消費の機会を失った20兆円

9月末までとなっている19の都道府県への緊急事態宣言について、政府は、全面的に解除する方針だ。経済社会活動の正常化に向けた動きが加速するなか、いま20兆円という数字が注目されている。

これは、コロナ禍で、去年1年間に外食や旅行などができず、消費する機会がなくなって、いわば「強制的」に貯蓄にまわった家計のお金の額で、「強制貯蓄」と呼ばれるものだ。

日銀が試算したもので、国民1人当たりでは16万円という計算になる。

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家計の貯蓄額は、2018年に3.2兆円、2019年に6.9兆円と推移していたが、去年、2020年には36兆円にまで膨れ上がった。

このうち強制貯蓄が20兆円というわけだ。これは、可処分所得の7%にあたり、おおざっぱに言って、「給与の手取り」のうち、7%分が強制的に貯蓄にまわされたという計算になる。

「強制貯蓄」は30歳代後半と50歳代後半で目立つ

「強制貯蓄」の傾向を年齢別でみた場合の興味深いデータがある。大和証券の末廣シニアエコノミストが作成したもので、可処分所得平均比のグラフの数字が高いほど、「強制貯蓄」にお金をまわす傾向が強かったというものだ。

この結果、特に30歳代後半と50歳代後半の層が強制貯蓄を多く行ったということがわかった。

もともと消費の中で30代後半は外食が占める割合が大きく、50代後半は旅行の占める割合が目立っていたので、これらの年代が外食や旅行に出かけられなかった影響で強制貯蓄にまわったお金が増えたと分析されている。

この「強制貯蓄」について、日銀は、今後、ワクチン接種が進むにつれて、少しずつ取り崩され、消費に使われていくとみていて、20兆円は、将来の消費への「貯蓄のマグマ」とも呼べるお金だといえる。

好調な売れ行きを見せる高級時計と輸入車

こうしたなか、いま、ある現象が起きている。25日に取材したのは、東京都心の高級腕時計の店舗だ。

10種類のブランドを取り扱い、30万円台から、高いもので1億円という商品が並ぶなか、来店客が相次いでいた。およそ90万円の時計が気に入ったという20代男性は「コロナで1年間お金を使えなかったこともあり、買うくらいの余力はできた」と話していた。

200万円ほどの商品を探しているという40代男性は、「ストレス発散ではないがショッピングを楽しんでいる」と笑顔を見せた。

店舗の担当者は、「300万~700万円の価格帯の商品が、数としてはかなり出ている」として、売れ行きが年末にはコロナ前のレベルに戻ることに期待感を示していた。

売れているのは高級時計だけではない。

日本自動車輸入組合によると、外国メーカーの輸入車の販売台数は6か月続けて増えていて、なかでも1000万円以上の価格帯は9か月連続の増加だ。ベントレー、フェラーリなど4つのブランドでは、先月1か月の販売台数が過去最高を記録している。

高級品で始まった「リベンジ消費」

いままで旅行や外食などに出かけられなかったりして、使えなかったお金を使おうという行動は、抑えていた消費をやり返すという意味合いで「リベンジ消費」と呼ばれているが、こうした現象が、一部の高級品で出始めているようだ。

今後、リベンジ消費は、高額品購入層によるモノ消費以外にも広がっていくのか。

これからのお金の使い方について、先週末、街で聞いてみたところ、こんな声が寄せられた。

「旅行に行く分を使わないで、半分くらい貯金をしていた。いま来年の海外旅行分を予約してきたところ」(50代会社員・女性)

「これまで我慢してきたので、ホテルで泊まる部屋をグレードアップしたり、よりおいしいもの、普段手を出せないものを食べてみたりとか、ちょっと贅沢したいなという気持ちはある」(40代会社員・男性)

共働きだという夫婦は、「旅行に出かけていいとなったら、今まで使っていなかった分をまとめて支出する。GoToを復活してほしい」という30代の妻に対し、40代の夫が「京都など普通よりはすいている気がするから行ってみたい」と応じていた。

他方、「これから自分たちの老後もあるし、子どもの学費もかかることを意識している」(40代医療関連・女性)との声もあった。「貯金は崩さない」という考えだ。

やりたいこと1位は「国内旅行」

「リベンジ消費」についてのアンケート調査(CCCマーケティンググループ Tアンケート)によると、ワクチン接種後に最もやりたいことの第1位は「国内旅行」(22.7%)、次いで「みんなで集まって会食」(13.0%)「海外旅行」(9.7%)と続く。

1位となった「国内旅行」では「すでに予約済み・手配などをしている」人は9.8%、「これからする予定」の人は17.7%、つまり、およそ3割の人が予約済みか手配予定という結果になった。

また、実現したい時期について「2021年秋冬」とした人が42.9%で、早期の実現を望んでいる人が多いことがわかる。

一方、今後のお金の使い方について聞いたところ、「コロナの影響が出る前よりも、消費傾向が高まる」と答えた人が23.2%、「変わらない」が51.0%、「消費傾向が下がる」が25.8%だった。

コロナの影響が出る前より消費を増やそうと思っている人は2割に過ぎない。

問われる経済運営の手腕

将来の生活への不安が強いままだと、消費を増やそうというマインドが生まれずに強制貯蓄がそのまま、この先の不確実性に備えるための貯蓄に置き換わってしまう可能性がある。

貯蓄のマグマが先々の消費にまわっていくのか、それとも今後の心配から蓄えとしてとどまり続けるのか。経済社会活動再開への動きが本格化するなか、将来不安をなくし、お金のめぐりをよくして消費を底上げする好循環の実現に向け、新政権は経済運営の手腕が問われることになる。

【執筆:フジテレビ 経済部長兼解説委員 智田裕一】

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、兜・日銀キャップ、財務省クラブ、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)1級ファイナンシャル・プランニング技能士
農水省政策評価第三者委員会委員