2021年3月、華々しく開幕した自転車ロードレースの新リーグ・ジャパンサイクルリーグ。静岡・富士市のプロロードレースチーム「レバンテフジ静岡」が参戦している。
ただ、その記念すべきレースに、静岡が誇る元日本王者の姿はなかった。

チームの柱が落車し大ケガ

自宅からレースを見守る佐野選手
自宅からレースを見守る佐野選手
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佐野選手:
うわ、龍がこけたわ…

チームキャプテンの佐野淳哉選手(39)。
病院から退院したばかりの姿が自宅にあった。
開幕直前、練習中の落車で鎖骨やろっ骨など6カ所を折る大ケガを負っていた。

佐野選手のレントゲン写真 鎖骨やろっ骨など6カ所を骨折
佐野選手のレントゲン写真 鎖骨やろっ骨など6カ所を骨折

佐野淳哉選手:
「このタイミングか」とか考えちゃいますよね。自分が参戦できていないというのは歯がゆいというか、なんとなくチームに申し訳ないというか

鎖骨は手術をしてプレートで固定したものの、レース復帰には時間がかかることがわかった。

ケガから1カ月ほどして、佐野選手は少しずつ練習を再開。
このケガから「プロロードレーサーの走り」を取り戻せるのか不安が募る。

練習を再開した佐野選手だが不安が募る
練習を再開した佐野選手だが不安が募る

「選手やるレベルにない」復帰後初レースの現実

7月、復帰戦となった広島でのレース。厳しい現実を突きつけられる。
序盤から集団のペースについていくことができない。本来の力強い走りを見せることなく、レースを終えた。

集団から離される佐野選手
集団から離される佐野選手

佐野淳哉選手:
やっぱ甘くなかったです。選手生命的な話に近いかもしれないけど、もう1、2レース、こういうのが続くなら、辞めたほうがいいかもしれないという出来でした。選手やるレベルにいない、心身ともに

大ケガからの復帰戦を振り返る佐野選手
大ケガからの復帰戦を振り返る佐野選手

それでも佐野選手はあきらめなかった。

長年のプロ生活を支える家族

練習時間を増やし、苦手としていた高いペダルの回転数を維持する練習を積極的に取り入れ、さらに10kg以上の減量にも取り組んだ。

練習メニューを変え、減量にも取り組んだ
練習メニューを変え、減量にも取り組んだ

苦しい練習に耐え、長年プロ生活を続けられた理由の一つに、佐野選手は家族の存在を挙げる。

佐野選手:
ひとりの時間が長いからね

妻・香苗さん:
孤独だと思います結構。トレーニングするかしないかも自分次第だし

長女・一香さん:
かっこいいかな

佐野選手:
いつも遅れているとかじゃないの(笑)

食卓を囲む一家 妻と娘2人が佐野選手の支え
食卓を囲む一家 妻と娘2人が佐野選手の支え

成績が振るわず家で無口になっても、明るくふるまってくれる妻。
土日にレースで家を空けることが多くても、わがままを言わない子供たち。
家族の思いやりに幸せを感じながら、佐野選手は競技の道を歩んできた。

「自分はまだ終わっていない」

迎えた10月、2年ぶりに開催された全日本選手権。

全日本選手権に臨む佐藤選手
全日本選手権に臨む佐藤選手

東京五輪の代表や本場ヨーロッパに拠点を置く選手をはじめ、108人が1周12.3kmのコースを15周走って日本一を競う。

佐野淳哉選手:
自分より強い選手がたくさんいるんですが、そのなかで自分はまだ終わっていないというのを見せられるレースにしたい

佐野選手の挑戦が始まった。序盤、積極的な飛び出しを見せて存在感を示す。

10周目 有力選手たちに食らいつく佐野選手
10周目 有力選手たちに食らいつく佐野選手

中盤まで膠着状態が続くが、10周目。有力選手たちのアタックに食らいつく動きを見せた。
しかし、ここで引き離され後方グループへ脱落。

4割余りの選手がリタイアするタフなレースで、42位での完走。悔しさをにじませながらも、佐野選手の中には現役を続ける手ごたえが芽生えた。

タフなレースを42位で完走
タフなレースを42位で完走

佐野淳哉選手:
今ある自分のベストを尽くすという点では、満足と言えないが、やれることはやれたのではないか。これを続けていけば何か見えてくるんじゃないかと思いましたね

あきらめることなく全力を尽くすロードレーサー、佐野淳哉選手は今日も力強く前に進む。

佐野淳哉選手:
“あらがう”と言うかチャレンジと言うか、弱くなっていくけれどそれでも何かあるんじゃないか。競技の中でも人生の中でも、挑戦していくことは価値があるんじゃないかというのを自分で見つけていきたいから、いまもやっていると思います

あきらめない佐野選手「競技も人生も挑戦に価値がある」
あきらめない佐野選手「競技も人生も挑戦に価値がある」

(テレビ静岡)