改正ストーカー規制法が8月26日施行された。改正ではGPSによる監視や手紙を繰り返し出すことが新たにストーカー行為と認められたが、恋愛とそのもつれが動機にないと法が適用されず、加害者の治療が義務化されなかったなど課題が残った。

では果たしてストーカー行為はどうやって治療で止めることができるのか?課題を専門家に聞いた。

改正法は「加害者の治療義務化」が手つかずに

「今回の改正法では2点が手つかずとなりました。『恋愛のもつれから』という動機の縛りをなくすこと、そして加害者の治療を義務化することです」

施行前日の25日、こう語ったのはストーカー被害者で文筆家の内澤旬子さんだ。内澤さんは5年前元交際相手からストーカー被害を受けた。

8月25日都内で会見する内澤旬子さん(中央)。5年前ストーカー被害を受けた
8月25日都内で会見する内澤旬子さん(中央)。5年前ストーカー被害を受けた
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加害者治療について内澤さんはこう続けた。

「ストーカーだけでなく、本人の意思に反して繰り返してしまう反復事犯は、医療介入が必要です。実際更生プログラムの導入は始まっているのに、ストーカーだけがそれすらもまだないのです」

昨年のストーカー相談は約2万件。警察が治療をすすめた加害者は882人だが、実際に受診したのは124人だったという。

治療でストーカーの認知と行動を変える

ではストーカーの治療とはどういうものなのか。

「やはり中核になるのは認知行動療法です」と語るのは犯罪心理学を専門とし、性犯罪者らの治療を行う筑波大学の原田隆之教授だ。

「認知行動療法とは一言で言うと本人の認知と行動を変えるものです。ストーカーに特化した要素を組み込みながら危険を除去するプログラムもあり、欧米ではすでに臨床試験もたくさん行われています。適切な治療を行えば再犯率が1/3ほど下がるというエビデンスもあります」

筑波大学の原田隆之教授は性犯罪者らの治療を行っている
筑波大学の原田隆之教授は性犯罪者らの治療を行っている

では具体的にはどんな治療がされるのか。原田氏はこう語る。

「例えば恋愛感情でいうと、『相手は自分のことを本当は好きなのに』といった非現実的な認知を持っているのであれば、それを修正する“認知再構成”というテクニックがあります。あるいは怒りをコントロールできないのであれば“アンガーマネジメント”、つまり怒りを暴力や攻撃に向かわせない。さらにストレスによって危機が高まるのであれば、ストレスを上手にコントロールするスキルを習得させるというものです」

大切なのは治療を続けるモチベーション

そしてこうした治療を行う場合、「まず大切なのは、治療を繋げるモチベーションを高めることだ」と原田氏は言う。

「こうした治療を継続できる人は4人に1人程度です。しかし私の勤める病院では治療に訪れた人を繋ぎとめることに力を注いでいるので、私のプログラムでは90%を超えています。その理由は“動機づけ面接”というモチベーションを高めるテクニックを使っていることです。欧米の刑務所では職員が“動機づけ面接”のテクニックを研修で身につけています」

改正ストーカー規制法では加害者の治療は義務化されていないのが課題だ。

「私は治療命令のようなものが必要だと思います。例えば執行猶予になっても保護観察の遵守事項として治療を受けることを定める。いったん我々のところに来れば、いろいろな心理的テクニックでモチベーションを上げるようにします。治療期間はケースバイケースですが、私のプログラムでは週1回の受診を6ヶ月継続し、症状の重い人は最低2年受診をお願いしています」(原田氏)

原田氏は「治療命令のようなものが必要」という
原田氏は「治療命令のようなものが必要」という

治療を提供できる人材育成が急務

しかし今後治療を拡充する際に課題となるのは、「治療を提供できる人材がほとんどいないことだ」と原田氏はいう。

「まずは治療のインフラを整えていくことが先決ですが、いま依存症の治療にあたる心理士や精神科医は全国でも数えるほどしかいません。これは多くの専門家が性的な問題行動を刑事司法の問題であってメンタルヘルスの問題ではないと考えているからです。日本ではセクシャルなものに対して偏見やタブー意識が大きいので、まずは治療する側も変わらないといけないと思います」

荻上チキ氏(左)「被害者の9割は何らかの行動変容をとっている」
荻上チキ氏(左)「被害者の9割は何らかの行動変容をとっている」

「社会調査支援機構チキラボ」(荻上チキ代表)の調査によると、ストーカー被害は「面会や交際の要求」が平均約5.9カ月、「つきまとい・待ち伏せ等」は平均約6.6カ月に及ぶ。またSNS上でも「メッセージ」が平均約6.1カ月にわたって行われる。

さらに被害者の約9割は「SNS上のアカウントをブロックした」「電話番号やメルアドを変えた」「一人で出歩かないようになった」など行動変容や行動制限を余儀なくされていることがわかっている。

法の網をかいくぐって被害者を苦しめるストーカーには、法改正と同時に医療の力で封じ込めることが必要だ。

【執筆:フジテレビ 解説委員 鈴木款】

鈴木款
鈴木款

政治経済を中心に教育問題などを担当。「現場第一」を信条に、取材に赴き、地上波で伝えきれない解説報道を目指します。著書「日本のパラリンピックを創った男 中村裕」「小泉進次郎 日本の未来をつくる言葉」、「日経電子版の読みかた」、編著「2020教育改革のキモ」。趣味はマラソン、ウインドサーフィン。2017年サハラ砂漠マラソン(全長250キロ)走破。2020年早稲田大学院スポーツ科学研究科卒業。
フジテレビ報道局解説委員。1961年北海道生まれ、早稲田大学卒業後、農林中央金庫に入庫しニューヨーク支店などを経て1992年フジテレビ入社。営業局、政治部、ニューヨーク支局長、経済部長を経て現職。iU情報経営イノベーション専門職大学客員教授。映画倫理機構(映倫)年少者映画審議会委員。はこだて観光大使。映画配給会社アドバイザー。