、そうじゃないなって。ちゃんと自分には弱いところがあるというのを今は向き合いつつ、それで自分ができること、自分がどうやったらできるかなというのが”強さ”かなと今思っているので」

2020年全日本

2020年はコロナ禍に揺れたシーズン。

少ない試合の中でも調子を上げ、全日本の公式練習の場では好調ぶりを見せた。それでも、試合ではその成果を示すことができなかった。

「やっと自分の弱さに気づいたというか、ダメな部分が初めてその完璧な状態で挑んだからこそ見えた部分があったので。今思えば、本当にあの時ミスしていて良かったなってすごく思って。
本当に結構いい仕上がりやったんですけど、試合でのその気持ちの持って行き方がダメだっていうのを改めて気付かされて。技術面ではしっかりできていたからこそ、より気付けたシーズンでした」

友野にとって、昨シーズンは“学”の1年となった。

自分史上最高のシーズンを

そして、今シーズン。友野にとって2度目となるオリンピックシーズンを迎えた。

「オリンピックを目標に今シーズン巻き返せるように、“自分史上最高”っていうのを目指しているので。これまでの自分をすぐ出せるように、本当にこの4年間たくさん変化があったので。そういうこの4年で成長したところを、しっかり全日本だったり、グランプリシリーズだったり、すべて出し切れるようなシーズンに」

史上“最”高を目指すシーズン。11月に行われたGPロシア大会でその予感をさせた。

SPで4回転2本と3アクセルをすべて成功させ、ミーシャ・ジーとともに磨き上げた表現力で観客を魅了。95.81点と初めて90点の壁を越えることができた。さらにFSも大崩れすることなく踏みとどまり、総合でも自己ベストを更新し、海外のGPシリーズで3年ぶりとなる表彰台に登った。

今季初戦の近畿選手権では200点超も

「今回は技術も、メンタル面も、経験をやっぱりたくさん重ねてきたからこそ、というのが凄い出たので。凄いそれが嬉しかったというか。『あっ、僕でもこれだけできるんだ』という気持ちになれたので、凄く自信になりました。
(FSの)ミスはすごく悔しかったですし、表彰台に乗ってあんなに悔しかった試合はないので。まだまだ上に行けるなという気持ちと、まずは全日本に向けてもっと自分が練習してきたことを出せるように、自分のために良い演技ができたらいいなと思いますし、それがしっかりオリンピックへの代表につながるかなと思います」

北京オリンピック代表最終選考会を目前にし、心身ともに充実ぶりを見せる友野。練習でも質の高い4回転を次々と成功させ、最後のブラッシュアップに励んでいた。

いよいよ4年間の積み重ねを見せる全日本がやってくる。

「一番の目標は表彰台というか、多分1位にならないとダメなんじゃないかなと思うくらい、(五輪代表争いの)差は開いていますけど。本当にそのつもりで、何かある、何か可能性が。絶対にあきらめないという気持ちで、今まで積み上げてきたからこそ見えた可能性であって、ただひたすら頑張りたいなと。やりきるのが目標です」

“観客を置いてけぼりにしない演技”をやり切り、さいたまスーパーアリーナの大歓声に包まれたとき、真ん中に立つ友野はどんなものを掴むのだろうか。

大逆転の可能性を最後まで信じ、12月24日の男子ショートプラグラムからその挑戦が始まる。
 

北京五輪代表最終選考会
全日本フィギュアスケート選手権2021

フジテレビ系列で12月23日(木)から4夜連続生中継(一部地域を除く)
https://www.fujitv.co.jp/sports/skate/japan/