日本各地で水害が増えてきていると感じている人も多いだろう。2018年の西日本豪雨、2019年の九州北部地方を中心とした記録的な大雨、台風19号、2020年の令和2年7月豪雨。今年7月に静岡県熱海市で発生した大雨による土石流災害も記憶に新しい。
例年、多くの台風が接近上陸し、秋雨前線が活発となる9月こそ、水害への備えを見直したいタイミングだ。どのようなポイントに気をつけるべきなのか、防災士でありフリーアナウンサーの奥村奈津美さんに話を聞いた。
地球温暖化により水害の被害が拡大
この記事の画像(8枚)近年、日本では滝のように降る1時間あたり50mm以上の激しい雨が多くなっている。気象庁のデータによると、最近の10年間(2011年〜2020年)の平均年間発生回数は、統計期間の最初の10年間(1976~1985 年)に比べて約1.5倍に増加している。
「原因の一つとして考えられるのは地球温暖化です。今、地球は産業革命前と比べて平均気温が約1.2度上がっており、これによって雨の量や降り方がひどくなっていることがわかっています。また海水温が上昇したことにより大気中の水蒸気量が増え、台風の威力が強くなってしまう。このように地球温暖化の影響で被害が拡大しているということがまず前提として言えると思います」
すでに地球は違うフェーズに入っている、と奥村さん。昔の常識が通用しない状況だと認識した上で着実に備える必要があるといえる。
ハザードマップ、見たことありますか?
地震と水害の備えにおいて、もっとも異なる点は「被害を予測できるかどうか」だ。「地震だといつどこで被害に遭うかわからないという前提で備えることになりますが、水害はあらかじめ被害を予測できるのです」。
例えば台風情報なら、日本列島に接近する数日前から予想進路とともに報じられる。そのため自分の住む地域がちょうど進路上にあったとしても、その日に向けて対策ができる。「乳幼児のいる家庭ならば、進路から外れた地方にあらかじめ広域避難することも可能です」と奥村さんは言う。
水害への備えを始める際に、何よりもまず自分の住む自治体の「ハザードマップ」を確認しよう。そもそも水害には、河川が堤防を超えてあふれ出す「洪水」のほか、市街地に降った大雨の排水が間に合わず、マンホールなどから地表にあふれ出す「内水氾濫」、そして大雨により山や崖が崩れる「土砂災害」がある。ハザードマップにはそれぞれについての被害想定が示されている。
自分の住む場所がどんなエリアに該当するかで、備え方はまったく異なる。もしハザードマップを見て自分の住む場所が浸水想定区域や土砂災害警戒区域にあたると分かった場合は、安全な地区にある友人・親戚宅や指定緊急避難場所に避難することを想定したい。
自らの命を自らで守るために、台風や大雨が迫る前ではなく、できるだけ平常時に内閣府の「避難行動判定フロー」を使って備えておくことも必要だ。
しかし、避難イコール「避難所に行く」ではない。特にコロナ禍の現在は、避難所が密になりやすく感染リスクも心配だ。自宅が危険なエリアにない場合は「在宅避難」も検討してほしい。建物の2階以上に移動する「垂直避難」もあるが、これは最後の手段であることは頭に入れておきたい。
食材や生活物資の備蓄をする場合も、先にハザードマップを確認することが大切だと奥村さんは強調する。「例えば3メートルぐらい浸水する場所に1階しかない家で住んでいる方が、自宅の備蓄しか想定しなかったら全て水没して使えなくなってしまう、という場合もあるのです」。
また、自治体によっては水が引くまでの「浸水継続時間」も記したハザードマップがあり、これもあわせて確認しておきたい。
「周囲が3メートル以上浸水するようなエリアだと、あたり一帯が水没してしまい、水が引くのにも時間がかかります。マンションの上層階に住んでいる方や一戸建てで2階以上に垂直避難を考えている場合もすぐには救助が来ないと思って、数日間そこで過ごさなければいけない想定で備蓄しておくことが大切です」
ハザードマップの鵜呑みに注意
水害の備えの基軸となるハザードマップだが、鵜呑みにしすぎるのも危険だと奥村さんは言う。最近ではゲリラ豪雨によって短時間に大量の雨が降ることもあり、想定雨量に達していない場合でも川が氾濫する場合も。さらに近所の用水路や側溝にゴミが溜まっているなどして局地的に被害が拡大することも考えられる。
「そもそもハザードマップは自治体によってクオリティーが異なっており、一部自治体では一級河川ではない小さな川は想定されていない場合もあります。ですから、ハザードマップは『最低限それぐらいの被害は起きるだろう』という指標として捉えてもらい、それ以上の被害が起こることもある、という心構えていてほしいです」
自宅の外に避難する場合のポイントは「明るいうちに、できるだけ早いタイミングで」が鉄則だ。災害時に発令される警戒レベルには1〜5の段階があり、通常は警戒レベル4の「避難指示」で避難を開始する。しかし、高齢者や障害者、乳幼児のいる家庭など避難に時間のかかる人たちは警戒レベル3の時点での避難を意識したい。
ちなみに警戒レベル5は災害が発生、または切迫していることを示している。警戒レベル4の段階で、「まだもう一つ上の段階があるから大丈夫」と勘違いしてしまう人もいるが、これは間違いだ。危険な場所にいる場合は、必ず警戒レベル4の段階で避難しなければならない。
私たちは、つい過去の経験から「まだ大丈夫だろう」と考えて避難を先送りにしがちだ。しかし前出の通りすでに地球は違うフェーズに入っており、昔の感覚は当てはまらないと思った方がいい。
奥村さんは「『空振り避難は避難訓練』と考えて、もし何も起こらなかった場合も『避難訓練ができてよかったね』と考えてほしい」と語る。一度避難を経験できれば、非常用持ち出し袋の中身を主体的に見直すきっかけにもなるはずだ。
ゲリラ豪雨や線状降水帯は、台風とは異なり予測が難しい場合もあるだろう。しかし災害のリスクが高い場所に住んでいる人はできるだけ毎日気象情報をチェックすることを習慣化してほしいと奥村さんは言う。
もし夜間に自分の住む地域に強い雨が降りそうだと報じられたなら、日中の明るいうちに近所の友人・親戚宅などに移動して泊めてもらう、という選択も取れるといい。
「リスクのある場所に住んでいる人からお願いするのは、はばかられるかもしれません。ですから、安全な場所に住んでいる方たちはぜひ、積極的に『うちに来て、泊まっていっていいからね』と声をかけてもらえたらと思います」
まだまだ台風と秋雨のシーズンは続く。この機会にぜひ、あらためて自らと家族の災害の備えを見直してみてほしい。
奥村奈津美
1982年、東京生まれ。防災士、福祉防災認定コーチ、防災住宅研究所 理事・防災教育推進協会 講師、フリーアナウンサー。著書に『子どもの命と未来を守る!「防災」新常識~パパ、ママができる!!水害・地震への備え~』(辰巳出版)。東日本大震災を仙台のアナウンサーとして経験。以来10年間、全国の被災地を訪れ、取材や支援ボランティアに力を入れる。環境省 森里川海プロジェクトアンバサダーとして「防災×気候変動」をテーマに取材、発信中。一児の母。
取材・文=高木さおり(sand)
イラスト=さいとうひさし